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chapter.14 不思議な少女




 リシャール殺害後、ミナは帝国の馬車を拝借し眠るヴィクトルを連れてトロン村を後にした。

 街道を進み、無事に次の村へとたどり着くことが出来たところまではよかったのだが、その村には医者がいないとのことだった。これではヴィクトルの治療が出来ないと思ったミナは、とりあえず空いた母屋を借り、そこのベッドにヴィクトルを寝かせることにしたのだった。

 ――そして現在。

 母屋を借りてから1日が過ぎた。

 未だにヴィクトルは眠り続けている。特殊な魔法と、リシャールの攻撃によるダメージのせいでかなりの負荷を抱えてしまったようだ。


『んで、どうすんねん。治癒魔法は専門外やで』

(わかってるよ。簡単な止血くらいなら出来るけど、さすがに体内の傷となると高度な治癒魔法が必要だから私じゃ無理)

『しっかしこのまま何もせんわけにもいかんしなぁ。医者がいれば話はちごたんやろけどな』

(いないものは仕方ない。隣村まで行けば医者もいるのかもだけど、確証はないし)

『せやなぁ。んでもこのまま待ちぼうけもあほくさいのぅ』


 幸い、ミナは御者のマネごとが出来る。馬車で移動することは可能だ。

 だが、そうなるとヴィクトルを見張る人間がいなくなってしまう。その懸念があったから、ミナはこの小さな村を離れられないでいた。


(でも、仮にトロンの村まで戻ったとして、医者はいるのかな)

『そんなん行ってみらんとわからへん。けどな、ここにおっても何の解決にもならんことはわかるで』

(そうだけど……)

『もういっそのことヴィクトルを馬車にぶちこんで運ぶとええ。確かに弱っとるが、それくらいじゃ死なんやろ』

(万が一もあるから。正直、ヴィクトルさんの呼吸は弱々しいよ。それも、日に日に衰弱してる)

『んんー、そらアカンなぁ。馬車に乗せての旅はやっぱきついか。むぅ、どないしたもんか』


 ルクシオンと共に悩み、ミナは苦悩する。

 メトイエル王家の第三皇子であり、天剣使いでもあるヴィクトルは、言わずもがな利用できる。その立場を利用すれば、帝国の内部に侵入することも現実的になるだろう――というのは建前で、ミナの本心でいうと単純にヴィクトルを放っておけなかったのだ。理由は判らないが、ミナは自分の直感を信じてヴィクトルを看病している。


『しっかし、ワイの予想はあたっとったみたいやな』

(どういう意味?)

『さーてな』


 はぐらかし、ルクシオンは黙った。

 ミナも深く考えずに、再びヴィクトルの寝顔を見る。

 辛そうだ。汗も出ているし、やはり痛みがヴィクトルを苦しめているのだろう。

 ミナに出来ることといったら、身体を拭くことや水分を与えることくらいだ。当然だが、根本的な治療は出来ない。前世の暮らしのおかげで料理や洗濯などの家事スキルは一通りこなせるが、医療分野はさっぱりだ。


「――あらら、だいぶ蝕んでるわねぇ」


 唐突に、背後から艶美な声が聞こえてきた。

 隙を突かれたと思ったミナは、瞬時に構えをとる。だが、振り向いた先にいたのは、殺気の欠片もない少女だった。黒と白を基調としたゴスロリ服を纏っていて、まだ子供のようだ。長い黒髪はサラサラと靡き、その瞳はまるで何もかもを見据えているかのような奥深さがある。総じて、彼女は不思議な人物であるとミナは結論付けた。


「……誰です」

「ふふ、そうね、放浪の神官、といったところかしら」

「神官……? 何故、神の使いである神官がこのような村に?」

「ちょっと野暮用でね。この村に立ち寄ってみたら寝込んでいるお方がいるということでお邪魔させてもらったのよ。困っている者の助けになるというのが、神の教えだから」

「……」


 悠然と述べるが気になる点はそこではない。

 ミナとルクシオンに気付かれずにこの部屋に侵入してきた技量。それに加え、滲み出る威圧感。恐らく、彼女はただ者ではないだろう。四元帥クラスか、はたまたもっと上の化け物か。どちらにせよ相手にするのは得策じゃなさそうだ。


「そう警戒しないでほしいわ。まずはこの出会いに感謝しましょうよ。おお、神よー」

「う、嘘くさい……」


 少女の両手を合わせ天に拝む様子は、まるで誠意を感じられなかった。適当、という言葉がしっくりくる程だ。これで神官を名乗っているのだから、なおさらたちがわるい。


「ま、それはいいとして。その子、そのままにしておくと死ぬわよ?」


 神官少女の言葉に、ミナはピクリとまゆを動かした。


「どういうことです?」

「どうもこうもないわ。何か知らないけれど、彼の中に入ってはいけないモノが入ってる。それをどうにかしない限り、どうしようもないわね」

「……どうすれば治せるんですか。知っているのなら、教えてください」

「そうねぇ。知ってるも何も……」


 言いつつ、神官少女はヴィクトルの寝台に近づき、そして彼の額に触れた。


「な、何を――」

「いいから。黙ってみてなさい」


 額から人差し指をヴィクトルの身体に這わせ、徐々に下半身へと持っていく。神官少女のどことなくいやらしい手つきに、ミナは何とも言えぬ苛立ちを感じた。


「私が全て抜いてあげるわ。さあ、吐き出しなさい。あなたを苦しめる異物を」


 這っていた神官少女の手が、ヴィクトルの胸の位置で止まる。

 そして、次の瞬間。ヴィクトルの胸から、見たこともない気が吐き出された。それを神官少女は手の平で受け止め、握りつぶした。


「ふぅ。異物は取り除いたわ。これでこの子も治るでしょう」


 涼しい顔をして、神官少女は踵を翻した。

 処置が終わり、どことなくヴィクトルの顔色が良くなったように見える。どうやら、この少女の言うことは本当のようだ。


「あなたは、何者ですか」

「ふふ。私は放浪の神官。さっきも言ったでしょう?」

「……なるほど、これ以上きいても無駄みたいですね」


 吐息1つ、ミナは諦めた。

 この手のタイプは、これ以上追及しても延々とかわされる類だ。なら、早々に諦めた方が利口だ。


「……う」


 ヴィクトルが小さく声を上げた。

 ミナはその様子を見て一安心した。呼吸も正常に戻っている。専門家ではないが、もう大丈夫だと感じた。


「そろそろその子も目を覚ますようだし、私はお暇するわ」

「あ、ちょっと……!」


 呼び止めたが、神官少女は音もなく消え去ってしまった。

 急いで外を見てみるが、誰もいない。聞こえてくるのは小鳥の囀りだけだった。


「なんなの、いったい……」


 1人呟き、ミナは母屋に戻るのだった。


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