chapter.18 迷い
駅のある街で一泊を何度か繰り返し、ミナ達はようやく中部都市ガローンドへとたどり着いた。といっても、目的地は帝都スオネタルであるため、このガローンドも通過点に過ぎない。
中部都市ガローンドは人口も五千万人程と、かなりの大規模である。機工細工が盛んな都市で、帝国軍の駐屯地もあり、敵との接触に気をつけなければならない。四元帥の1人でもいれば話は別だが、それはほぼありえないとミナは踏んでいた。
「それじゃあ、恒例の宿探しから始めようか」
「そうですね」
もう何度目かの宿探し。
特にこだわりはないので、今までは駅から近い場所にしていた。街の規模は大きくとも、ここが目的地ではないことには変わりない。
駅のホームから離れ、ガローンドの街中を歩く。
さすがに帝国の中心地なだけはあり、そこらかしこに帝国兵がいる。リシャールの件があるからからかもしれないが、厳重な警戒態勢だ。
「やたらと兵士が多いね。何かあったのかな」
「かもしれませんね。どうしますか?」
「帝国の同行は気になるところだからね。情報収集だけはしておいた方がいいかも」
「ですね」
ヴィクトルの意見に異存はない。
敵である帝国の同行は、ある程度把握しておきたい。情報はある意味兵器などよりも役に立つ。持っておいて損はないということだ。
そんなわけで、聞き込みを開始することにした。
とりあえず宿を決めた後、二手に分かれることになった。大体日が暮れるくらいまでが制限時間にし、ミナはヴィクトルから離れ情報収集に向かう。
こんな時、ミナはやりやすい。見た目が子供であるが故に、相手が警戒していないのだ。先の闘技場での一件も、ミナが幼い容姿をしているがために上手く情報を聞き出せた。無論、あの時のような気色の悪い演技を、今回もするつもりはないのだが。
適当な兵や商人、そこらの住人に声をかけて回り、帝国の情報を聞き出していく。そんな中でやはり話題になっていたのがリシャールの死であった。さらに、次期四元帥候補である人物の話も聞き出すことが出来た。その他色々聞き出せたし、戦果としては上々である。
ヴィクトルとの約束通り日が暮れた頃にミナは宿に戻ってきた。部屋に入ると、まだヴィクトルは戻ってきていなかった。まだ情報収集をしているのだろう。ならば、先に休ませてもらおう。
『新たな四元帥か。まあ、それは復讐とは関係ないんやろな』
(そうだね。そうだといいんだけど)
実行犯の4人を殺すのが現状の目的だ。
新たな四元帥ならば、あの時の出来事に関与していない。ならば、ミナが手を下す必要はない。
2階の宿の部屋から外を眺めると、そこら中から蒸気が上がっていた。さすがは機工細工が盛んな土地だ。列車のメイン部分もこの都市で造っているとのことらしいし、職人の街なだけはある。
聞いた話では、この街では自動機械人形と呼ばれるカラクリが存在するらしい。精巧な人形ということらしいが、実際に見たことはない。最近では帝国の兵士として採用されているという噂も耳にする。調べておいて損はないだろうが、果たしてどうしたものか。
「――先に戻ってきてたんだね」
視線を扉に向けると、丁度ヴィクトルが戻ってきた所だった。
「はい。それで、どうでしたか?」
「うん。まあ色々と情報は得られたよ。多分、ミナも同じ事を耳にしているとは思うけどね」
言いつつ、ヴィクトルは上着をかけ、ベッドの上に腰掛けた。
ミナは握っていたルクシオンを無造作に自身の寝台に放り投げ、ヴィクトルの方に視線を向けた。
「では、情報交換ということで」
「だね。了解」
それから、短い時間ではあるが情報交換をした。
ある程度予想できたことだが、2人が持ち帰った情報はほぼ合致していた。が、ヴィクトルが仕入れた情報に、ミナが知らない物が1つだけ紛れていた。
「明日の午後、帝国軍の駐屯地にある演習場で自動機械人形による訓練が行われる――ですか」
「ああ。それも大規模なものらしい。かなり大物の技師も見物に来るってことで、警備は厳重になるらしいよ」
「それはそうでしょうね。ですが、まさかもうそこまで実用化が進んでいたとは思いませんでした。試験レベルではなく演習となると、既に兵士としての自動機械人形は完成しているといっても過言ではなさそうですね」
「そう思って間違いないみたいだね。それにしても帝国は余程戦力を増強したいと見える……。このままだと、2国家間の均衡が崩れかねない。やっぱり、皇帝はメトイエル侵略を考えているんだろうか」
ヴィクトルの表情に陰りが差した。
それもそうだろう。ヴィクトルはメトイエル王国の王族。しかも王位継承権を一応持っている人間だ。自身の国に被害が及ぶとなると、不安にもなる。
「ヴィクトルは、止めたいんですか?」
「え?」
「帝国を。……いえ、ケヴィオン帝国現皇帝、コルネリウス・ジーク・ケヴィオンを」
ミナがその名を口にすると、ヴィクトルは眉根を寄せた。
少なくとも、何とも思っていない、というわけではなさそうだ。むしろ、コルネリウスに対する想いが表情に現れているといってもいい。
「彼を止めたい、というよりかは戦争を回避したい想いの方が強い、かな。このままいけば、過剰な戦力増強がメトイエルを動かすかもしれない。それ以前に、帝国側から仕掛けてくる可能性だってある。そうなれば、二大陸で大規模な戦争が起こる。古の大戦の時のように」
そう言うヴィクトルの顔から、どこか確信めいたものを感じた。このまま何もしなければ、巨大国家同士の戦争が始まる。そう決めつけているかのようだ。
そんなヴィクトルに、ミナは違和感を感じた。
どうしてこうも先を見通せているのか。ミナは何か大きな思い違いをしているような気がしていた。
「ミナは、どう思っているんだい?」
唐突な質問にミナは一瞬面喰ったが、すぐさま表情を引き締めた。
ミナがヴィクトルと共に歩む理由。
当然ながら、その内情を詳しく説明したことはない。
だが、これまでの流れで、ミナの考えていることを何となくヴィクトルは察している。というか、そう思わせるように振る舞ってきた。ミナも、ヴィクトルと同じく、帝国の陰謀を止めるために動いているのだと。そう"勘違い"してくれている。
「私も同じです。このまま帝国を放っておけば、あまり良いことは起きない。そう思っています。なので、それを阻止したい。恐らくですが、大本の意思はヴィクトルさんと同じかと」
「うん。そうなんじゃないかと思ってたよ。でも、安心した。ミナが僕と同じ考えでさ。ちょっとだけ不安だったんだ」
「……」
苦笑いするヴィクトルに、ミナは罪悪感を感じた。
復讐という、負の意思を糧にした行為のために利用しているのだ。ミナの憎悪をぶつけるためのわがままな行動に、ヴィクトルを使っているのだ。それも、何も関係ない、善良な青年を。だけど、それでも良いと、ミナ自身が決めたことでもある。何を今更、と言われても仕方のないことなのに、ミナは少しなりとも苦悩してしまった。
『――ワイらの道は、修羅の道や。綺麗事ばかり気にしていてもつまらん。これから先、こんなこと何度もある。わりきるしかないんや』
(……わかってる)
察しが良すぎる相棒に、ミナは小さく応えた。
ミナの胸の内は変わらない。憎しみに焼かれたこの心は、そう易々とは治まらない。思い出すだけで発狂しそうになるのだ。だが、それでも。ヴィクトルの善意は、ミナを多少なりとも惑わせるのだった。