chapter.9 行き先は
翌朝、メロウシティの宿屋で目を覚ましてから、ミナは監視の視線を感じつつ仕度を整えた。
ミナが逃げないように昨日のフードの男が近くで見張っているのだ。姿は見えないが、四六時中見張っているから、昨夜から今朝にかけて心の休まる時がなかった。
鬱憤を抱えたまま、ミナはマリアに変装し、部屋から出た。
すると、さらに監視の視線が強くなった。あえて気配を殺していないのは、いつでも見ているということをミナに伝えるためだろう。
『うざったい視線やのぅ。いっそぶった切るか』
(それはまずいよ。せっかく敵の本拠地に入り込める機会なんだから、無駄にしたくないし)
『ま、そうやな。あえてリシャールに従い、帝国内部に入り込む。まさかこうも上手く事が進むとは思わんかったわ』
そう、ミナはリシャールに屈して従っているのではなく、自らの意思で従っているのだ。昨日の貴賓室で、リシャールの首をとらなかったのはそのためだ。
(有益な情報も手に入れられたしね。幸先はいいみたい)
『まったくや。これは一気に復讐を果たせるかもしれんなぁ』
(だったらいいけど、そう上手くいくとは思えないよ)
『まぁな。最悪、リシャールだけでも屠るか』
(うん。そのつもり)
念会話をしつつ、ミナはリシャールに指定された場所へと向かう。
行き先は闘技場の裏手だ。そこに、護送用の馬車があるらしい。そこから次の目的地に移動するとのことだった。
『列車は使わんのかいな』
(馬車で列車のホームに行くだけじゃないの?)
『こっからやったら徒歩で行ける距離やろ。一々馬車に乗るってのは引っかかるわ』
(まあ、確かに。用心だけはしておいた方がよさそう)
『せやな。何があってもいいように警戒は常にしとこか』
(うん)
ルクシオンとの念会話を終え、ミナは視線がもう1つ増えていることに気付いた。あのフードの男だけじゃない。他の者の視線だ。
『人気者やのぅ』
(厄介事が増えなきゃいいけど)
『そら無理な相談やな。今からは厄介事だらけやで』
(それもそっか)
諦め、ミナは無視して進むことにした。
しばらく2つの視線を受けながら歩く。朝食は取らない派のミナでもさすがにお腹が減ってきた。そこかしこから漂ってくるパンの香りがさらに空腹を刺激する。
『太るで?』
(ルクシオン知らないの? 朝食べない方が太るらしいよ)
『そうなんか……って、いつもミナは朝食べないやんけ。せやのにミナはほっそい。つまりその噂はデマやな』
(体質でしょ)
『身も蓋もないのぅ……』
ルクシオンが何か言ってるが、ミナは無視して屋台のパンを買った。外側がパリパリしていて、内側はふんわりして砂糖がかかっている甘いパンだ。
それから、パンを食べつつミナは先を急いだ。
数分後、パンを食べ終えたミナが目的地に着くと、そこには帝国騎士達がいた。もしかしなくてもリシャールの護衛だろう。そもそもリシャール程の者に護衛など必要ないように思えるが、これも立場上仕方ないのかもしれない。
「お待ちしておりました。馬車の中でリシャール様がお待ちです」
「……」
首肯で騎士に応え、ミナは馬車に進んだ。
これから帝都に向かう。そして、敵の本拠地へと潜り込むのだ。そのためなら、憎きリシャールの隣で旅をすることも我慢する。そうミナは決意していた。
「よくきたね、マリア。覚悟はできたかな?」
「……まあ、それなりに」
「……ふっ。掴みどころのない子だ」
ニヒルに笑うリシャールに苛立ちを覚えながらも、ミナは馬車の席に座った。中はかなり広く、4人は座れるようになっている。その中で、ミナはリシャールの対角線上の席に座った。もちろん、少しでも離れたい一心からである。
「そう警戒しなくてもいいんだがね」
「性分ですので」
「そうかい。なら、仕方ないか」
言ってから、リシャールは外に待機していた騎士達に合図を出した。どうやら、早速出発のようだ。馬車は4台あり、そのうちの1台にミナとリシャールが乗っている形になっている。他の護衛たちは、その他の馬車に乗り込んだ。
「本来なら列車で向かいたいところなんだが、ちょっと寄りたい場所があってね。それまではこの堅い椅子で我慢してくれたまえ」
「わかりました」
寄りたい所か、とミナは思った。
一体、どこへ向かうというのか。帝都に行く前に、何か私用でもあるのだろうか。どちらにせよ、警戒するに越したことはないだろう。
馬車はゆっくりと走り始め、メロウシティの表通りを進む。さすがに人通りがあるので速度がゆっくりだが、街道に出れば速度は増すだろう。メロウシティを出るまでは、きっとこのペースで行くはずだ。
『なーんかきな臭いのぅ。リシャールの野郎、なんやたくらんどるちゃうか?』
(……かもね。だとしても、最悪押し通るだけだよ)
『やれやれ、女の子のセリフとは思えんな。さすがはミナやで』
(バカにしてるの?)
