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chapter.8 対面




 闘技大会で優勝したミナは、主催者からいくらかの賞金をもらった。それから盛り上がった会場もお開きになり、メロウシティの闘技大会は幕を閉じることになる。

 大会後、ミナは闘技場の2階にある貴賓室にやってきていた。なんと、リシャール側から直接ミナに会いたいと言ってきたらしいのだ。

 主催者の男に連れてこられ、ミナは難なくリシャールの待つ部屋へ来ることが出来た。上手くいきすぎていて怖いが、これも天の思し召しと割り切り1人貴賓室に入った。主催者の男は案内だけの役目らしい。


『ミナ。まずは相手の出方を窺うんや』

(わかってる)


 こういう時こそ慎重に。急いては事を仕損じるとも言う。ミナは心を落ち着かせ、仇である人物と対面した。

 金色の髪が印象的な、細身の男だ。四元帥リシャール・サニエ。ミナの故郷であるカラル村を焼き払った主犯の1人であり、復讐を果たすべき相手の1人である。


「よくきたね。私はリシャール・サニエ。一応四元帥の1人なんだが、名前くらいきいたことあるんじゃないかな?」


 その声を、姿を見て、ミナは毛が逆立つようだった。

 あの日、ミナの前に立ちふさがった四元帥の内の1人。年を経て若干容姿に変化はあったが、見間違うことはない。目の前の男は、ミナの憎むべき相手であった。


「……はい」


 静かな声音でミナは応えた。

 変装のためミナはマスクを着用している。くぐもった声では、恐らくリシャールはミナだとわからないだろう。


「キミの戦いぶりは私も見ていたよ。いやはや、小柄な割には大胆な戦いだった。さすがはこのケヴィオン帝国の武芸者だ」

「ありがとうございます」


 ミナはなるべく表情を出さないように努める。

 この男を見るだけで、ミナはあの時の光景を思い出してしまうのだ。血まみれで倒れる両親と、燃え盛る故郷。そして、自分を見下すあの眼。まるで道具でも見るかのようなあの瞳を、ミナは忘れていない。


「早速だが、キミをここに呼んだのはお願いがあったからだ」

「お願い、ですか」

「ああ。実は今、帝国は強き者を欲していてね。私自ら各地方に飛んで腕利きの武芸者を捜している。西部都市メロウシティにきたのも、そのためさ」

「ということは、私を?」

「うむ。その通り。キミは私のお眼鏡に適った、ということだよ」

「……」


 リシャールの言葉に、ミナは嫌な予感を感じ取った。

 帝国が腕の立つ武芸者を集めている。まるで、戦力を補強しているかのようだ。ミナを、魔剣使いとして国の兵器にしようとしていた時のように。


「もちろん、扱いは良い。キミの実力なら、騎士団の中でも百人隊の隊長くらいにはなれるだろう」


 百人隊の隊長ということは、帝国騎士団でも相当上の位になる。もちろん、リシャールの位である四元帥には遠く及ばないが、それでも一般の武芸者からしてみれば破格の条件だ。


「1つ、訊いてもいいですか」

「いいとも。なんでも聞いてくれたまえ」

「では。何故帝国は強者を捜しているのですか。既に十分な戦力はあると考えますが」

「そうだね。キミの言うとおり、帝国はこのヘルミナ大陸では最強の軍隊組織を保有している。魔導部隊も一線級だし、騎馬兵も優秀だ。だが、それだけでは足りないと陛下はお考えなのさ」


 ニヤリとリシャールの口元が歪む。

 一体、皇帝陛下は何を目論んでいるのか。


「このヘルミナ大陸より東にある、クレイオ大陸は知っているかな?」


 リシャールの言葉に、ミナは首肯で返した。

 西のヘルミナ大陸、東のクレイオ大陸。そう呼ばれているくらいに、お互い大きな大陸だ。そして、クレイオ大陸には、ケヴィオン帝国並に巨大な国家が存在する。


「西のヘルミナ大陸、東のクレイオ大陸。そして、西のケヴィオン帝国、東のメトイエル王国。これが何なのかわかるかい?」

「どちらも、それぞれの大陸で最大の国家です」

「その通り。文化、宗教の違いはあれど、この二国家間は良好な関係を築いている。数百年前から、互いの王族の中から1人選出し、婚約関係を結ばせる取り決めもあるくらいだ。交易も盛んだし、国境の壁はほぼ無いといってもいい」

「……」


 未だに大きな戦争が起こっていないのは、この二国家が友好関係にあるからといっても過言ではない。ケヴィオン帝国にメトイエル王国。これら2つの国が対立し、戦争でも起こそうものなら、世界は戦火の渦に巻き込まれるだろう。


「だが、最近メトイエル王国側であまり良くない噂が流れている。マリア君は"天族"と呼ばれる存在を知っているかい?」

「……いいえ」


 素直にミナは応えた。

 ちなみに、リシャールがミナの事をマリアと呼んだのは、偽名のせいだろう。マリアとは、ミナが闘技大会で使用した名だ。


「だろうね。いわゆる天族と呼ばれる種族は、古の大戦時に猛威を振るった強大な存在と言われている」

「古の大戦……」


 様々な種族が入り混じり、大陸全土を巻き込んだ大きな戦。それが古の大戦だ。ミナの相棒である魔神ルクシオンも、その古の大戦に参加していた。ということは、ルクシオンならばその天族というものを知っているかもしれない。そう思い、ミナは早速念を飛ばした。


(ルクシオン。天族って知ってる?)

