私と同じ患者さん
私はあれから、始発の電車に乗ってなるべく遠いところまで出かけた。
元々方向音痴なのもあり、もう帰り道は分からない。
さて、どうしようかな。
なあお
何かが聞こえた。
そっと目をやると、猫がいた。
「やあ、私も自分の死に場所を自分で決めることにしたよ。君は今からどこに行くの?」
思わず声をかけると、一瞬首を傾げたかのような動きをし、歩き出した。
ああ、どこかに行くんだなと思い、見ていると、急に立ち止まってにゃあと鳴いた。
「え、何?ついて来いって?」
よく分からないが、そういうことらしい。
近づくと歩き、離れると立ち止まってにゃあと鳴く。
分からないまま、もう随分と歩いた。
途端に猫が急に走りだし、見えなくなってしまった。
「なによ、もう。あれ?」
目の前には、大きな建物が1つ建っていた。
看板には、ようこそ、とだけ書かれている。
周りに他の建物は無いし、何より疲れた。少し中に上がらせてもらおう。
そう思い、中に入った。
「ようこそ。あなたももしかして、グリーンランド症候群の患者さん?」
にこにことよく笑う、可愛らしいおばちゃんに出迎えられ、はあ、としか言えなかった。
「ここにはね、なぜかグリーンランド症候群の患者さんがよく来るのよ。治る見込みのない人ばかり。それも、みんな猫に連れてこられたって言うの。あなたもそう?」
「はい。さっきまで猫がいました。」
そうか、さっきの猫はよく出るのか。
それよりも、ここは結局何の建物なんだろう。
「ここはね、元々は公民館だったの。でも、家が少なくなって、取り壊そうかって言っているうちに、グリーンランド症候群が急に流行って、その患者さんがすごく集まるようになったのよ。だから、今は患者さんのたまり場になっているわ。」
そうなのか、と思いつつ、中を覗いてみた。
思っていたよりは多くの人がそこにはいた。
「あれ、お嬢さん新入り?」
「ぼーっと突っ立ってないで、中に入りなよ。」
しおりは、ぺこりと頭を下げ、中に入った。
「今、お茶を入れるからね。」
おばちゃんはそう言うと、どこかへ行ってしまった。
「君も大変だね。まあ、のんびりしていきなよ。」
「ここで恋人を作って病気が治った人もいたんだよ。」
「俺は、死ぬまで呑んでいたいだけだけどな。」
「お前は相変わらずだなー!」
病気だというのに、なんと陽気な人ばかりか。
しおりは病気に悲観しているわけではないが、元々のテンションが低いのでノリについて行けなかった。
それを、何を思ったか、落ち込んでいると勘違いされてしまった。
「まあ、姉ちゃんまだ若いんだし、恋人を作ってみるのもいいと思うぜ?どこかにいい人いるって。」
「そうそう。本当に好きな人なら、期間なんて関係ないって。」
よく分からない励ましに、ただ、ありがとうございます、と言って頭を下げた。
そこへ、おばちゃんがお茶を持ってやってきた。
「あんたら、若い子いじめるんじゃないよ?」
「違うって!俺らは励まそうと!」
「本当かねえ。」
笑いながら、おばちゃんは、遠慮しなくていいからね?と言った。
とてもありがたいことだと思った。
こういう場所にいきなりたどり着くのは、とても運がいいのだろう。ただ、私は何か心にもやもやしたものを感じていた。
おばちゃんは、それに少し気が付いたようだ。
「お嬢ちゃん、ちょっといいかい?」
「はい、何でしょう。」
おばちゃんに連れられて、私は玄関に出た。
「あのね、無理してここにいる必要はない。ああ、勘違いだったらごめんね。誰しも、落ち着く環境ってのは違うもんだから、あんたは何か、もっと静かな場所の方が好きそうだったから。もし、ここが落ち着くんだったら、ずっといてくれて構わないよ。逆に、出ていきたいなら、明日にしな。もう遅いから。晩御飯と朝ご飯、食べて行ったって、罰は当たらないだろう?」
私は何も言わず、こくりと頷いた。
結局、私は次の日、朝ご飯を食べた後に出かけることにした。
さあ、あての無い旅路だ。
猫がにゃあと鳴いていた。
「ごめんね、私にここは合わなかったみたい。」
そう言うと、猫は少し寂しそうな顔をした。
私は、知らない道を延々と歩き続けた。公園があった。
「ちょっと、入ってみようかな。」
ベンチに腰掛け、空を見上げた。
綺麗な空。
すると、横に知らないおじさんが腰かけた。
「お嬢ちゃん、いくら?」
「はい?」
見ると、指を3本立てていた。
「これで、どう?」
「馬鹿言わないでください。」
イラっとして、その場を立ち去ろうとすると、手をつかまれた。
「お嬢ちゃん、グリーンランド症候群だろ?俺が愛を与えてやるって言ってんの。」
「私はあなたが好きではないので。」
「ちぇ、ケチ。どうせすぐ死ぬのに。」
愛を与えるって言っても、直接体の関係を持つ必要はないらしいし、あのおじさんの言っていることは何もかもおかしい。気にする必要はない。
そう思っていても、やっぱり傷ついた。
どうせすぐ死ぬなら、何をしてもいいというのか。
それにしても、なぜ分かったのだろう。
近くのトイレに行き、鏡を見て、私は、あ、と声を上げた。
髪の色が変色してきている。
そのまま公園を出て、お店を探した。
最初に入ったお店で、帽子を買って慌てて被った。
髪が短くてよかった、と思いながら、街中を歩き始めた。
しばらくすると、また、グリーンランド症候群の集会所らしき建物を見つけた。
今度は、きちんとグリーンランド症候群と書かれていた。
「ここには、どんな人がいるのかな。」
気が付くと、私の足はその建物へと向かっていた。