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chapter.13 魔剣と復讐



 死闘が始まってから数分が経過した。

 天剣もさることながら、リシャールはやはり強かった。

 繰り出される一級品の魔術と鬼神の如し剣の猛攻は、四元帥の名に恥じぬものだった。このままでは、間違いなくヴィクトルが負けるだろうという勢いだ。今のところ天剣とやらがあったとしても、ヴィクトルに勝ち目はなさそうだった。


『あの天剣、まだ本来の力を出し切れとらんな。あれじゃ宝の持ち腐れやで』

(どれくらいのものか、知ってるの?)

『まあな。ゆうても、ミナみたいに元から特異な力を持っているわけでもないやろしな。あれが限界か』


 ルクシオンの声は冷たい。彼からしてみれば、ヴィクトルのことなどどうでもいいのだろう。

 ミナにとっても、ヴィクトルはただの知人程度のはずだ。だが、あの闘技大会の決勝戦で言われた言葉は、まだ頭の中に消えずに残っている。


「天剣の力、その程度か!」

「まだ、だ……!」


 四方八方から迫りくる魔術に、ヴィクトルは翻弄されている。

 敵はリシャールだけではない。あのフードの男も、悪魔の腕を用いて攻撃を仕掛けている。状況は最悪だ。


『このままやと、殺されるか捕えられるで』

(見たらわかる)

『しっかしあの男、天剣のオーラを使いこなせとらんなぁ。衣も半端やし、ありゃ無理して天剣つことるんかもなぁ』

(……私とは違う、ってこと?)

『そらそうや。ミナは次元が違う。ミナの適合率が100だとしたらヴィクトルは30もあらへん。比べるのがおこがましいレベルや』


 確かに、魔剣ルクシオンとは全然違う。圧倒感が段違いだ。

 それでも、四元帥であるリシャールと戦えているのは素直に凄いと思った。普通の武芸者なら、そもそも試合にならない。一瞬でケリがついていてもおかしくはないのだ。


『このままヴィクトルが負けたら天剣も帝国の手に落ちてまうな』

(それは……)

『これ以上帝国が力をつけるのは、おもろくないのぅ』


 まるで、ミナにそう言わせたいかのように、ルクシオンは言った。そのことを、ミナも理解している。ルクシオンはいつもは適当だが、ここぞという時はミナの気持ちをよく汲んだ発言をしてくれるのだ。


(そう、だね。帝国がこれ以上武力を有するのはよくない。それに、あの人は死んじゃダメな人なんだ、きっと)


 ヴィクトルはこんなトコで死んでいい人間じゃない。天剣使いだからとかそんな理由じゃなく、もっと直感的にミナは思った。もしくは、死んで欲しくないと心のどこかで思ってしまっているのかもしれない。


『ええんやな?』

(うん。それに、後悔はしたくないから)

『そか。ま、ミナが決めたことならワイは反対せえへんで。好きにしぃや』


 何事もなかったかのように言うルクシオンに、ミナは心の中で苦笑いした。


(……誘導したくせに)

『んー? なんや?』

(なにも)


