‐魔王の再臨、二人の女王と歌姫
彼女が最後に見た、夢の意味はわからない。
俺は彼女に、最後の最後で託された、つまり、選ばれたのかもしれない。
幼少にして天賦の才を持つ黒き女王、全宇宙を眺めても指折りの、そんなあの子に。
もし叶うとするのなら、今度は、俺は彼女だけを守り、戦友のように共に戦い、身を全て捧げ盾となるだろう
何が起き始めてるのか、最初は気づけなかった。
わたしは今、銀の奔流に飲み込まれようとしていた、それが、特大の光の盾で防がれる。
目の前に佇む人、面影が似ている、だが、そんな筈はない。
でも、それはわからない、なぜなら、過去に死んだはずの自分が、生まれ変わって此処に存在するのだから。
「この命尽きるまで、君の盾になるよ、そう言った筈だろう?」
振り向いた、その表情は、昔よりも大分幼く、私の方がお姉さん。
しかし、どう見繕っても、彼にあらゆる面で叶う気がしない。
あぁ、彼だ、私の彼が、帰ってきたのだ。
無限の地、究極の真理を目指す、三人の異能者が、彼の目の前に立ちはだかるように屹立する。
「君は言っていたね、争いが嫌いだと。 でも、俺は思うんだ、戦う君も素敵だと」
彼の、そんな言葉に呼応するかのように、少女の手に力が蘇える、紅の刀身を真っ直ぐに敵に向けて、瞳だけを彼に捉える。
「オスカー、貴方が、私を肯定してくれるのなら、私はどこまでも羽ばたいていける、、、そんな気が、するんです」
どこまでも凛とした、最高の戦乙女の、覚悟を決めた表情。
しかし内心では、言葉にし尽くせない何か、万感の想いが溢れるほどに、その胸を高鳴らせていた。
彼女は前の世界で、多大なる罪を犯し、その果てに全てを諦め、絶望に落ちた挙句、自ら命を絶つ事で逃げ出してしまったのだ。
そんな彼女が、彼にだけ向ける高潔さ、それはきっと、ただただ愚直に、彼の意に従い続けること。
たった一人の男の為に全てを捧げたい、そんな女としての幸せ、無上の罪に塗れた彼女の、唯一にして絶対の逃避先であり、安息の地、それが、彼なのだ。
彼以外には、彼女は従いたいと思わない。
なぜなら、彼女に並び立つのは、いや、場合によっては彼女を超える存在は、彼以外には、この全宇宙探しても存在するとは思えないからである。
恋愛に没入し、自己の境界線を超越し、どこまでも愛情を注ぎ続ける、そんな幸せを、前の世界でも見出したかった。
(でも、そんな後悔はもう、、、なにもかも手遅れ、これから、少しでも建設的に生きていく事が、きっと私にとっての贖罪になるはず)
少女は、彼と共に剣を掲げる。
内心の翳りを一切見せない、輝けるほどの意志を漲らせていた。
(この想い、今告げるつもりはないけど、はたして、全てが終わった時には、受け入れてくれるだろうか?
前の世界で、彼の事を何も考えず、全てを無に帰する、そんな、最悪の選択をした私を、、、)
そんな多少の不安を、少女は抱えながらも、その実、今の彼女は全てに対して頑強であった、開き直っているのだ。
なぜか、それは歴史を紐解き、大いなる後悔を強制的に味わったからだ、自分が逃げたせいで起きた、取り返しのつかない悲劇。
だから、もう一歩も引く事も、後退する事も、なにより、世界に対して不誠実な事はしないのだ。
そして、また死のうとも、全てを投げ出し楽になろうとも、少女は思わなかった。
なぜなら、更なる、巨大過ぎて見通せないほどの、大きな生き甲斐を見つけたのだ。
この宇宙に遍く、沢山の命を知ったから。
それを教えてくれたのは、他でもない、生まれ変わりを果たさせてくれた、この肉体の元の持ち主である。
この身に溶け合い、お互いが一つになった、そんな無上の喜びを共有し、今も少女の根底を支えてくれる大事な人。
その無垢なる少女が、彼女に逃げるという選択肢を、決して許さないのだ。
どこまでも無垢で無邪気、そんな自分とは正反対の少女、巨大過ぎる彼女の自我で、強制的に終わらせるような形で、この身を征服してしまってからは、もう存在の欠片すら感じ取れない。
でも、だからこそ、彼女にとって、前の精神の持ち主は、死によって神聖化され、どこまでも彼女を支える柱になり得たとも、言えるのかもしれない。
ただ一人の、無垢なまま消滅したかに見える少女、転生体は、遺伝子レベルで同一である必要がある以上。
彼女にとって少女は、無垢なまま死んだ自分自身だ、だから、自分はどこまでも汚くなり、少女の犠牲に報いたい、そんな熱情が自然と発生したのだ。
誰よりも知る少女の、その犠牲の上に成り立つ自分、少女はもう何処にも居ない、ならば、これから先の未来に目を向けるしかない。
だから彼女は、ただ誰よりも世界に奉仕し、与えられたこの身を天に返すような、そんな生き方を真に望めるようになったのだ。
彼、彼女は、目の前の敵手を眺める。
「彼らは高慢なる人間と、一口に切って捨てきれる、でしょうか?」
「どうかな。
絶対の善と悪なんて、人間には決められない。
たとえ、世界を裏切りと絶望、失意のどん底に叩き落し、掌で操り踊らしていた連中、だとしてもだ」
「そうですね、、、それでも、私達、両者の意志によって、彼らは、ここで退場して頂くことにしましょう」
両者の見えないところで、動き始めていた世界。
今から挽回できるだろうか?
