病気に勝つために
しおりは、目の前の建物に入っていった。
さて、ここにはどんな人がいるんだろうか。
中に一歩踏み入ると、異様な光景が広がっていた。
「それはあたしのだあああ」
「わしの薬じゃあああ返せええ」
しおりは、それらの悲鳴にも似た声にびくっと体を震わせた。
「あっらあ、新入り?」
そんなしおりに声をかけてきたのは、50代後半くらいのおばさんだった。
最初の建物にいた人とは違い、目つきが鋭く、しおりのことをじろりと睨んできていた。
「あんた、ここがどこだか分かってんの?」
そう言われ、しおりは首をふるふると横に振った。
「ここはねえ、グリーンランド症候群にかかったものの、治る見込みのない人たちが集まって、漢方なんかの先生方が持ってきてくださった薬を分け合って、病気を克服しようって所なの。」
しおりは、へえ、と呟いた。
それを見て、おばさんはさらにむっとした表情になった。
「あんた、意味分かってないでしょ。ここにいる人たちは、妻や夫に先立たれた人や、元々独身の老人なんかが集まってるの。孤独しまっしぐらな人ばっかりなのよ。あんたみたいな、若くて人生これからってやつは、さっさと恋人でも何でも勝手に作って頂戴。あんたなんかに薬は分けてあげないから。」
そういうと、おばさんは薬を求めに、騒ぎの中心へと混ざっていった。
その光景は、とても分け合っているようには見えなかった。どう見ても、奪い合っている。
しおりはしばらくその様子を眺めていたが、騒ぎが収まり始めると、近くにいる「先生」とやらが薬を追加し、また大騒ぎになる、の繰り返しだった。
見ているうちに気分が悪くなってきたしおりは、ここを出ることにした。
「おじゃましました。」
小さく呟いたその言葉は、誰も聞いていなかった。
さて、今日はどこで寝泊まりしようか。
そんなことを考えていたら、ある建物が目に付いた。いわゆる、漫画喫茶というやつだ。
1か月も悠々とホテルに泊まれるだけのお金は持っていないし、今日はここでいいか、としおりはそこへ入っていった。
中に入ると、漫画だけでなく、シャワーなんかも完備されていた。
また、インターネットも使えるようだ。
「ちょっと、調べてみようかな。」
しおりはインターネットを開き、検索を始めた。
それは、グリーンランド症候群に関する建物や活動などだ。
・病気に負けない!健康法!
・私はこうして病気を克服しました。
・グリーンランド症候群の人必見!合コンパーティ
・私、グリーンランド症候群になっちゃった。誰か恋人になってくれませんか?
・グリーンランド症候群は克服できる!?世間が明かさない特効薬とは
こんな感じの、怪しい宗教系や合コン、お見合い、エッセイ、出会い系などばっかりが検索結果に出てきた。
死ぬ前に、もっとのんびり過ごそうって人は、やっぱり少ないんだろうなと思いつつ、さらに調べていった。
検索結果の下の方に、明らかに今までと違うものがヒットしていた。
それは、誰かのブログだった。
「これは?」
そう呟き、開いてみると、グリーンランド症候群になろうがなるまいが、生活に大きな変化はない、と書かれていた。
元々、この病気になる前から書いていたブログだったようで、病気になったと書いた時からも、確かに内容に変化はない。
だが、そのせいでそのブログは炎上しかけていた。
『病気になったなら、その後の変化を教えろ』
『なんでもっと悲観的にならないんだ』
『よかったら、私と愛し合いませんか?』
そんな内容で、コメント欄が溢れかえっていた。
しおりは、そのブログを書いた人が気になり、どうせ見ていないだろうと思ってコメントを1つ追加した。
『初めまして。私もグリーンランド症候群になりました。死に場所を求めていますが、それまでにしておくべきことは何かありますか?』
たった、これだけ。
これだけ見ると、どう見ても悲観的になっているように見えるだろう。
だが、別にそういうわけではなかった。せっかくなら、良い死に方をしたい、というだけで、あまり感情という感情は込めていない。
コメントを書いてから、5分後にもう一回そのブログを開いてみた。
『○○町の南側にある、丘の上の公園から夕方に海を眺めると、とても気分がいいですよ』
こんなコメントが、しおりの書いたコメントの下に追加されていた。
それは、ブログの創設者ではなく、一般人のコメントとして追加されたものだったが、しおりはなんとなくそれが気になった。
「えっと、○○町はこの町だから、その南側にある公園って言うのは…」
気が付いたら、しおりはその公園について検索していた。
明日、朝起きたらその公園に向かってみよう。
そう決めて、眠りについた。