 ルクシオンの言いぶりに肩をすくめながらも、ミナは決心した。

 ヴィクトルは殺させない。帝国の手に天剣も渡さない。

 敵の懐に入り込めるチャンスだったが、時間はいくらでもある。ミナには次があるのだ。だが、ヴィクトルがここで帝国の手に落ちたら、次はない。


「地よ、湧きあがれ!!」


 リシャールによる地脈属性の魔術で、ヴィクトルのいた地面が不安定に崩れた。岩が剥き出しになり、ヴィクトルはその衝撃でバランスを崩す。


「煌めけ白刃!」


 ここぞとばかりに突撃してきたフードの男を、ヴィクトルはギリギリのところで迎撃した。だが、リシャールの魔術がさらに襲いかかる。


「二段構え……!?」

「遅い!」


 リシャールの光速の刺突が、ヴィクトルを貫いた。

 一瞬、腹部を刺されたように見えたが、どうやらみねうちのようだ。リシャールもここでヴィクトルを安易に殺すことはしないらしい。


「く、そ……」

「ふふ、よく粘った方だ。四元帥相手にここまで戦えたのだ。誇るがいい」


 ヴィクトルの身体が、地に倒れた。

 その衝撃で、今までヴィクトルの素顔を隠していた帝国騎士の兜が地に転がった。それはゆっくりと転がり、やがてリシャールの足元で止まった。


「む……。貴様は、闘技大会の決勝戦で戦っていた男か」

「……ゴホッ、ゴホッ」

「無理はしない方がいい。衝撃であばらが数本折れている。もう戦えまい。――ん? その首飾りは……」


 険しい表情になり、リシャールはヴィクトルの首飾りを強引に引き千切った。

 首飾りをひとしきり眺め、リシャールは唐突に笑い始めた。


「ふ、ふはははははは!! そういうことか! 全て陛下のお言葉通りだったということだな! この首飾り、貴様、メトイエルの王族か!」


 リシャールの言葉に、ミナは肩を震わせた。

 ヴィクトルはメトイエルの王族だから、天剣を持っていたのだろうか。それよりも、メトイエル王国の王族が、何故こんなところにいるのか。判らないことだらけだ。


「だが変だな。王族の証を持っている貴様の名を、私は知らない。偽名か」

「……」

「だんまりか。まあいい。メトイエルの王族が、帝国に牙を剥いた事実。さぞ陛下もお喜びになることだろう。それに、貴様の身柄は帝国の武器となる。思わぬ拾いものだな」

「それは、どうかな……」

「なに?」

「僕は所詮第三皇子だ。それに、聞いたことくらいあるだろう。メトイエルの忌み子のことを」

「確かにきいたことがあるな。王妃ではなく王の侍女の腹から産まれた、子供。一応王族の血が入っているから、王位継承権はあるときいていたが……。まさか、貴様が例の忌み子だったとはな」

「僕に政治的価値はほぼない。国には僕が死のうが悲しむ者などいない!」


 胴を手で押さえたまま、ヴィクトルは叫んだ。

 天剣は白銀の刃を失い、元の短剣状に戻っている。

 これ以上の戦闘は臨めない。勝負ありだ。


「だとしても、貴様は価値がある。大人しく眠っていろ」

「う……っ」


 リシャールの魔術で、ヴィクトルは気絶させられた。

 静寂が、辺りを支配する。

 村人がやってくる様子も気配もない。

 行動を起こすなら、今か。


(……やるよ、ルクシオン)

『おう』


 ミナは麻布を放り投げ、魔剣を構えた。

 魂が同調シンクロする。ヴィクトルは背中から翼が生えたが、ミナの場合は瞳に変化が表れる。禍々しい妖気が、ミナの瞳に集っていく。やがてそれは1つの塊になり、別の意思を持つ生き物のように蠢く。


『容赦せん、ってか』

(当然)


 魔剣を一振り、ミナは魔力を爆発させる。


「な、何だ……! この殺気は……!」


 ミナの右目は紅色になり、魔神の魔力がその瞳から濃い粒子として溢れ出た。相手は四元帥だ。それに、両親と村の仇だ。手加減などできようはずがない。


「この感じ……、貴様は……!!」


 叫び、リシャールは一歩後退した。


「思い出しましたか。私はミナ・アークス。あなた方に全てを壊された者です」

「ミナ・アークス……呪われた子……魔剣使い、だと……! 何故だ! 貴様は確かに葬ったはず! 何故生きている……!」


 リシャールの表情が引き攣っていく。

 それもそうだろう。ミナは、彼らの手によって一度殺された。そうして、地獄の果てから舞い戻ってきたのだから。


「素顔を隠していたのは、そういうわけか……! クソ! 行け!!」


 リシャールの指示で、フードの男がミナ目がけて突進してきた。

 だが、今の状態のミナにとっては遅い。致命的に遅すぎる。


「……解放してあげる」


 ミナは魔剣を一振りし、フードの男を両断した。


「さようなら」


 胴から真っ二つになったフードの男を見て、リシャールは驚愕に顔を歪めた。

 追い詰められた者の顔だ。先ほどまでは逆の立場であったのに、一瞬にして反転してしまった。穏やかな心境ではないだろう。


「やはり、化け物か!」

「私を化け物にしたのはあなた達のはずです。お忘れですか」

「忘れるものか! だが、何故今になって現れた!」

「私にも時間が必要でした。あなた方に受けた傷は深く、そう簡単に癒せるものではありませんでしたから」

「く……ッ! やはり、我々を消しに……ッ」

「怖いですか? 10年前までは、私のことを道具のように扱っていたというのに」


 一歩ずつ、ミナはリシャールに近づく。

 徐々にミナの纏う魔神の気が濃く鋭くなっていく。 

 もう、逃がさない。リシャールには、それ相応の報いを受けてもらわなければミナの気が済まない。


「ちぃ……! たかが魔剣使いが、四元帥である私に敵うはずが……」


 直後、ミナの魔剣の一振りで意気込んだリシャールの剣が吹き飛んだ。

 距離にして約5mは離れていた。だが、リシャールの剣は確かに物理的に吹き飛んだ。


「な……っ」

「無駄です。私はあなたより強い」

「言わせておけば!!」


 今度はリシャールの手から魔術が迸った。

 電光属性の魔術だ。鋭い槍状になった雷撃がミナを襲う。


「……遊んでいるんですか」

「な、何故……ッ、何故きかない!?」


 自身の魔術が弾かれてしまい、リシャールは目に見えてうろたえた。

 肩を震わせながら、リシャールはゆっくりと後退する。それに合わせて、ミナも前進した。


「私は忘れていません。リシャール、あなたは両親と村を壊した。そして、私の身体に消えない傷跡を残した。たくさんの消えない痛みを残してくれましたね。――確認してみますか? 私の身体には、まだその傷がたくさん残っています」

