とある奴隷と女王陛下
今回は勇者関係ありません。
奴隷のお話です。
俺は諦めていた。
手に繋がる鎖、首輪。
目の前には鉄の檻。
逃げられなかった。
隣の部屋には妹もいる。
俺はただ、虚空を見つめていた。
目の前に1人の男がやって来た。
薄ら笑いを浮かべ、やってくる男は贅沢な服に身を包み、金歯を光らせ、俺の目の前に止まった。
「丁度な、いい客がいたんだ」
そう言った男に俺は興味を持つまいとしていた。
「でな、お前の妹をな、大変気に入られてな」
その言葉で俺は勢いよく男を見る。
「お前の妹、売れたぞ」
そう言って嫌な笑みを浮かべる男に俺は殴りかかりたくなった。
勢いよく動こうとすると、鎖がチャリンと鳴った。
くそ、くそ。
妹は俺よりも幼くて、俺よりも優しくていつも、俺のことを考えてくれていたのに....。
男を睨むと男は笑った。
「いい商売ができた。お前らは顔はいいからよく売れるんだ。お前も次期に売れるだろう」
そう言って、男は戻っていった。
妹が隣の牢屋にもういない。
そう思うと、心に穴が空いたようだった。
涙すら出ない自分が憎い。
俺は歯を強く噛んだ。
『お兄ちゃん!私達、大丈夫だから!一緒に頑張ろう』
そう言った妹がふと頭に過ぎる。
はちみつ色のショートカット。
いつも笑っていた。
くそ....俺に力がないから。
ごめんな。
弱い兄貴でごめんな。
どうか、いい人に買われててくれ。
それしか願えない俺が憎い。
憎い。
俺は自分への憎悪を膨らませながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
「おい、起きろ」
ふと、そんな声がして体に痛みが走った。
「っ!」
見れば、男が俺を蹴っていた。
「お前の客だ。どうやら、お前も売れそうだな」
そう言った男の笑みを俺は睨みつける。
男は檻を開け、俺の首についている首輪から出ている鎖を引っ張る。
体を引きずるようにして俺は歩き出す。
薄汚い階段を上り、少し質の良い部屋に出される。
目の前には、座っている女の子らしき人と、その護衛のように後ろに立っている男がいた。
女の子はティーカップを口に含み、目の前のテーブルにあるクッキーを手に持っている。
男は俺をじろりと見ている。
紫色の髪に紫色の瞳の女の子はティーカップを静かに皿の上に置き、俺を見た。
見る限り、かなりの美人だとわかる。
将来が有望そうだ。
「商人さん、この人が?」
「はい。そうでございます。お嬢様」
どうやら、俺をこの少女に売りつけようとしているらしい。
見れば、笑みを貼り付けた男がごまをするようにしている。
「もう少し、近くで見せてくれない?」
少女の言葉に男が頷く。
「どうぞ」
その言葉で少女が立ち上がり、俺に寄って来る。
「ふーん....少し聞いていい?」
「どうぞ、何でしょうか?」
「いや、あなたではなくて本人に聞きたいの」
そう言って少女は俺を見据えた。
「あなた、自分のこと変えたい?」
いきなりの質問に頭が真っ白になった。
自分を変える?
俺は変えられるのか?
弱くて、盗賊に親を殺され、捕まえられても抵抗出来なかった俺を?
