chapter.12 天剣と四元帥
トロン村の裏手で、騎士の格好をしたヴィクトルと、正体不明のフードの男が睨みあう。辺りに村人はおらず、静けさだけが漂っていた。
リシャールの背後で、ミナは2人の動きを見守っていた。まさか、こんな場所でヴィクトルと出会うとは思いもしていなかったので、面喰った形だ。
「キミには悪いけど、眠っててもらうよ!」
騎士用の儀礼剣を抜き、ヴィクトルはフードの男に突撃した。
フードの男も負けじと手を変化させる。先のデスハウンド戦で見せた、あの禍々しくも人を惹きつける悪魔の手だ。
「しかし、何者だ……?」
ぼそりとリシャールが漏らした。
どうやら、リシャールは気づいていないらしい。騎士の格好をした彼が、闘技大会の決勝戦で、ミナことマリアと戦い敗れた男のことだということに。
『はっはーん。わかったで』
ミナの脳裏にルクシオンの声が響いた。
(わかったって、なにが)
『ほら、今朝出てから視線が1つ増えとったやんか。あれ、きっとヴィクトルやな』
(あ……)
そういえば、昨夜はフードの男だけだった視線が、今朝はもう1つ増えていた。馬車に乗った辺りから消えたので気にしていなかったが、そういうことだったのか。ヴィクトルはミナの後をつけて、どさくさに紛れて騎士の1人に紛れこんでいたのだろう。さすがにそこまでは判らなかった。
『しっかし、なんでミナを追ってきたんや?』
(わからない。でも、ヴィクトルさんは何か知ってるみたいだった。帝国で行われている何かを)
『問いただすだの言うとったなそういや。そうなると、ホンマ何モンやっちゅう話に戻るわけやが』
(……だね)
ミナを追ってきたというよりは、四元帥であるリシャールを追っていたという方がしっくりくる。その際に、ミナは利用されたと考えるのが妥当だ。
「……っく! やっぱりこのままじゃ厳しいか!」
戦いの方は、見たところヴィクトルが押されているようだった。
フードの男は、変化した腕を利用して攻め立てていた。刃とぶつかろうとも斬れない腕だ。攻めにも守りにも使える優秀な武器であることは間違いない。
反してヴィクトルは騎士用の剣で応戦していた。異常な戦闘力を誇るフードの男とまともに立ち会えている時点で相当な実力者だとわかるが、このままでは負けは見えている。
「あれだけ戦えるのなら、戦力として駒にはなる、か」
不吉なことを言うリシャールに、ミナは眉根を寄せた。
「……彼も仲間に引き込む気ですか」
「ま、そんなところだ。あの態度を見るに抵抗するだろうが、やりようはいくらでもある」
ニヤリと笑うリシャールの横で、ミナは思考する。
リシャールのこの自信。フードの男以外の手札がまだ他にあるということだ。考えるに、精神干渉の類だろう。10年前よりもそういった技術が発展しているのだとしたら、可能性は高い。それに、精神を乗っ取ってしまえば、いくら反帝国の意思があろうと関係ない。
『んで、どないするんや? このまま傍観決め込むか?』
(……ルクシオンは、どうしたらいいと思う?)
『さあ、ワイに聞かれてもなぁ。ミナがどうしたいか、やろ』
(私は……)
このまま戦い続ければ、恐らくヴィクトルは敗北する。相手はフードの男だけじゃない、四元帥であるリシャールもいる。そして、彼が帝国の手に落ちれば、フードの男と同じように殺戮人形にされてしまうかもしれない。
ヴィクトルとは少しの間一緒にいただけの間柄だ。特別仲が良いわけでもない。それならば、彼がどうなろうとミナには関係ないはずだ。
(私は何を迷ってるの……?)
自分でも判らない感情に、ミナは困惑した。
復讐を果たすことを前提に考えれば、ヴィクトルに構っている余裕はない。ましてや、彼のためにミナが戦うなど無駄であり、無意味のはずなのだ。そう頭では理解していても、心が落ち着かない。ヴィクトルを完全に無視できない。
「仕方がない。これはあまり使いたくなかったけど……!」
劣勢だったヴィクトルは懐から短剣を取り出し、構えた。
すると、短剣の刃から白銀の刃が形成された。まるで、ヴィクトルの意思に応えたかのようだ。
『んな……!?』
ヴィクトルの様子を見て、最初に驚愕の声を上げたのはルクシオンだった。
(どうしたの?)
『あの剣、まさか……』
(あの剣がどうかした? 確かに特殊なものみたいだけど、それが何か――)
『――天剣や』
と、ルクシオンが言った直後。ヴィクトルの背中から天使の翼のようなものが表れた。片翼だが、その翼からは圧倒的な存在感を感じた。それに、神聖なオーラを辺りに放っている。
ミナも始めてみる剣だ。魔剣と似た存在なのか、それとも無関係なのか。今の段階では判別がつかない。ルクシオンならあるいは知っているのかもしれないが。
「あれが、陛下のおっしゃられていた……」
リシャールもヴィクトルの変貌に目を見張っている。
かくいうミナも、ヴィクトルの姿に見とれていた。未知なる力はそれだけで人を惹きつける。天使のような佇まいは、見ている者の心を癒すかのようだ。
「さて、悪いけど一気に終わらせるとしようか」
白銀の刃は、容赦なくフードの男を襲った。
ヴィクトルの攻撃で、フードの男を覆っていた布が切り裂かれる。そのせいで、ようやくフードの男の素顔が外に晒されることとなった。
「……その顔は……」
顔をしかめ、ヴィクトルは小さく言った。
フードの男の顔は、それは酷いものだった。もはや人としての原型を留めておらず、何者なのかも判らない。緑色に近い皮膚は壊死しているのか所々剥がれ落ち、目は片方潰れている。口からは鋭い犬歯が伸び、頭からは角のようなものが生えていた。
『ありゃひどいな。もはや人とは呼べへん。化けもんや』
(……)
ミナは、心が冷たくなるのを感じた。
あの男は、望んで化け物になったわけじゃない。望んで帝国のおもちゃになったわけじゃない。あれ以上、あのままの状態で生き永らえるのは、酷だ。
きっと、苦しかったことだろう。無理やりこんな姿にさせられて、自分の意思とは関係なく人形のように扱われてきた。このままでいいはずがない。このまま良い様に使われて良いはずがない。
「天剣使いを前にしては、さすがに分が悪いか。仕方がない。私も加勢させてもらうとしよう」
リシャールが剣を抜いた。どうやら、彼もまたヴィクトルと戦うようだ。
リシャールは、帝国の四元帥の1人だ。その力は言わずもがな折り紙つきで、一騎当千の戦士だといわれている。そんな彼が、あのフードの男と共にヴィクトルと戦うのだ。状況は一気に傾く。
「さあ、どうする。我らと戦うかね。それとも、大人しく素性を明かし、投降するかだ」
「……くっ」
さすがのヴィクトルも状況が悪くなったことは理解できているようだ。だが、退く気配はない。四元帥相手でも、戦える自信があるということなのだろうか。
「その心意気は褒めるところだな。だが、容赦はしない」
「僕も負けられない理由がある。あなたには聞きたいことも出来た。勝たせてもらう……!」
そして、天剣使いと、四元帥の激闘が始まった。




