chapter.13.5 揺らぐ者
――1週間後。
――ケヴィオン帝国領、帝都スオネタル。皇居敷地内。
ケヴィオン帝国四元帥の1人であるマルスラン・ジークは、ある懐疑心を宿していた。これから行われる緊急四元帥会議に出席する予定なのだが、その疑惑を打ち消すことができないままだ。
歳も30を超え、これからが佳境という時期。だというのに、信じるべき君主の裏に見え隠れする何かが、マルスランの胸を揺するのだ。若いころならば、盲目的に忠誠も誓うことができただろうが、様々な経験と時を経て、マルスランも大人になった。ただ真っ直ぐに信じようことなど出来るはずがない。
「マルスラン様! お疲れ様です!」
皇居の護衛をしていた衛兵が、マルスランに声をかけてきた。
「そちらもご苦労。異常はないか?」
「はっ! 皇居周辺に異常はありません!」
「ならばいい。引き続き警戒を続けてくれ」
「はっ!」
衛兵を敬礼し、持ち場に戻った。
マルスランも皇居内を足早に歩き、今日行われる会議の会場へと急いだ。
元々、四元帥会議は定例だった。だが、今回四元帥の1人であるリシャール・サニエが殺害されたことにより、緊急に場が設けられることになったのだ。その報せのせいで、マルスランも帝都にとんぼ返りした1人である。
問題は、誰がリシャールを殺したかだ。帝国における武の頂点の称号を冠した四元帥の1人である彼を殺害できる者など、そうそういやしない。実行できるとするならば、同じ四元帥の者か、またはそれらを凌駕する実力の持ち主になる。どちらにせよ、マルスランの心境は穏やかではなかった。
「――あなたで最後ですよ、マルスラン」
会場に着くと、既に2人の四元帥とその他の重鎮達が集まっていた。
マルスランに声をかけたのは、四元帥一の魔術使い、グレース・ロアだ。四元帥唯一の女性である。
「グレースか。前回の定例会議以来だな」
「そうですね。それにしても、リシャールが殺されたことには驚きました。そのせいで、今回は色々と波乱がありそうな雰囲気です。早急に次の四元帥も選出しなければなりませんし、そうなれば荒れるのは確実でしょう」
「だろうな」
短く応え、マルスランは会議の席についた。
もはや、誰が敵かもわからない。グレースはマルスランより以前から四元帥の席に居座っているが、昔から容姿に変化がない。常に20代後半くらいの外見をしている。いよいよ、怪しさが増してきたところだ。
「そう構えるなよ。リシャールが死んだのは惜しかったが、それで仲間まで疑ってちゃ雁字搦めになっちまうぜ?」
無精ひげを蓄えた初老の男がしゃがれた声でマルスランに声をかけた。
彼の名はアヴァン・ルース。マルスランやグレースと同じく四元帥の1人だ。歳の割には筋肉質な体つきをしており、まだまだ現役であり続けそうな勢いだ。
「アヴァン、俺だって疑いたいわけじゃない。だが、リシャールを葬れる人間などこの世にそうそういないのも事実。同じ四元帥に目が行ってしまうのは道理だろう」
「おいおいマルスランよ。それこそ視野が狭いな。世界は広い。国もケヴィオン帝国だけじゃないんだぜ? メトイエル王国にも、腕利きの竜騎士がいるって話だ。つまり何が言いたいかっていうと、リシャールの野郎を手にかける事の出来る実力者は、何も四元帥だけじゃないってこった」
「……わかっている」
難しい顔をして、マルスランはアヴァンに応えた。
マルスラン自身、今アヴァンが言ったことは理解している。が、間近にそんな人間がいないせいか、真っ先に四元帥の顔が思い浮かんでしまうのだ。
それに加え、ある疑いのせいで、その疑惑は加速している。おかげで、四元帥がシロであるという確証がマルスランはもてないでいた。
「ま、そう気負うなや。起きちまったことは受け止めて、乗り越えるしかない。お前さんもそれはわかっているんだろ?」
アヴァンの言葉に、マルスランは小さく首肯した。
当然、現実は受け止めなければならない。四元帥が何者かに殺害されたこと。そして、その何者かが四元帥を凌駕する武の持ち主であること。この純然たる事実から目を背けていいわけがない。
「さ、会議の時間だ。とにかく今はこれからのことに集中しようや」
「……そうだな」
マルスランは消えない疑惑の念に苛まれつつ、四元帥会議へと臨むのだった。