「あなたは変わりたい?」
少女が再び近寄ってくる。
俺は首を縦に振った。
「よろしい。商人さん。彼を買います。お金は彼が持ってます」
そう言って、俺の首の紐を掴む少女。
結局、所詮は奴隷か....。
お金を受け取った男は薄ら笑いを浮かべ、お辞儀をした。
「毎度ありがとうございました」
俺はとうとう、牢屋から出て、外の世界へと足を踏み出した。
妹....いつか探してやるからな。
道中を歩く。
どうやら、他にも俺のような奴隷がいるようでチラチラと鎖が目に入る。
少女は振り向かず鎖を持ったまま歩いている。俺の後には剣を腰に携えた護衛の男がいる。
暫く、歩くと港に着いた。
少女は1つのボートに乗り込む。
俺はそのまま引っ張られ、ボートに乗る。
後ろの男も乗ってきた。
3人でギリギリのボートは男の魔法で走り出す。
「....さて、ここでいいかしら」
ふと、少女はそう言って、俺の首輪を取った。
あれ?この首輪は外すと爆発するやつじゃ....。
そして、次に足枷。
「私はルル。よろしくね。あなたは?」
そう言われ、俺は名前を告げる。
「....レノンね。よろしくね」
俺の名前を呼んで少女は笑いかけてくる。
「後ろにいるのは、リルよ。私の護衛ね」
「リルです。よろしく」
そう言い、背中を向けたまま答えるリル。
無理もない。
その魔法維持はきついはずだ。
リルの魔法は風魔法。
長らくボートを動かすため、たくさんの魔力を消費しているのだ。
「レノン。あなたはもう奴隷じゃないわ。今日から私の国の国民として生きてもらいます」
そう言われ、俺は驚いた。
俺の驚きにルルはくすりと笑った。
「全く、みんな同じ反応するのよ。ああ、私は両親がいない奴隷を結構買っててね。私の国、トアル王国の住民にしてるの。傍から見れば他国の住民を奪っている酷いヤツってことになるのかしら。安心して、悪いようにはしない」
そう言ったルルに小さな恨みが湧いてくる。
もう少し、もう少し早ければ、妹も....。
「そっか....それは、ごめんね。私が責任もって探すから、どうか、自分を責めるのはやめてね」
....声に出ていたのか?
ルルは少し遠慮げに言った。
その顔は悲痛を感じている表情だった。
「ルル。気負いすぎだ。お前は身一つなんだからそんなに他人の辛さを背負い込むな」
ふと、リルがそう言った。
「....でも、何かしてあげたい」
「それが、俺ら国民の負担になるのは確かだな」
「....ごめんなさい。やるべき事をやるね」
「それが一番だ」
「そうだ!さっそく魔王と仲良くしてくるわ!」
ルルは勢いよく立ち上がった。
その反動でボートが大きく揺れる。
「はあ?」
リルの反応に俺は同意する。
「ついでに、あなたの妹さんの様子も見てくるね」
そう言い、ボートから出ようとするルル。
ボートから片足を出したところでリルが止める。
「おい、待て。まだ、こいつに説明が....」
「リルがしといて」
「....会議はどうするんだ」
「あ、これ」
ルルはポケットから紙を取り出し、リルに投げた。
しかめっ面で受け取るリル。
「これにきちんと会議に対する私の意見がびっしり書かれているから。だから、あとはよろしく」
敬礼をし、ルルはボートを飛び出した。
えっ、浮いてる!?
ルルは軽やかな足取りで海の上を駆けていく。
魔王がどうのこうのとか言ってたが何者なんだ?
そう思ってリルを見ると、ため息をついて、俺に教えてくれた。
「ルルは今から向かっているトアル王国の国王。そして、俺はその国の騎士だ。今回はルルの護衛っとなっているが、まあ、逃げられたな....」
ちょっと待て!?
突っ込みどころが....。
「あんたは大丈夫なのか?」
俺の言葉足らずにもリルは理解してくれた。
「ああ、まあ逃げられたが、あいつは俺がいなくても普通に大丈夫だろ」
「ま、魔王は?」
魔王は強く残忍だという印象が頭に入っている。
「魔王は、優しくて温厚な奴だよ。俺らは何回か魔王と同盟を結んだり、会合をしたりしているからな。まあ、残念なやつで毎回何かしらの奴が魔王を倒してしまうが、不死身っちゃあ不死身だからな。あいつは。まあ、きっと酒でもやりに行くんだろ」
リルはそこで、表情を引き締めた。
「今からが、俺が陛下に任された重要任務だ。まずは、国のことをちゃちゃっと説明すっから、耳の穴かっぽじってしっかりと聞けよ。ところで、トアル王国は聞いたことあるか?」
その問に俺は首を降る。
聞いたことがない。
「....まあ、小さな島国だ。森があって、その真ん中に塀で囲まれた中にある。あんたがいたバーレー大陸の隣だな。そして、今そこに向っている。あんたの所はどんな身分があるんだ?」
リルの言葉に嫌な思い出がフラッシュバックする。
俺のいた国はサバキレ王国。
「国王、公爵、貴族、町民、村人、奴隷だ。基本的に家がない奴は奴隷だった。どんな奴も、家が何らかの理由で消えれば、奴隷になっちまう、嫌な身分制度だ」
リルはただ、顔を顰めただけだった。
「トアル王国は奴隷はないな。事実的にみんな平民だ」
「....国王はいるじゃねえか」
「国王も平民ということになっている。国の政治に携わるが、ルルは城の近くの住宅街に住んでいる」
....国王が住宅街に?
