chapter.2 過去の記憶
――13年前。
ケヴィオン帝国南部、メイスト地方、カラル村。
「お母さん! お父さん!」
燃え盛る炎の中、ミナは声が枯れる程叫んだ。
大切な両親が、目の前で殺された。それも、信じていたはずの国からだ。ミナは頭の中がぐちゃぐちゃになり、半ば夢の中ではないかと錯覚を起こす程感覚が麻痺していた。
「この娘が例の適合者か」
「そのようですね。わざわざ私たちが出向いた割には呆気ないものでした」
「なんでもいい。早く任務を終わらせて帰るぞ」
「そうだね。陛下のご命令とはいえ、さすがに村民皆殺しは心が痛い。これ以上はもう無意味だよ」
小さな村の片隅で、ミナは横たわる両親に精一杯手を伸ばした。
だが、その手が届くことはない。何故なら、ミナの目の前には4人の化け物が立っているからだ。
「どうして……ッ! どうしてお父さんを! お母さんを!!」
ミナは血まみれの身体を引きずり、帝国最強の4人に立ち向かった。
兵を引き連れ突如現れたこの4人は、ケヴィオン帝国の四元帥と呼ばれ、それぞれ武の達人だ。そんな者たちが全員集まって、この小さな村を襲撃した。にわかには信じがたい事実だ。
「魔の血を引く者よ。貴様は選ばれたのだ。これから我が祖国が歩むための、ひと振りの剣として」
身体の大きな男が前に出て、地に這いつくばるミナを見下ろした。
この男が何を言っているのか、判らない、理解できない。
ただわかっていることは、目の前の連中がミナの大事な両親を殺し、村を焼き払ったという事実だけだ。彼らが何者であろうと、ミナにとっては許されざる存在である。
「あ……あ……ッ」
ミナの中を、ドス黒い感情が埋め尽くしていく。
ゆらゆらと炎のように広がり、次第にそれはミナの感情を飲みこんでいた。
「貴様は帝国の道具として、兵器として選ばれたのだ。誇りに思っていいぞ。こんな小さな村で一生を終えるより、遥かに名誉なことなんだからな」
「……けるな」
「む?」
「ふざ……けるな……ッ!!」
ミナが咆哮するのと同時に、辺り一面に魔力の波が広がった。
自分でもよく判らない不思議な力を、ミナは生まれながら持っていた。普通の魔力とは違う特異な力。それが何なのかこれまで深く考えたことはなかったが、ここにきてようやくその一端を垣間見れたような気がした。
ミナから迸る魔力は目視できる程濃くなり、敵である四元帥を取り囲んだ。そして、彼らを食いつくさんが如くミナの魔力は暴走を始めた。
「あああああああぁぁぁぁッ!!」
闇雲に、がむしゃらに。ミナは感情を解き放つ。
憎い。憎い。憎い。
目の前の連中が、両親を殺した連中が、村を滅ぼした目の前の4人が憎くくてたまらない。殺してでも足りない憎しみが、ミナを支配した。
「マルスラン!! この力は……!」
「これが陛下の言っていた力か……! 怒りで枷が外れるとは……! しかし、なんと濃く重厚な魔力なんだ!」
「リシャール! どうにかできませんか!」
「無理だ! 防ぐので精一杯だ!」
「四元帥が出向くほどの相手……。なるほど、こういうことだったか……ッ」
「マルスラン! どうする気だ!?」
「俺が活路を開く! その隙にお前たちは全力で魔術を叩き込め! それでこの小娘を黙らせる!!」
ミナの目の前で、4人の男女が何かを話し合っている。
だが、ミナの耳に、彼らの声は入っていなかった。
頭の中にある、憎しみの感情だけがミナを動かしていた。
「選ばれし者の力、見せてもらうぞ……!」
マルスランと呼ばれた男の手から、激しい魔力が吹き荒れた。
ミナの魔力と四元帥マルセルの魔力がぶつかり合う。
――それから数時間。
暴走したミナと、ケヴィオン帝国最強の4人との死闘が繰り広げられた。
村はその影響で吹き飛び、後に残ったのはミナと四元帥が戦った、壮絶な跡地だけであった。
こうして、ミナは幼いながらに四元帥の手に落ちた。
帝都にある研究機関に連れて行かれ、魔剣の適合者としての最低最悪な日々が始まったのである。