『褒めとんのや。そうじゃないとワイの相棒は務まらん』
姿を隠すために麻布に入れているというのに、魔剣は通常運転だ。闘技大会に出る前は文句を言っていた気もするが、慣れたのか今では大人しい。
それからしばらく馬車の中は静寂が支配していた。ミナもリシャールも特に口を開くことはなく、30分くらいが経過した。気づけば、都市の入口である大門の近くまで来ていた。
「そろそろメロウシティを出る頃あいだ。ところで、先ほどから気になっていたんだが、その麻布に入っているのは何なんだ?」
「剣です」
「何故隠す?」
「隠しているわけではありません。これは、親の形見なので」
「……なるほど。事情があるようだ」
「はい」
それ以上リシャールは追求してこなかった。内心冷や汗ものだったが、ミナはなんとか平常心で乗りきることが出来たのは、運が良かったからもしれない。
リシャールは当然ながら魔剣を知っている。ルクシオンの存在を認知している、数少ない人物だ。だから、ミナは昨日の闘技大会の時から魔剣を麻布に入れていた。あれから10年は経っているが、そうしていなければ恐らくリシャールに勘付かれていただろう。
『危機一髪やな』
(何悠長なこといってるの)
『何言うとんのや。これでも緊張で脂汗だらだらやで』
(剣が何言ってんだか)
念でルクシオンに突っ込みつつ、ミナはリシャールの動向に目を光らせた。一瞬でも気を抜いたら、何をされるか判らない。特に魔術関係には注意が必要だ。四元帥一の魔術使いはリシャールではなく他にいるが、それでも帝国トップの腕前であることに変わりはない。
馬車は街道に出て、ペースを上げつつもゆっくりと進んでいた。一面に広がる荒野では、乾いた風が吹き、砂埃が舞っている。もっと東に向かえば、緑も増えてくるのだが、それまでは恐らく1日は馬車に乗っておかなければならないだろう。
「そうそう、これから向かうのはメロウシティ最寄りの小さな村でね。私用で申し訳ないんだが、少し付き合ってもらうよ」
「わかりました」
「まあ、そこまで時間は取らせないから安心してくれ」
それだけ言うと、リシャールは再び口を閉ざした。
しばらくの間、沈黙が流れる。聞こえてくるのは馬車が進む音と、鳥か何かの鳴き声だけだ。だが、沈黙はミナにとってリシャールと話すよりも心地いい。というより、ゆっくりと時が流れる空気が好きなのだ。何も考えず、頭を空っぽに出来る時間は、ミナにとっての安息である。
『いつも通りぼーっとするのはええけどな、気は抜くなよ』
(……わかってるから)
いくらミナがぼーっとすることが好きだからとはいえ、敵の前で無防備になるはずがない。さすがに弁えている。
無言のまま、馬車は街道を進み続けた。だが、順調に進んでいたかと思えた行軍も、ここにきて問題が発生した。
「……魔物か」
リシャールが面倒そうに呟いた。
街道には、時々こうやって魔物が現れたりする。大体が小型種だが、時々中型の魔物も現れるから注意が必要だ。
魔物は馬車の進行方向に現れた。完全に通せんぼされた形だ。
次第に魔物の数は増え、いつしか馬車は囲まれていた。
「――面倒だ、片付けろ」
リシャールがそう言うと、あのフードの男がどこからともなく現れて、馬車の前に立った。
相手はデスハウンドという四足歩行で小型種の魔物だ。討伐ランク3程度の雑魚だが、目の前に現れたデスハウンドは10体程いる。群れる習性をもっているから、こうして複数体で現れたのだろう。
「あの人、何者なんですか?」
気になって、ミナはリシャールに尋ねた。なんとなく、あのフードの男からはただ者ではない気配を感じたのだ。
「気になるかい? なら、その目で確かめるといいさ」
自信たっぷりな表情でリシャールは言った。
ミナにしてみても、そう言われてしまってはその目で確かめるしかない。ここは、あのフードの男の戦いぶりを見させてもらうことにした。