とある騎士
俺は、とある騎士だ。
トアル王国という国で仕事をさせてもらっている。
この国で生まれた俺は何不自由なく、親に育ててもらい、才能のお陰で騎士になれた。
現在では3級騎士だ。
だが、この辺から壁は厚くなる。
トーナメントで勝ち残っていった者順に階級はつくのだが、2級決めの時に彼らと当たってしまうのだ。
精鋭の騎士。
建国当時から、騎士として活躍しており、現在まで騎士として活躍している彼らは、途方もない強さで化け物だと他国から言われても何も言い返せないほどだ。
不老不死。
彼らは望んでそうなったのであり、一生ここに仕えると言っていた。
彼らにとって新参者の私が思うのもあれだが、そんなに陛下は仕える価値があるのだろうか?
もちろん、私はこの国でも上の方に値するが、それでも上は目指したい。
けれど、不老不死になってまでそうは思わない。
不老不死は確かに魅力的だ。
歳も取らないので、自分の力を無限に高められる。
かと言って、不老不死にデメリットがあるのは全国民が知っている。
『陛下は不老不死になることをあまり望んでいない。』
騎士になりたての頃、一緒に仕事に当たった精鋭の騎士の1人が言っていた。
それは、どこか切なげで、悲しそうな顔であった。
彼の顔からはどこか陛下を慕っているような恋に似ている何かを感じ取ったのを覚えている。
騎士の仕事は結構ある。
私は兵士だった時に憧れていた騎士になれて、幸せだと思う。
兵士と違う点は、巡回があるということだ。
騎士のうち、1日に200人がその巡回を行う。
巡回と言っても、危険がないか、怪しい奴はいないか二人組になって歩き回り、露店の味もチェック。
さらには、知り合いがいたら最近の様子を教えてもらう位のものだ。
もはや、食べ歩きに暇つぶしとしてもいいような、天職だ。
騎士はモテる。
誰かがそう言っていたが、本当にそうだ。
1歩、城から出たところで誰もが振り返り、騒ぐ。
待ち伏せされている時もある。
しかも、突然の告白もかなりある。
驚くのはまだ早い。
精鋭の騎士の場合は違う。
1歩歩く度に全員が彼を見て、人混みは綺麗に割れる。
彼らが視線を人に向ければ周囲の人々は自分を見たのかと騒ぎあい、話しかければ気絶する者まで。
....逆に可哀想だ。
やめよう。
とにかく、巡回はそんな感じだ。
あとは、試合の審判が義務つけられている。
まあ、それは省略。
面白いのは、精鋭の騎士は国を出て、世界を回ってきても良いようだ。
まあ、そんなやつほぼいないらしいが。
でも、極秘裏に国を出たやつがいるとかいう噂はあるな。
かつてある旅人が言っていた。
『この国の騎士は冒険者の中でもトップクラスだ。こんな国に戦争を仕掛けたら、どんなに強い兵力を誇ってようと、負けるに決まっているな。この国は素晴らしいな』
というわけで、この国の騎士が国を出たら、最強どころか無敵に等しくなるらしい。
まあ、その無敵はきっと精鋭の騎士のことだな。
残念ながら、その旅人は精鋭の騎士を見たことがないらしく、精鋭の騎士という単語も知らないらしい。
つまり、俺レベルでもそれほど強いと認識されるらしい。
もし、この国を出ることになったら、冒険者として一攫千金を狙うのもいいかもな。
まあ、そんなつもりはないが。
俺は現在巡回中だ。
今日の相棒は4級のレビン。
「ハルトシオさん。そこの店、美味しそうですよ」
あっ、ちなみに俺はハルトシオ・バルカン。
騎士でも階級が高い方を敬うという上下関係はあるんだ。
「おお、行ってみるか」
さっきからいい匂いがしていて思わず頬を緩ませる。
「ハルトシオさんは食べ物に目がないですよね!」
「お前は陛下愛が強すぎだけどな」
「そんなことないですよ。陛下には直接会ったことはありませんし、ただ陛下の政策とか、陛下の行動とかは大体把握してますけど。まあ、陛下の宗教がありましたら、間違いなく入ってますけどね」
こいつは狂ってるな。
「....会ったことのないやつにそこまでなれるのはお前のような変態くらいだな」
「む、そんなことないですよ。あ、お姉さん、それ二つ」
「まあまあ、お姉さんだなんて。おまけにまけてあげる。....というか、その服装は騎士様ですか!?」
おば....お姉さんがふと大きな声を出す。
「我が店へようこそです。粗末な味ですが、召し上がり頂けて光栄です」
「....そこまでしていただくことはありませんよ」
俺は串焼きを2つ受け取り、レビンに渡す。
「私、この国は最近来まして」
「へえ、この国は他と比べてどう?」
「いや、比べるなんて滅相もない!比べようもないほど素晴らしい国ですよ!」
おば....お姉さんは興奮しているのか俺の手を両手で掴む。
できれば、離して欲しいんだが........。
「そいつは良かったな」
