アウルベーンCS‐紅の瞳のミラン
新領域、に至るまでの、果てのない昔の昔を思い出していた。
一瞬の内に回想される、ワタシを成す莫大な系統樹の軌跡の記憶達。
未知を求め、未開拓の領域全てを、不定形のままにエーテルと成す、
そのような在り方の全ては、遠く果てしない研鑽の歴史を超越した果て、
ただのワタシを成す全ては、所詮は世界の導きによって、
この眼前に広がる全て、唯一無二の特異点の奇跡を生み出す為に計画されたかのように、振り返って観れば、そう観えるのだった。
いつも通り、遠大に広大な領域を守護するのが、わたしの日課だ。
本来ならば、沢山のプレイヤーで、全体を余裕を持って死守できるのだが、
私以外の全員は、延々と続く、殺戮のみのゲームに、孤独に、寂寥に、耐えきれず、ゲームをリセットしてしまったのだ。
私は大丈夫だった、異常だったのだろう、根本の根っこの、どう考えても人間性が変異、欠落していた自覚がある。
敵を殺す事に、無上の、至高の、ありえないほどの喜びを感じていた。
それは強固に強過ぎて、確かに私を支え在った。
絶対的な孤独にも、絶対的な苦痛にも、絶対的な退屈にも、
何ものにも屈しない、わたしの心の形、そのものと言えただろう。
私の信仰は、只管なる秩序だった。
この世界に唯一無二に、絶対的に正しいと胸を張って言えるモノ、それが秩序だ。
幼いころに、両親の保身的な貴族制度に嫌気がさして、世界に絶望し、
利己的な在り方に疑問を抱き、最愛の存在を己の手で殺すこと、それこそが最善だと、人間性が訴える事で死を決意し、
どれだけの罪悪を積み重ねれば、天を落とせるほどの、背徳の牙を手に入れられるか、
人間というのは所詮、知的生命体であるから、
劣等感や羞恥心、嫉妬の根源、罪悪と背徳を積み重ねれば、強さが、幸福が手に入る、
だから価値観に支配される人間は、人道や倫理を超越、逸脱して、それを行える限りで行ってしまうのだ。
凌辱の限りを尽くしてしまうのだ、それも最愛であればあるほど良い、愛を汚すことこそが真なのだ。
己の神聖を犯せば犯すほど、強くなれるのだ、幸福になれるのだ。
だからこそ、絶対的な秩序を求めたのだ。
秩序の強度を、秩序の勢力を、秩序の強さを、わたしがもっともっと高め、価値と意味の強度を高める事がしたい、
それこそが、使命だと感じた。
あの頃、あの聖女に、姫に、枯れ細った手を握ってもらって、この夢を、この理想を、この希望を、
与えてもらったように、わたしが、ソレに成りたいのだ。
「秩序勢力の為に、ありがとうございました」
敵を狩りつくした領域で、何時しかの上役が姿を見せた、私はやっと敵のいない場所に帰ることができたのだった。
しかし、やつれた。
心の隙間はとめどなく、ほころびた指先は力無くなっていた。
羽ばたく仕方も忘れてる。
もう、私は、駄目になっていたのだ。
乾いた感受性は、もう回復しようがないだろう。
無味乾燥な私は、これからどう生きればいいのか。
身に余る翼一枚をもぎとり目に入れてみると、それは鮮烈に映える紅色だった、綺麗だと思った。
きりきりまいに心は流転して、何時か自らは闘争と競争に生きる己を自覚するに至った。
毎日は、止まらない慟哭、それが全てであり、私の唯一残された術だと、そう思った。
きりのない暗黒を、自らの力で切り裂くのが、私の本質であり本分なのだ、そう信じたのである。
見紛う程の私がいた、もう剣すらまともに握れないのほどの貧しさ。
鍛えなおす必要がある。
自らを見つめ直す時間は、思いのほか遠大で、私をそのようにしていた。
取り乱した、私は今の私に我慢ならず、寒椿した。
限界を極めた果てに、私が私と感じる私が居た。
流す涙はない、ただ紅色を求めた、全てを染めたかったのだ、昔に近づけた気がした。
寂れた場所に戻った。
どこでも良かった、打倒するべき敵がいれば、私は満たされると思ったから。
思いの端から、崩してゆく日々。
くずれゆくのは自分自身か敵か、何もかもを壊さなければ気がすまない。
はじかれた敵の情熱は、ほとんどが蚊細くて、私の満足からは程遠いと感じた。
理解から染み出した、感覚の嗚咽を自覚した。
傷深く痛みを感じ続けて、私は死にたがっていたのだ。
紅に染まれば、誰かが私を殺してくれると思っていたのか、どうなのか、自覚的にも意図的にも分からなかったけど。
ああ、逃げ出す事すら呆けてるのだ、全自動的な敵への憎悪と殺戮。
凍えた枝を握り締め、永久凍土が眼下に広がる。
私の紅と対極の、何かたち。
ぎりぎりすぎる、極限を突き詰めたような生命の危機を感じる年季。
止まらない慟哭は終わりを告げた。
きりのない煉獄に、紅は変質した。
敵に対して血を感じて、緋色に、暖かさを感じる色を見出すことに成功した。
見紛う程の貧しさであった。
化け物は人間になった瞬間に、死に至る。
取り乱した寒椿、流す涙は緋色、いや、これはただの血の色であったか。
己の死を感じた。
紅色を取り戻せたのは、きっとそのとき。
私は常に、どんな時でも、己の眼前にある現実や限界を、不可能を可能に最大限のスピードで、紅に染めて求めるのだろう。
真理とは、真価とは、そこにあると気づけたから。