「俺達の国は実力主義でな。競い合うのが特徴だ。身分が高そうにみえるやつは基本的に強い。だが、弱いやつでもきっちりと王国は保護をしているからな。安心して過ごせる仕組みだ」
....実力主義。
ということは、護衛のリルは....。
「まあ、俺は兵士の上の騎士という地位にいるのは確かだな。国は兵役はなく、応募制なんだ。だが、応募する奴があまりにも多くてな。トーナメントで勝ったやつがなれるんだ。そして、兵士の中でさらに上位になれるやつが騎士になれる。大雑把にそんなもんだ」
....俺は弱いから無理だな。
「お前は国民登録をしてから、奴隷学校に通ってもらう。まあ、お前と同じ身分や境遇だったものが、国の常識やこの先どうするかを学ぶ学校だ。とりあえず、そこに入って、この国が合わないと感じたら卒業したら国を出て構わない」
他にも、俺のような奴隷が....。
「あっと、お前みたいな奴隷上がりで騎士まで行ったやつは何人かいるぞ。奴隷だったからか、精神が図太くてだな。へこたれないし、前向きで、いいやつばっかりだ」
俺みたいな奴隷でも、リルのようになれるということか。
「まあ、俺ほどにはなれないかもだけどな」
俺のことを見透かしたようにリルが言った。
「トアル王国は最近出来た国なのか?」
俺の問にリルはさらりと答えた。
「いや?一万年前....つまり、神話の時代からあったぞ?」
「は?」
神話の時代から!?
神話っつうと、今のサバキレ王国ができたのは二千年前と聞いたから、それの5倍....。
「隣のバーレー大陸はティファイン帝国という自称大きな国があるが、あの国の前にはもっと大きな国が建っていたな」
リルはあたもかも自分が見ていたというように話した。
ティファイン帝国は三千年前に建国だぞ!?
俺の心の声が聞こえたのかリルは不敵に笑って答えた。
「悪いな。俺はティファイン帝国よりも年上。不老不死なんだ。どこかの魔王さんとも変わらねえお年頃だぜ?」
その言葉に俺は軽く眩暈を覚えた。
三千年前に生きていた?
つまり、目の前にいるのは....。
「というわけでな、トアル王国は化け物王国とも言われているな。俺みたいな不老不死の化け物がうようよしている。まあ、気にするな」
いや、気にするだろ!?
「っと、そろそろ見えてきた。あれがトアル王国で俺らの国だ」
そう言われ、俺は海を見る。木々が鬱蒼と生える島が見える。
本当にここに国があるのかと尋ねたいくらいだ。
ボートはゆっくりと進み、やがて止まる。
俺はここから人生を再びスタートさせるんだ。
そう心にしてから砂浜へと1歩。
すると、キシャーと声がしてどこからか豹らしき物が....。
襲われる!?
「お、雑魚猫か」
そう言い、そのまま立っているリル。
いやいや、助けろよ!
っていうか、これが雑魚?
猫っていうか、豹じゃ....。
リルは柄を握った。
よし!そのまま倒してくれ!
リルは優雅に歩き、迫り来る雑魚猫を一刀両断した「まあ、こいつはこの国のガキでも切れる」
そう言い、進むリルを俺はなんとか追いかけた。
....天国の母さん、やってける自信ねえんだが。
天国の母さんが心の中でなんとかしろという言葉を発したのを感じ、俺は密かに肩を落とした。
ま、なんとかするしかねえな。