「しかも、この国の兵士達は素晴らしい。騎士様はそれ以上に素晴らしいんです!」
お姉さんは俺の手をさらに強く掴む。
....お願いです。どかしてくれ。
「はっは!この国の治安に仕組みは陛下のお陰さ!陛下は尊敬すべき人物だよ!陛下の素晴らしさなんて指の数以上さ!」
「はい、この国に来て良かったです!」
ようやく、離してくれたか....。
お姉さんは辛い過去を思い出したのか涙を拭う。
「私は、ティファイン帝国に住んでいましたが、生活は苦しくて苦しくて....」
「....やっぱり税とか?」
レビンは真面目な顔をして、紙を用意する。
こういう、他国の情報を言ってくれる人は重要だ。
他国の状況がわかるし、他国の人がどのように考えているか、政治をする際のヒントとなるからだ。
....と、騎士団長が言っていた。
どうやら、その騎士団長に言わせたのは陛下らしいが。
「はい。税は基本的に安定していなくて、皇帝の気分で多くなったり、少なかったりします。さらには、貴族の裏金用にいくらか税金を上乗せして払わなければならないのです。私には、夫と娘がいましたが、最近の帝国の徴税はえげつないので生きていくことすらままならなくなりました。税が払えなければ、奴隷に落とされてしまうのに。そこで、私たちの間で、この国から逃げるということが結論されました。しかし、逃げても大陸では捕まってしまう....。そこで考えたのはこの国へ逃げることでした。きっと、この国なら私たちを受け入れてくれる。そう思ってここへやってきました」
「つまり、帝国からの逃亡者でしたか....」
レビンは真剣な顔つきでお姉さんを見た。
「えっ、あっ、すみませんでした!こんな犯罪まがいの私たちを入れたら、帝国に喧嘩ということになりますし、いけませんよね?直ちに国を出ていきます!」
この国への国民登録に登録者の経歴は調べない。
こういう人もよくいるのだ。
レビンはお姉さんの手を握った。
「安心して。そういう人はよくいるから。この国はそういう過去にとらわれない国だ。陛下も犯罪を起こさない限り、必要限度の情報しか話すことは義務づけていないって言ってたし、それにお姉さん達のような境遇の人のために働くのが騎士の仕事だ。帝国が襲ってきたって俺達が守るから。お姉さんは安心して生活して」
「....はい」
お姉さんは下を向いて頬を赤らめた。
....こいつ、落ちたな。
「ところで、聞いてもいい?あなたの家族は無事?」
「もちろんです。第2街に住んでいるのですが、夫は農家を。娘は魔法大学へ通っています。あの....もしよろしければ、娘を娶っていただけないでしょうか?娘は非常にいい子で、あなたのような方でしたら、喜んで....」
「すみませんが、私には心に決めた人がいますので」
レビンは悪げなしに即答する。
「....そうですか」
「この串焼き、美味しかったです。また、食べに来たらぜひ美味しく作ってください」
「わかりました。また、お待ちしています」
そして、俺達は露店の所から離れて歩き出す。
「お前も、女に罪を作るよな」
「まさか。俺は陛下の言葉を引用しただけだよ」
「....お前、心に決めた人って」
「もちろん、陛下ですよ。陛下以外に誰がいるんですか」
断言するレビンに俺はため息をついた。
わからなえな。
どうしてそこまで見たことのないやつを好きになれるんだか。
俺のため息から勘違いしているのかレビンは言った。
「いいですか?俺は必ず、陛下の夫になりますよ!」
「....好きにやってろ」
もうだめだ。俺には関われん。
レビンは楽しそうにそう言い、俺達の巡回は終わった。
「あ、ハルトシオさん。この報告書を騎士団長にお願いです」
「....お願いって....お前は?」
「もちろん、陛下に近づくために訓練ですよ」
そう言い、レビンは走っていく。
なんか、よくわかった気がする。
ああいうやつが、いずれ不老不死になるんだろうな。
俺は城の中へ入る。
城の入口の警備をしている兵士が敬礼をする。
俺はそれを返しながら真っ直ぐ2回へと上がっていく。
城の2階は大学だ。そこは、素通りし、3階へ。
3階の大きな広間から別れる通路の1つを入り、突き当たりの部屋をノックする。
騎士団長室。
「どうぞ」
声が聞こえ、俺は扉を開いた。
毎回緊張するんだよな。
「失礼します。3級騎士、ハルトシオ・バルカン入ります」
お辞儀をして、一歩前に進む。
目の前には凛々しい顔つきの騎士団長が。
部屋の床はレッドワインのカーペットが。
少し、仕事が多いのかあたりには紙が落ちている。
机の上には本が積まれ、窓を背にして高級そうな椅子に彼は座っていた。
「おお、よく来たな。何のようだ?ハルトシオ」
騎士団長はとても気さくな方で、話しやすく、誰にでも平等に接する。
