chapter.1 始まり
灰色の髪を肩まで伸ばした少女ミナ・アークスは、列車の窓から外の景色をぼんやりと眺めていた。4人がけの席に他の者はおらず、彼女の隣には一本の刀が置かれている。面妖な雰囲気を出すその刀には、何かを封印するかのように黒色の帯が巻かれていた。
『やーれやれ。こうずっと移動やと疲れてまうわ』
特殊な喋り方でミナに語りかけてきたのは、人ではなく刀だ。
独特な反りがある東方風の剣。それが刀である。
いつものことなので、ミナは特に驚くようなこともせず、念を飛ばし刀に語りかける。
(私は好きだけど。こうやってぼーっと外眺めるの)
『ミナはどこでもそんな感じやなぁ。マイペースいうか』
(面倒なんだよ。他人に合わせるのって)
『わかっとらんなー。そんなんやから顔はええのにミナには彼氏の1人もできひんのや。今時のイケメンはもっとアクティブな美少女を好むんやで?』
――ゴッ!!
鈍い音がしたかと思うと、ミナは右手をぷらーんぷらーんさせた。
『いってー!? 何すんねんこのアホンダラ! いくら剣でもグーで殴られたら洒落ならんくらい痛いんやで!』
(うるさいな。ルクシオンが余計なこというからだよ)
『ワイはミナのことをおもーてやなぁ……。恋人はええで。何よりタダでやれるんやからな。最高や』
最低なことを言う刀に向かって、ミナはジト目を向けた。
これがかの伝説の魔剣かと思うと悲しくなってくる。
(……エロ剣)
『だーれがエロ剣や! 言うとくけどワイはあの伝説の古の魔神様なんやで! 歴史書にものっとるやろが!」
そう。この最低だが喋る刀は、古の魔神ルクシオンと言われた存在の魂を宿している。魔神とは、大昔この地で行われた大戦の英雄だといわれている。事実はルクシオンが語らないのでわからないが、そんな風に歴史書には記されているのだ。
いわゆる魔剣といわれるそれは、魂を宿しているおかげでこうして意思疎通することができるというわけだ。
『まあ、ミナは未経験やし男の良さはわからんかもしれへんな』
(……わからなくていいよ、そんなの)
『わかっとらんなぁミナは。あーあ、どれくらい良いものなのか直々に実演してやりたいわー。ワイが人の姿しとったらすぐにでも犯――』
いつの間にかミナの手に魔力が帯びていた。
そして、その手をゆっくりと刀へと伸ばす。
(……ふぅん?)
『……すんまへん。調子こきました』
むすっとして、ミナは魔力を消した。
前世の記憶を持ったミナは、違う性別になってからというもの、こういったちょっとえっちなトークが苦手になってしまった。男の時と女の時では感じ方、受け方が違うようで、その変化に戸惑ってしまうのだ。そのせいで、ルクシオンとの下品な会話がミナはあまり好きではなかった。
『そう不貞腐れるもんやないで。せっかく可愛い顔しとんのやから、もっと媚媚せんと』
(さっきも言ったけど、そういうの面倒だよ)
『う~む、こればっかりは性格か。まあでもミナはどちらかというと誰か1人のために尽くすタイプやな。いつかそんな男ができるんやろうか』
(いや、そんな気ないから)
『ってか、そんな野郎がいたらワイが葬り去るけどな。だっはっは!』
お調子者の魔剣に辟易としつつも、ミナは外の風景に視線を向けた。
一面荒野が広がっている。水源が少ないのか、雨があまり降らないのか、ここら辺の土地は枯れてる場所が多い。植物はサボテンのようなものばかり生えていて、味気ない。鬱蒼とした雑木林もいやだが、ここまで同じ植物ばかりだとどうにも見飽きてしまう。
『乗車中のお客様にご連絡いたします。間もなく当列車は終点である西部都市メロウシティに到着いたします。長らくのご乗車、お疲れさまでした』
スピーカーから車掌の声が鳴り響いた。
約4時間程だろうか。この西部都市行きの列車に乗ってから経つ時間は。おかげでお尻は痛いし、息も詰まってきたところだ。風景を眺めるのは好きだが、限度はある。
『よーやっと到着かいな。はよ外の空気吸わせてーな』
(はいはい)
ミナは下車の準備を整え、列車がホームに入るのを待った。
それから間もなく、列車はメロウシティのホームへ。
完全に列車が停止するのを待ってから、ミナは席を立った。
ぞろぞろと乗客がホームへ降りていく。
ミナもその人波に紛れ、ホームへ降り立った。
『地に足がつくとはこのことやな~』
(ルクシオンには足ないよ?)
当然ながら、刀であるルクシオンに足などない。今もミナが腰にぶら下げているだけで、実際に地面に立っているわけではないのだ。
『野暮なこと言わんといてーな。ようは気分や、き、ぶ、ん』
(あ、そう)
『なんやその興味ありまへ~んてな返答は。傷つくわ~』
ミナはアホな魔剣を無視し、ホームから出た。
旅をする上でまず第一にしなければならないこと、すなわち宿探しである。寝床は早めに確保するに限る。常識だ。
『しっかしあっついのぅ。空気も乾いてるし、さすがは西部都市ってとこか』
(そうだね)
乾いた大地と荒野で有名な帝国西部。そこにある大都市がこのメロウシティである。
ケヴィオン帝国全土の大都市を繋ぐ鉄道は、ここメロウシティにも伸びている。おかげで、短い時間でここまで来ることが出来た。馬車だったら、何日かかったかわからない。
『にしてもホンマにここにおるんかいな。ケヴィオン帝国の重鎮。四元帥の1人であるリシャール・サニエが』
その名前を聞き、ミナの中を何か冷たいものが走り去った。
帝国の生物兵器として地下深くで何度も何度も切り裂かれた記憶がミナの中で蘇る。血反吐を吐き、指を折られ、腹部を殴打された。自身が人間ではなく兵器なのだと、帝国の道具であるのだと刷り込ませるために、ミナは何度も死ぬ思いをした。
(あの情報屋は信用できる。リシャールは必ずこの街にいる)
『ならええんやけど。それにしてもようやくなんやな。10年間、ミナはよう耐えた思うで』
(……うん。私が受けた痛みは、屈辱は――必ず返す)
ミナの中に宿る復讐心は、10年たった今でも衰えることなく燃え続けている。
生まれた町を蹂躙され、両親を殺され、友人を殺された。それだけで終わらずに、魔剣の適合者としてミナは様々な責め苦を味わった。そして、人としての尊厳を踏みにじられた。
正気でいられたのが、奇跡のようだ。
帝国への憎しみが、ミナを正気にさせていたのだ。
やつらに復讐するまでは、何としても死ねない。
両親の、友達の、村のみんなの、何よりも自分自身の仇を討つために。
『そんじゃま、始めよか。わてらの復讐を』
(……ん)
自分の正義のために、ミナは行動を開始した。