しかし、お互いを見つめあい、その瞳が真っ直ぐ前を向いてる事に気づく。
「大丈夫、俺達なら、何事も成し遂げられる、とは言えないけど、より高次の全力を尽くす事が出来る」
「そうですね、私は、貴方が辛いときは、側に寄り添います、あなたは?」
「そうだね、君が挫けそうな時は、手を差し伸べて引き上げてあげるよ」
「そう、ならば、どんな事があっても諦められない、諦めちゃいけないですねぇ!!!」
そんなお互いの絆を、言葉にして再確認しているうちに、敵は動き出した。
敵は、異端者。
絶望も、憎悪も、世界に対する復讐心も、何もかも、人間の持ちえる感情を極め、ただただ真理の奴隷に成り下がった存在達。
ゆえに、唯一真理に導いてくれる女神に付き従っている、らしい。
らしいというのは、推測だからだ。
常人とは異なる”何か”、それを胸に秘め、行動原理がどこまでも読めない存在だからだ。
しかし、所詮は終わった存在である。
自由意志という、この場合は希望とも言うべき、自己の外側へ向ける事ができる、無限に存在する意志のこと、それを剥奪され、無限に自己に埋没するだけ、それしか能が無くなった存在である。
自己でなく、他者や世界に興味を向けなければ、人間はどこまでも醜悪に、自己中心的に変貌する、そう、昔の自分みたいにだ。
将来的な、未来的な展望、それを踏まえた上で、他に期待するからこそ、自己を他者の為に存在させることができる、そんな、当たり前の話だけれども。
私がこの世界で、新たに得た 女王と歌姫の加護。
ペンダント型の端末から、奇跡的な何かを、意志の限り求める。
さらに赤と緑の、水晶のような羽も広げる、二振りのそれらは、永遠に輝けるような力強く芸術的な色彩に満ちていた。
「新たなる神話、伝説の始まり。
この手にある、全てを捧げる。 それと引き換えの、天上の技術を捧げよ。
我を待つ、持つ、愛しきモノ達よ、我を求めるならば、我の矛となり、盾とならん事を願う」
彼流の精神集中。
巨大なる意思が、加速度的に、幾何級数的に増幅、既にこの時点で、天文学的な物理事象が、彼の周囲で巻き起こっている。
これから先、どんな事が起きたとしても。
また、私に、彼に、何が起きても。
命尽きるまで、私を彼に捧げたい、純粋にそう思える、彼に圧倒的に惚れ直した。
久しく会っていなかったので、改めて彼の本気、その輝きに目を奪われ、一時と言わず見惚れた。
新しい何かが始まろうとしている。
高度未来予測演算、また、確信的な経験則から、そう感じる。
これから先はじまるのは、圧倒的な未知だ、と、そう視える。
世界のほとんど全て、事象も現象も存在も、科学技術のずっと先の展望すら含め、盤上に置かれた駒のように俯瞰し操作する、そんな余裕もなく、これからは必死になるだろう。
そんな予測に、私は無垢な子供のように震え、胸を高速で鳴らし、その温度を幾分も熱くさせていた。
冒険心とでも呼べるのか、これは、、、新たな肉体で、新たな全くの未知のステージに、裸のまま放り出された気分だ。
だからか、この想いを、全てが終わった時に、彼に伝えようと思う。
最悪な私だけど、生まれ変わった今、新たな世界で生き抜いた果てなら、変われている気がする。
受け入れてくれるかな?
今は、もちろん告げるつもりはないけど、全てが終わった時には受け入れてくれるかな?