「き、貴様の身体に傷をつけたのは私だけではないだろう!! 何故私だけが報いを受けねばならんのだ!」

「何を言っているんです。当然あなただけではありません。全員、殺します」

「貴様……! よもや、帝国全てを敵に回す気か……!?」


 リシャールの問いに、ミナは小さな微笑みを携え、ゆっくりと口にする。

 

「殺しますよ。皇帝陛下だろうが神様だろうが」


 気付いた時には、ミナはリシャールの腹部を魔剣で刺し貫いていた。反りのある独特な刃が、刺されたリシャールの背中から空に向けて生えている。心臓を貫かなかったのは、瀕死の状態で何を口にするかを聞きたかったからだ。


「ゴフッ! ガハ! ゲホ……!」


 リシャールは盛大に吐血した。

 間近にいたミナに、リシャールの血が飛散する。


「痛いですか? 痛いですよね?」

「う……あ……っ」

「私の両親も、こうやって殺されたんです。あなたがたに」

「た、助けて、くれ……」

「そう言った私の父と母を、あなたは助けましたか?」

「あ、あぁ……」

「助けを請うた者を、あなた方はあざ笑うかのように殺しました。だから、私が再現してあげたんです。私の父と母が受けた苦しみと絶望を、味わっていただくために」

「わ、わるかった……! ゴホッ! あ、あの時は陛下の命令で仕方なく……っ」

「……」


 必死に命乞いするリシャールを、ミナは氷のように冷たい視線で見下ろした。

 元々、ミナに助ける気などない。そんな気があるならそもそも手にかけない。

 

「そうは思えませんでした。あなたは、嬉々として村を破壊していた。忘れません。命令されたからという理由で、あそこまで出来るはずがない」

「し、仕方がなかった! 従わなければ、私が殺されていた!」

「……そうですか。自分も被害者だと言いたいんですね?」

「お、おお……。わかってくれるか。そうなのだ。陛下の指示をきかなければ、我々に命はなかった。だから、仕方なくやったのだ。そこに私の意思はない。信じてくれ」


 リシャールの顔は、痛さに顔を歪めながらも真剣そのものだった。

 そして、ミナは考える。もし、本当にリシャールの言うことが全て真実で、皇帝に命を握られていたというのなら、彼もまた被害者ということになる。客観的にみたら、被害者であるリシャールを裁こうとしているミナはただの極悪人だ。


『どないすんねん』

(どうするもこうするもないよ)

『ま、そうやろなぁ』


 ミナはルクシオンとの短い念話を終え、リシャールの瞳を見た。

 緑色の綺麗な瞳は、涙で濡れている。すぐにでも治療しなければ、出血多量で死んでしまうくらいに傷口は深い。つまり、リシャールの命は実質ミナが握っているのだ。


「わかりました。あなたがそこまで言うのなら、真実を探るまでは生かしましょう」

「ほ、ほんとうか! ありがとう、ありがとう……!」


 ミナはゆっくりと、慎重に魔剣を抜く。そしてすぐに軽い治癒魔法をかけ、患部を止血した。


「包帯は馬車にありますか?」

「ああ。一応備えがある」

「わかりました。魔法で止血はしましたが、簡易的なものです。ちゃんと外部からも処置しておかなければ悪化しますから、布と包帯を持ってきます」

「す、すまない……。本来なら報復を受けても文句は言えない身。キミの心遣いに感謝する」

「私は真実が知りたいだけです。あなたを助けたいわけではありません」


 きっぱりと言い張り、ミナは馬車のある場所へ戻ろうとリシャールから背を向けた。

 その時――。


「バカが! 敵に背を向ける阿呆がいるか!! まんまと引っ掛かりやがって!!」


 魔術で練り上げた槍を操り、豹変したリシャールがミナの背後から襲いかかろうとした。

 が、その攻撃はミナに届くことはなかった。


「……知っていましたよ。あなたがそういう人だということは」


 ミナが起爆装置のスイッチを押すかのような感覚で魔力を操作すると、リシャールの身体が四散した。鮮血と共に無数の肉片が飛び散り、ミナに多量の返り血を浴びせる。

 ミナは初めからリシャールのことなどこれっぽっちも信用していなかった。死に間際にそんな嘘をついたところで、ミナの憎しみがそう簡単に消え去るはずがない。だから、"こういう仕掛け"を仕込んでおいたのだ。

 

『最初からこうなるわかっとったんやな』

(……当たり前)


 容赦なく、ミナはリシャールを殺した。当然だ。初めからそのつもりだったのだから。


(まずは1人目……)


 魔剣について血を払い落し、ミナは魔神化を解いた。

 剣を鞘に戻し、リシャールの亡骸をどうすることもせずミナは眠らされたヴィクトルの元へと近づいた。


『んで、どないするんや?』

(……メトイエルの王族という身分は帝国に近づくために利用できる。それに、天剣のことも気になるし……)

『ま、放っとくわけにもいかんか』

(……うん)


 血まみれの手で、ミナはヴィクトルの頬に触れた。 

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