結婚をされていて、騎士団長を狙っていた女性はハンカチを噛みちぎらんばかりに口に加えていたほどに残念がっていた。
まあ、イケメンだしな。
俺は報告書もとい、メモを見て言った。
「ティファイン帝国から逃げて来た国民に国の様子を教えてもらいました」
「よし、言ってくれ」
「まず、国内は非常に荒れている模様です。徴税は皇帝の気分次第だそうです。しかも払えなければ、奴隷に落とされるということでして、えげつないと言ってました」
「....なるほどな。ティファイン帝国は」
ふと、ドアがノックされる。
騎士団長は俺を一瞬見て答えた。
「どうぞ」
「失礼します。5級騎士、アルフレッド・サフラン入ります」
「おお、アルフレッド。よく来たな。どうした?」
「旅人から重要なことが聞けました」
アルフレッドはお辞儀をして答えた。
「よし、先客はいるが気にせずに言ってくれ」
「はい。旅人によりますと、魔王が復活したということです。さらに、ティファイン帝国が勇者召喚をしました」
アルフレッドが報告し終えると騎士団長は考えるようにして言った。
「....まあ、陛下は魔王については関係ないと仰るだろうし、そこは心配しなくてもいいと、その旅人に言っておいてくれ。下がっていいぞ」
「わかりました。失礼いたします」
アルフレッドはそう言って、部屋を出た。
しばらくして、騎士団長は俺を見た。
「どうやらティファイン帝国は相当焦っているようだな。勇者召喚は陛下のお心を悩ませるだろう」
陛下は優しいのか。
「アルフレッドには言わなかったが、もしかしたらティファイン帝国と戦争になるかもしれないな」
「っ!?」
「まあ、安心してくれ。戦争なんて我々は何回も経験している。戦争なんて我々にはチャンバラごっこだ」
「....」
俺は何も言えなかった。
騎士団長は実質的に俺ら騎士の上司で、この国の第3の権力者だ。
そんな騎士団長が戦争を軽く見ている。
俺にはそれがおかしかった。
戦争の本を見れば、戦争は本当に凄まじい。
多くの人が殺され、多くの人が泣くのが戦争だ。
それを、チャンバラごっこで片付けるなんて....。
俺の意図を察したのか騎士団長は口を開いた。
「失礼、口が滑ったな。今のはなかったことにしてくれ。安心しろ。この国の国民は戦争なんかで命を落とさない。この国の戦争は非常に優しいものだ」
「....人の命は軽くありません」
つい、口に出していた。
偉そうな輩はそこで俺を罰するが騎士団長はそうはしなかった。
どこかの悪代官とは違うのだ。
「そうだな。人の命は軽くない。だが、不老不死の俺達の命は非常に軽い。死んでもまた、生き返る。これが、俺達に与えられた、国民を守るための道具だ」
この人は自分の命を道具だと言った。
「くれぐれも、この話は内緒な?もし、陛下の耳に入ったら、俺はぶたれる」
陛下は優しいからな。
そう呟いて、騎士団長は虚空を見た。
「人がいる限り争いは終わらないが、争いをできるだけ軽減させることが、俺達、精鋭の騎士の仕事だと思っている。俺達はそれぐらいのことしかできないからな」
騎士の仕事なんて他にもあるはずだ。
「大切な人を守るために自分を道具にするんですか?」
「大切な人ね....。陛下を守るために俺らは存在しているからな。陛下が大切にしている国民を守るのも俺らの仕事だ」
騎士団長は笑ってそう言った。
違う。何かが違うのだ。
「ですが、そんなことをしたら陛下が泣きますよ」
「泣く、ね。そうかもしれない。単なる自己満足で終わる。それでも、俺らは不老不死になった日からそう決めている。どんなに陛下が泣こうとも、俺らは陛下の大切なものを守るんだ」
そうか....。
違和感は....。
「陛下の大切なものに、あなたは入ってないんですか?」
騎士団長は笑った。
「さあな。そういうのはわからない。俺は妻と共に陛下を守る。それだけだからな」
....何を言っても無駄か。
騎士団長はずっとそうやって何千年も生きてきたんだ。
今更、ぽっと出の騎士に言われたくもない話だな。
ふと、ドアが叩かれる。
「今日は客が多いな....」
騎士団長はぼそっと呟き、返事をした。
「どうぞ」
「失礼、レイガン。さっきの呟きは私に対する嫌味かしら?」
いきなり名乗りもせずに入ってきた女性はつかつかと歩き、騎士団長の胸倉を掴む。
紫色の癖のあるボブに凛々しい紫色の瞳。
美人だった。
思わず、俺は顔を真っ赤にさせた。
年齢は18くらいだろうか。
「陛下!?痛いです。確かに、さっきは陛下がノックしているのはわかったけれど....」
「何?知ってて言ったの?確信犯ね。そんな確信犯には重い刑罰を与えなくては....」
「そんな、許してぇ!」
ちょっと待ってくれ。
騎士団長?陛下って言わなかったか?