『まあ、知ってはおるわな。というか、天族は魔族の天敵やで。古の大戦は、様々な種族が入り乱れたいうが、メインはワイら魔族と天族や。せやから古の大戦のことは天魔大戦とも言われとる』

(そうなんだ。ということは、天族もルクシオンみたいに凄い力を持った種族ってこと?)

『せやな。その認識で間違っとらんで』


 なるほど、とミナは思った。

 お互い強力な力を持った2つの種族がぶつかり合った。もしかしたら、それは必然だったのかもしれない。違う種同士でいつまでも仲良くすることは出来ない。いつかはひびが入り瓦解する。考え方から何もかも違うだろうから、当然だ。


「実は、天族は現代にも生き残っているらしい。それが最近になって発覚したのさ。これがどういう意味かわかるかい?」

「……両国家間のパワーバランスが崩れかねない、と?」

「察しが良くて助かるよ。そう、お互いの力が均衡していたから良好な関係を保つことが出来た2つの国だが、どちらかが圧倒的な力を手に入れたらどうなると思う? 当然、天秤は傾き、これまでの関係に少なからず影響を与える」

「ということは、天秤を元の状態に戻す為に、帝国は戦力を底上げしようとしている……?」

「その通り。天族という未知の力に対抗すべく、陛下はさらなる戦力を望んでいる、というわけさ」

「なるほど……。そういう、ことですか」 


 ミナの中でとりあえずの合点はいった。

 だが、皇帝陛下がやろうとしていることは矛盾している。国のバランスを考えれば、帝国が戦力を増強することも戦火の要因になりかねない。

 ミナの中でさらなる疑問点が生まれた。何故、天族とやらが生き残っていれば帝国が焦り戦力を増やす必要があるのか。そもそも天族の立ち位置から判らない。帝国に肩入れする可能性もある。しかし、リシャールの言い方では天族はメトイエル王国に肩入れするように聞こえる。一体どういうことなのだろうか。


『ケヴィオン帝国は魔族を、そしてメトイエル王国は天族を基盤に出来上がった国や。いわゆる、それぞれの種族がそれらの国の始祖っちゅうわけやな』

(なるほど……。だから、ルクシオンは帝国に眠っていたの?)

『せや。いうたらワイも魔族の生き残りやな。魂だけやけど』

(……そういうこと)


 ルクシオンの説明で、ミナの中の整理がついた。

 ケヴィオン帝国は魔族を、メトイエル王国は天族を元から保有していたということだ。そして、最近になってそれが露呈してきた。だから、両国の間で牽制しあっているのか。ミナが魔剣使いとして帝国に連れて行かれたのも、それが原因ということか。


「我々が立たされている現状は理解してくれたかな?」

「はい。ですが、そんなことを私にペラペラと喋ってもよかったんですか? 今元帥が仰った情報は極秘事項にあたるように思えます。気軽に口にしていいことではないはず」

「はは、私もバカではない。そこら辺はしっかりと手を打ってあるよ」


 そう言うのと同時に、リシャールは指を鳴らした。

 すると、どこからともなくフードを被った人物が現れ、ミナの首筋に短剣を添えた。少しでも動けば、首を斬るといわんばかりだ。


「これは……どういうことです」

「そういうことさ。察しの良いキミのことだ。なんとなく想像はついているんじゃないかな?」

「脅迫、ですか」

「ふふ、キミに拒否権はない。素直に従うなら傷つけはしない。でも、抵抗するなら……」


 口元を歪ませ、リシャールはフードを被った人物を見た。


「命はない。さあ、どうする?」


 露骨にリシャールを睨みつけ、ミナは思考した。

 逃げ場はない。かといって、リシャールの言いなりは癪である。


『どないするんや?』


 こんな時でも、ルクシオンは動じてはいなかった。

 そして、ミナはルクシオンの少ない言葉だけで何を言いたいのかを全て察した。少ない言葉でも意思疎通は出来ている。伊達に一緒に居続けてはいない。


(私に選択肢があると思う?)

『はは! ホンマや。こらリシャールに従うしかないのぅ』

(そゆこと)


 いつもの調子で念会話を終え、ミナはリシャールの目を見た。

 その瞳を見て、ミナの中にあの頃の情景が蘇ってきた。

 忘れはしない。あの出来事だけは、決して。


「私に拒否権はないみたいですね。わかりました。あなたに従います」

「ふふ、上出来だ。では、早速だが帝都に向かう。そこで正式な処遇を言い渡すから、そのつもりでいてくれ」

「わかりました」


 首筋から冷たいものが消え、ふぅとミナは息を吐くのだった。

 

 

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