また、子供を作りたい、なんていう、身に余る、そんなお願いを、、、。
緑と赤、青銅と銀、そして黒鉄。
全ての別世界から、別時空から、空間を飛び越えて、飛来する各種エネルギー、力の根源。
これら純粋なる力は、破壊という目的すら超え、歴史を記す為の道標、伝説に至るかのよう。
そんな圧倒的過ぎる、それこそ、神話級の存在の圧とも言えた。
なぜなら、そうとしか考えられないからだ、このような光景が、ただの細事、歴史に残る場面でないとは、到底思えないのだ。
それくらいの、二人の全身全霊、合わさった芸術は奏でられた。
目の前の敵を、難なく飲み込み、二人だけが残った時空にて。
「私達は、女神、そして女王と歌姫の加護を受けた」
「ああ、この世の、特筆すべき、それら力が手中にある。
俺が思うに、それらは歴史と物語、その最良の運命すら掴み取れるだろうと、そう認識する」
「ええ、これから始まるシナリオ、ストーリーは、一片も好きにさせない、私と貴方、全秩序を司るモノが描くものだと、今此処で、私が私の独断と、絶対の偏見により決定させていただきます」
そんな誓約と制約、将来的な証明を誓う言葉を、彼女は世界に対して宣言し誓うように刻み付けた。
「私が、少しでも挫けてしまったら、即座にその手、誰よりも優しく、誰よりも弱さを知った、そんな最愛の手で抱きしめて、抱きしめてくれるから、私は頑張れる」
「うん、もう、君を一時も放っておきたくない、どんな事も何もかも、全部諦めたくないんだ、そう決めたんだ、俺は絶対にな」
そんな二人を、遠方から望む、一人の少女。
「ふっふ、狂おしいほどの、未来への渇望。
希望を胸に、秘めてるんでしょうね。
まあ、今はそれを原動力に、旅立ちなさい。
誰よりも未来を求めるのなら、開かれるかもしれない、未来とは、切り開くモノ。
誰かが切り開いた未来を望まないのなら、そうするしかない、その誰かとは、自分でもありえるのだけれどもね」
その隣に、もう一人の少女。
けぶるような金髪を風に靡かせ、ウザったそうにそれを撫で付けながら。
「彼女、確か、世界を救いたいとか、無茶な事、昔わたしに吐いてくれたけど、どうなのかしらね?
修復者になりたいのかしら? それとも破壊者? まあどっちを、言っていてもいいね。
うん、どこまでも目指せばいい そして高みにのぼればいい。
あの子程度なら、もしかしたら、到達できるかも、私と同等の階層まで。
一心に信じる道をただただ進めばいいのよ、なのに、面倒くさく迷っちゃって、馬鹿みたい」
そんな事を徒然語る彼女に、もう一人の彼女は瞳を向けながら、分かってない彼女に言い聞かせようか迷う。
若干の思考のあと、
だが、諭すような口調で、彼女と同様に黒髪を撫で付けながら、まるで姉のような風情で告げる。
「私は、いつでも彼女の側にいたから、分かる、ずっと側にいたから、これからもずっといるから、分かるの」
強い縁で結ばれた存在同志は、その未来すら、絶対の精度で見通すことができる、そのような彼女からの言。
「あの子は、無限に矛盾を内包する存在、だからずっと、これからも永遠に迷い続け、葛藤を己の限界までし続ける。
私達のように、何かに、絶対服従するような、そんなツマラナイ存在じゃない。
だからこそ、私達は、彼女のような存在を、興味深く思ってしまうのかもしれないし、渇望して戻りたい、ああ成りたいと思う。
だって、どこでも、そこが自分にとってのアイエデン(I`eden)、楽園だろうがそうじゃなかろうが、愛せてしまう、そんな矛盾、楽しすぎるでしょう?」
「愛する人、なんだ?
分かる気がするなぁ~、自分の持ってないモノを持っている、だからこそ愛せる心理、うんうん良く分かる。
でも、わたしはちょっと違うかなぁ~、自分の持ってるモノを持っていて、それが自分の手に収まらないなら、持ってる人間を殺して消滅させて、自己の優位性を保ち証明するって感じ」
「ふっふ、分かってるじゃない。
そう、この世界の全て、どうせ生きてる内に、全てが手に入らないなら、消滅させてしまえばいい、あの人の思想の根底、それを理解し、付いて来てくれた、それだけの事は、あるみたいね」
二人の少女は、ただただ、無邪気に無垢に、傍からは邪笑に視える。
だが二人の間では、友達と笑い合うような仕草として、お互いの感情を交換し合うのであった。




