chapter.7 闘技大会
快晴の空の元、西部都市メロウシティの闘技場で闘技大会は始まった。
試合はトーナメント方式で、相手をノックダウンするか降参させるかリングから落とすかで決まる、至って単純なルールだった。
ミナはターバンに加え、口元をマスクで覆い姿を隠して出場していた。名前もマリアと変え、身元は完全に隠蔽した形だ。
試合も難なく勝ち進み、次は決勝戦というところまできた。
だが、そこで問題が起きた。決勝戦の相手が、ミナの知っている人物だったのだ。
『さあさあ皆さんお待ちかね! 闘技大会決勝戦のスタートだァ!!』
ギャラリーが湧く。
リングに立つミナと対戦相手。
一瞬、ばれたのかとヒヤっとしたが、相手はよろしくお願いしますとご丁寧に一礼してきた。
『孤高の冒険者ヴィクトル・ノルディーンと、謎の少女、マリアとの対決だァ! お互い武士道精神に則って正々堂々と戦ってくれよ!!』
実況者のボルテージも上がり、いよいよ試合開始だ。
だが、相手はあのヴィクトルだった。昨夜、ミナが気にしていた男その人がこの大会に参加していて、しかも決勝まで勝ち進んでくるとは思いもしなかった。完全な誤算である。
『ミナ。わかっとる思うが変な気起こすんやないで?』
(わかってる。それに、今の私はマリアだから。ヴィクトルさんもきっと私だって気付いてないはず)
やりにくいが、だからといってわざと負けるようなマネはしない。
ミナは魔剣ではなく市販の剣を抜き、ヴィクトルと対峙した。
さすがにここで魔剣を使うわけにはいかない。相手は普通の人間だ。倒すべき敵でも、魔物でもない。
ヴィクトルも一般的な剣を抜き、構えをとった。基本的な、上段の構えだ。
「いい試合にしよう!」
「……」
ミナは首肯でヴィクトルに応え、地を蹴った。
剣と剣がぶつかり合い、金属音を響かせる。
はっきりいって、ヴィクトルは中々の腕前だった。伊達に決勝戦まで勝ち進んできたわけじゃないようだ。
「小さいのに、やるね!」
「……」
声を出すわけにはいかないので、ミナは無言でヴィクトルに応えた。
「でも、手加減はしないよ!」
ヴィクトルの猛攻が激しくなる。
だが、ヴィクトルの剣技は、ミナの足元にも及ばない。それでも、圧倒して勝ってしまっては何者かと疑われてしまうので、これまでの試合はある程度演じて戦ってきた。もちろん、この試合も例外ではない。
『もうちょい様子見て、一気に決めたれや』
(わかってる。少しずつリングの端に追いやって、突き落とす)
ミナは普通の剣戟を繰り広げているように見せかけて、じわじわとヴィクトルをリング端に追いやっていた。勢い付いてきたところ悪いが、追い込まれているのはヴィクトルの方だ。
「……っく!」
「……」
段々とヴィクトルの表情から余裕がなくなってきた。ミナは少しずつ剣戟の速度を速め、じわじわとヴィクトル追い詰める。良い試合を演じ、少しでも疑われないようにするためだ。
会場のテンションも上がってきた。ミナにとってはどうでもいいが、一方的な試合展開など誰も望んでいないことはさすがにわかる。闘技大会という鑑賞目的の催しなのだから当たり前だ。
『……なんや様子が変やな』
(そうだね。ヴィクトルさん、何かを我慢してるような、そんな感じがする)
『……ふむ。ま、せやけどこのまま終わらせようや。余計な詮索は優勝してからやで』
(うん)
ヴィクトルの様子は気になったが、ここで負けては元も子もない。ミナは集中力を上げ、一気にヴィクトルに畳みかけた。
「は、はは……っ」
「……?」
何故か追い詰められているというのに、ヴィクトルは笑っていた。何か嬉しいことでもあったのか、それとも単に追い詰められて興奮する正確なのか。今の時点では測りようがない。
「すごいね……! ここまでだなんて、すごい……! やっぱり世界は広いんだ……!」
「……っ」
負けそうだというのに嬉々とした表情のヴィクトル。
まるで、ミナのような相手を捜し求めていたかのような言いぶりだ。
ヴィクトルの戦い方は、どこか違和感があった。それが何なのかは判らないが、とにかく普通じゃないことは見てとれた。
『変なやっちゃな』
(……そうだね)
ミナはヴィクトルの剣を薙ぎ払い、吹き飛ばした。
一瞬ヴィクトルは驚いたような顔をしたが、すぐに笑みを携えた。
ミナは切っ先をヴィクトルに向ける。これ以上やるのかと、目で訴えた。
「僕の負けだ。降参だよ」
両手を上げ、ヴィクトルは審判に負けをアピールした。
『勝負ありッ!! 優勝は謎の少女マリアだァァァ!!』
実況者が声を張り上げたのと同時に、一気に会場のボルテージが上がった。
盛り上がるギャラリーに反し、ミナは冷静だ。
これからどう行動するか。ルクシオンとは幾つか話し合っているが、リシャールがどう出てくるかは判らない。どうにか人気のない所に連れだせればいいのだが、そう簡単に行くとは思えない。慎重になるべきだろう。
『さて、こっからやな』
(……うん)
とりあえず、予定通りに動くことにしたミナは、試合に使った剣を腰に差した。
「マリア、だっけ? キミ、強いんだね」
話しかけてきたのはヴィクトルだ。負けたというのに、清々しい顔をしている。だが、どこか含みのある表情だ。
「……」
ふるふるとミナは顔を振った。
自分は称賛に値されるような武人じゃない。ただの、復讐者だ。ヴィクトルのような純粋な武をミナは振るえない。堂々と己の力量を自慢などできない。だってこの力は、血塗られた悪魔のモノなのだから。
「それだけの腕の持ち主だ。きっと良い師を持ったんだろうね」
「……」
小さくミナは頷いた。
無論、良い師を持ったというのは事実だったからだ。
「あ、やっぱりそうなんだ。それだけの腕だから、そうだろうと思ってさ」
うんうん頷き、ヴィクトルはミナを注視した。
綺麗な瞳だ。ミナとは違い、闇に染まっていない純粋なものだ。
居心地が悪くなり、ミナはヴィクトルから視線をそらした。心の内を覗かれているような気がして、気持ち悪かったのだ。
「そういえばさっきから一言も声出してないけど、もしかして、喋れないとか? それだったら、ごめん。でも、これだけは伝えたかったんだ。マリア、キミの剣からは何か強い意志を感じた。でも、なんとなくそれは良くないもののように思えたんだ。だから――」
そこまで言って、ヴィクトルは逡巡した。
その後の言葉をミナに伝えるかどうか、考えているのだろう。
ヴィクトルは精一杯悩んだ末に、結局その後の言葉を言わなかった。彼なりにその方が良いと判断したのだろう。
「ごめん。偉そうなこと言ったね」
それだけ言って、ヴィクトルはリングから去って行った。
だが、ヴィクトルの言葉はミナの中に楔のようなものを打ち込んだ。まるで、自分がやろうとしていることが悪であると言われたかのように思えたのだ。
『……不思議な男やな』
(そうだね)
『せやけど気にすることないで。ミナにはミナの意思がある。何の覚悟もないやつにどうこう言われる筋合いはない』
(……うん)
そうだ。誰に何と言われようとミナの中の闇を払うことなんて出来ない。深く深く刻み込まれたこの悲しみを癒すことなんて、もうどうやっても不可能だ。だってそうだろう。失われたものは、どうあがいたって二度と返ってはこないのだから。