chapter.11 彼の者は
トロンの村は、人口が約500人程度と少なく、村というよりは集落のようなものだった。
リシャールは村長と名乗る人物と話した後、村の裏手にある小屋に向かった。ミナも、そんな彼に同行する。もちろん、リシャールについて来いと言われたので、仕方なくだ。
雑木林の隙間に建てられた小屋は、何年も使っていないのか相当オンボロだった。いつ倒壊してもおかしくない。強風が吹こうものなら屋根が吹き飛びそうな勢いである。
「さて、マリア。キミはここで待っていてくれ」
小屋につくやいなや、リシャールはそう言ってきた。
ミナも、特に興味もなかったので素直に頷いた。
『こん中に何があるんやろな』
(気にならないわけじゃないけど、変に気にしたら疑われる。今は大人しくしておいた方がいい)
『せやな。ま、大人しく待っとくか』
しばらくの時が流れ、リシャールが小屋から戻ってきた。その手には、小さな結晶のようなものが握られている。不思議な輝きを放つ結晶に、ミナは見とれてしまった。なんというか、普通の宝石や結晶の類には見えない。もっと凄い、価値のある物のように見えた。
「待たせたね。この村にはこいつを回収に来たのさ」
「何です? それは」
気になったので、ミナは聞き返していた。
「これは魔魂石といってね。帝国領のあちこちに散らばっている代物だ」
「魔魂石……?」
「ああ。魔族と天族の話はしただろう? 帝国領にはこうやって魔族の魂の欠片が散らばっていてね。恐らくは古の大戦の時に、死んだ魔族のものなんだろう」
「魔族というのは、死んだら石になるんですか?」
「そうだ。実際に見たわけではないが、そう言われている。そして、その欠片を帝国の研究機関が集めているんだ。だからこうして情報があれば回収しに行っているということさ」
言って、リシャールはその魔魂石を袋に入れた。
隠すでもなく、魔魂石というもののことを教えてくれたあたり、ミナを逃がす気はないようだ。
『ふむ。野暮用っちゅうのはこれやったか』
(魔魂石、ルクシオンは知ってるの?)
『知っとる。が、何故こんなもんを帝国が集めとるんや……?』
「研究するためじゃないの?」
『まあ、それだけやったらええんやけどな。気にならんか? こんなもんのためだけにわざわざ四元帥であるリシャールが出向く思うか?』
(それはまあ、確かに)
たかが石っころを回収するためだけにリシャールが出張る必要はないように思える。ただ近くにいたから出向いたという可能性もあるので、深く考えるだけ無駄だろう。
「用事は済んだ。馬車に戻ろうか」
リシャールに対し、ミナは頷いた。
野暮用ということだったし、大した用事ではなかったのかもしれない。たまたまリシャールがこの場に近かったから回収に向かったんだろう。
「これからまたメロウシティに戻る。そうして列車に乗った方が帝都までは早いからね」
「わかりました」
馬車では恐らく帝都まで相当な日数がかかる。だが、列車ならば数日でたどり着けるはずだ。メロウシティに戻って列車に乗るのは時間効率的には正解に思えた。
それから、ミナはリシャールと共に騎士達が待つであろう村の広場へ戻ってきた。が、そこで問題が起きた。広場で待機していたはずの騎士達が皆、気絶して倒れていたのだ。
「護衛共が全員倒れているだと……? 一体何が起きた……?」
リシャールは辺りを探り、慎重に1人1人の脈を確認していった。
「誰も死んではいないか。だが、外傷もなく気絶させられているとなると、魔術によるものの可能性が高いな」
リシャールは冷静に状況を分析しつつ、最後に馬車の中を確認した。そして、何かに気付いたのか足を止める。
「護衛の数がおかしい。あと1人いたはずだが……」
リシャールは顎に手をあて思考する。
確かに、言われてみれば1人足りてないような気もする。一々騎士の数まで数えていなかったからあやふやだが、リシャールが変に思うということはそうなんだろう。
『なんやなんや。仲間割れかいな』
(どうだろうね。でも、アクシデントは勘弁してほしかった)
『ここにきて新たな敵出現ってか。かー! ミナはとことんついてないのぅ!』
(うるさいな。私だって好きでトラブルにばかり巻き込まれてるわけじゃ……――)
直後。
村の奥の方で何かが爆ぜた。
もしかしたら、騎士達を気絶させた何者かが起こしたものかもしれない。そうリシャールも思ったのか、急ぎそちらへと走った。
ミナもリシャールの後を追った。どうせここにいてもやることはない。それに、ミナも事の成り行きは気になる。一体誰がこの短い時間で騎士達を全員気絶させたのか。もし1人でやってのけたのだとしたら、相当な腕前だ。
「貴様か! 貴様がやったのか!」
村の奥に進むと、リシャールと1人の騎士の姿をした男が対面していた。騎士の兜は顔を覆うため、脱がないと中々判別できないようになっている。ミナからも、その騎士の素顔はよく見えない。
やはり、騎士が1人裏切ったようだ。もしくは、元々帝国の者ではなかったかのどちらかだろう。騎士の姿で変装していたというのは、大胆だが案外気づきにくいようだ。もしくは、あの男が気配を消すのに長けていたか。
「答えろ! さもなくば……!」
どこからともなく現れたのは、例のフードの男だ。
どうやら、リシャールの指示にしか従わないらしい。あのフードの男が帝国の人間であれば、騎士達を守っていたはずだ。命令されたことしかしないというのは、そういうことかとミナは理解した。
『なんやおもろいことになっとるやんけ。裏切り騎士とリシャールのお人形さんの対決かいな』
(全然見所ないね)
『って、やっぱ冷めとるのぅミナは。ちったぁこの状況を楽しんだらどうや?』
(そう言われても……。でも、どちらも戦闘力は未知数だし、見る分には楽しい……かな?)
片や帝国で造られた人型兵器。片や1人で騎士達を全員気絶させた男。どちらが強いかどうかは当然ながら測りようがない。
見合う2人を、ミナは傍観した。これといってどちらに肩入れする理由もない。そう、思っていた。彼の声を聞くまでは。
「――キミ達帝国が行っている所業。やはり問いただす必要があるみたいだ」
騎士の格好をした男の声は、ミナの耳にも届いた。
そしてその声は、ミナが知っている者のものだった。
どうしてこんなところに。そう思わずにはいられない。
『……なんとなーくただもんやない気配はしとったが、そういうことかいな』
ルクシオンは納得したかのような声を出した。
確かに、なんとなく普通の冒険者のようには見えなかった。自然とミナが気にかかっていた時点で、おかしいと気付くべきだった。
(……ヴィクトルさん)
そう脳内で呟くミナの刀を持つ手には、自然と力が入っていた。