「そうだ、いいのか?騎士がここに入るんだぞ!?」
騎士団長が俺を指さす。
ようやく、美少女は俺に気づいたのか振り向いた。
すぐさま、顔を元に戻す。
「そんなの、こんな少女に胸倉を掴まれて騒いでいる上司の方が哀れじゃないの」
「はあ?少女ってあなたはおばあ....ぐえっ、ちょっ、ギブギブ!」
「誰が何だって?」
「へ、陛下は少女です....」
「よろしい」
ようやく、解放された騎士団長はほっと息を吐いた。
「よし、罰としてユウに自分が好きなところを5つ言いなさい」
「げっ、妻に!?」
陛下は華麗に騎士団長を無視して俺のところへ歩み寄る。
「お見苦しいところを見せたわね。私はルル。この国の王を仕事としているわ」
陛下はそう言い、腕を捲る。
陛下はブラウスにスカートという服を着ている。
「お、お初お目にかかります。ハルトシオ・バルカンと言います」
俺は慌てて挨拶をする。
陛下はお辞儀はいらないと手を振りながら、騎士団長に話しかける。
「レイガンのせいで暑くなったわ。」
「はあ、すみませんね。そういえばどうしたんですか?」
騎士団長....陛下にずいぶん気楽に言ってるよな。
「あ、そうそう。会議やるから、第2会議室に宰相から1級騎士まで集めといて。内容はティファイン帝国についてね。情報は集めながら向かいなさい。以上」
そう言って陛下は部屋を出ていこうとする。
「ちょっと待ってください....」
「....何よ。私は忙しいの。伝令はあんたが飛ばしといてね」
「罰ゲームは勘弁してください」
....どうでもよくね?
陛下は一瞬考えて笑って答えた。
「断る。これ以上なんか言ったら、会議中に罰ゲームしてもらうわよ」
「すみませんでした」
「よろしい」
そう言って陛下は部屋を出た。
慌ただしい人だったな。
「....騎士団長、大丈夫ですか?」
俺は心のダメージを受け止められずにいる騎士団長に話しかける。
「あ、ああ....。気にしないでくれ。恥ずかしい所を見せたな。このことはもう忘れて帰りなさい」
なんだかわからないが、さっきのは見てはいけないものだったらしいな。
「わかりました。失礼いたします」
俺はそう言い、報告を終えた。
俺は現在訓練所に来ている。
どうやら、レビンは今まで練習をずっと続けていたらしい。
「ハルトシオさん!報告は無事に終わりましたか?」
誰のせいで報告に行かされてたのやら。
「ああ、色々あったが終わったぞ」
「お、色々ってなんですか?」
俺は約束したとおり、騎士団長のことは省いて言った。
「陛下と会ってな」
どうしよう。
隣からヨダレをすする音が....。
「ちょっと待ってください!陛下と会ったんですか!?」
「あ、ああ....」
「ずるい、ずるい、ずるい!俺も行けばよかった!」
いや、お前が任せたんだろうが。
「どうでした?」
「?何がだ?」
「陛下ですよ!」
ふと、陛下の顔が浮かぶ。
「....美人だったんですね」
「!?なんでわかるんだ!」
「顔が赤いからです。惚れたんですか?」
「まさか!」
ひとめぼれなんかしてない。
「良かったです。ハルトシオさんが惚れてたら、俺は負けますから。ハルトシオさんはモテますしね」
お前がな。
「女の子がよく騒いでますよ」
お前がな。
「ハルトシオさんの笑顔には男の人も顔を真っ赤にさせているのを見ました」
お前も....え?なんつった?
「とにかく、良かったです!では!」
レビンはそう言うと、逃げるようにいなくなった。
うん、今のは忘れておこう。
俺はようやく剣を抜き、振り始める。
集中だ。集中。
自主練も終わり、程よい汗をかいた俺は家に帰ることにした。
もう外は暗い。
ふと、月を見れば、今日は満月だ。
今日はとにかくいろいろとあったが、なんとか1日が終わり、良かったと思う。
これからもこのように騎士の日々を続けていけたらいいと思う。
ハルトシオ・バルカン