chapter.22 工房と人形
工房と謳った建物だったが中は住宅だった。
気になったので訊いてみると、地下がありそこが作業現場であるとエミットが説明してくれた。
「ご主人様、お客さんよ」
「おお、こんな薄汚いところによくきてくださった」
部屋に入ると、中でエミットのご主人様という男性が車椅子に乗ってミナ達を歓迎してくれた。歳は60~70くらいだろうか。眼鏡をかけ、手にはカップが握られている。
「私がこの店の主、ヘイゼン・グランシエルじゃ。もう引退した身じゃが、多少の仕事は引きうけておるよ」
「ミナ・アークスです」
「ヴィクトル・ノルディーンです。それにしても、本がたくさんあるんですね」
ヴィクトルはそう言うと、辺りを見渡した。
確かに、所狭しと本棚が置かれ、そこにはびっしりと本が敷き詰められている。まるで図書館だ。
「大半は技術書とかじゃがのぅ。最近は楽しみも減って、読み物も増えてきたところじゃ」
「小説とかですか?」
「そうじゃ。本の中でなら、誰もが主人公になれる。誰もが好きな場所へと旅立てる。この歳になっても、そういう気持ちはあるものじゃよ」
「僕も、小説とか大好きなのでわかります。小さい頃はよく読んで過ごしていました」
「それは良い幼少時代だったのじゃろうて」
「そう、ですね」
そう応えたヴィクトルは、気まずそうに視線を逸らした。
良い幼少時代、という言葉に引っかかったのかもしれない。確かヴィクトルは腹違いの忌み子だったはずだし、穏やかな幼少期は送っていないのだろう。
「ふぅ」
ヘイゼンはヴィクトルの変化に気付いた様子はないまま、カップに口をつけ、中の珈琲を飲み干すと、それを机の上に置いた。
「それで、何用かな? もうこの工房は営業していないが、多少の仕事ならば引きうけよう。御覧の通り、足が不自由なものじゃからの。いわば引退の身、というわけじゃ。まあ、どちらにせよ、話だけでも――」
「ああごめんご主人様。この人たち私に用があるんだってさ」
ヘイゼンの言葉を、エミットが遮った。
「なんか今日の戦闘見てたらしくて。私が人形だってことも知ってる」
「ふむ……。なるほどの」
そう呟くと、神妙な顔つきでヘイゼンはミナとヴィクトルを見やった。まるで、値踏みしているかのようだ。だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「エミットの事を見抜くとは、中々大層な眼をお持ちのようじゃ。だがしかし、そういうことなら、私はあまり関わるまいて」
「うん。ごめんねご主人様。というわけだから、この場だけ借りてもいい?」
「もちろんだとも。では、年寄りは退散するとしよう」
そう告げると、ヘイゼンは車椅子を操作し、奥の部屋へと消えていった。
残されたのは、ミナとヴィクトルとエミットだ。
少しの間、静寂が流れた。
ミナの目的は、帝国の動向や内情を聞き出すこと。だが、ヘイゼンの工房に来て、ミナの中で疑問が生まれていた。
『――やっぱ妙やな』
ミナの思考を察知したルクシオンが、念を飛ばしてきた。
(そうだね。帝国との関わりが想像通りかもしれない。多分、この工房は帝国に肩入れしているわけではない気がする。だからまずはどうしてエミットが帝国軍で働いているのかを聞き出す方が良いかな)
『せやな。なんやキナ臭い感じやし、気ぃつけや』
(わかってる)
ルクシオンとの念話を終え、ミナはエミットに視線を向けた。
「立ち話も何だし、ってことだったし、座りましょうか」
「そうですね」
エミットの提案に乗り、両者ソファへ。
テーブルを挟み、お互い対面する形になる。
「で、私に何をききたいの? 私のことを見破ったこともあるから、少しくらいは教えてあげる」
「では遠慮なく。早速なんですが、あなたは何故帝国に身を置いているのですか?」
単刀直入とはこのことだろう。
ミナは一切の小細工を無視した。彼女相手は、これが一番だと直感したからだ。
「……何故、ね。そもそも、それを知ってどうする気? あなたに得なことはないと思うけど。見た感じ、冒険者ってとこでしょ? あまり首を突っ込まない方がいいわよ」
そう言うエミットは真剣だ。
だからこそ、ミナはさらに踏み込むことを決めた。
「私達は帝国の暴走を止めるべく動いています。恐らく、この自動機械人形部隊の運用も戦力増強の一環なんでしょう。こうして戦力を急激に拡大させることが、何に繋がるか、エミットさんもわかるはずです」
「……それは、わかるけど」
「どうしても帝国に身を置かなければならない理由があるんじゃないですか? もしくは、脅されているか――」
「う、うるさい!」
唐突に、エミットは声を荒げた。
「私が何をしようが私の勝手でしょ! あなたには関係ないことよ!!」
「まあ、関係ないですね。ですが、先の戦闘で、あなたが乗り気ではないことは見て取れました。そんな人が、どうして帝国で部隊を率いているのか、気になったんです」
ミナは寸分たりとも物怖じせずに言葉を紡いだ。
想像通りなら、エミットは被害者ということになる。帝国のやり方は、メロウシティで自分自身が直に体験しているミナだ。意思を持つ自動機械人形。これほどの存在を、帝国が見逃すはずがない。となれば、無理やりにでも加え入れようとするだろう。
「あなたのような存在は、貴重です。だから、帝国に目をつけられた。違いますか?」
「……ッ」
エミットはミナから視線を逸らした。
それが何よりの証拠だと、ミナは確信した。
と、その時。
部屋にインターホンが鳴り響いた。
何者かがこの工房に訪れたらしい。
「こんな時に、一体誰よ……っ」
イライラしながら、エミットは立ち上がり玄関まで向かった。
その後を、ミナはこっそり後をつけた。
どうやら、帝国の人間が来たようだ。




