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まだ見ぬ風を探して

作者: 耀雪メイカ

もしもケツァルコアトルスにカナード翼みたいな耳があったら……という私の妄想を羽ばたかせて、耳付きのケツァルコアトルスが白亜期を生きた様子を描いてみました。

想像力をフル稼働させて書いた為、実際のケツァルコアトルスの生態とは異なる可能性が大です。

どうか何卒ご了承下さい。

4つ脚で緑豊かな大地を闊歩する萌黄色の巨体。

5メートルを優に越すに高さにも関わらず、その歩様は軽やかで静か。

細長い首に長く大きな嘴備える頭部、その頂には誇らしげな鶏冠が目立つ。


長い脚の間には空を飛ぶ為の翼を成す皮膜があり、歩く度にその表面に皺が走る。

小さな胴体に先鋭な頭部を擁するシルエットは、まるで折り鶴のよう。


しかしそんな巨体の行く手を阻むかのように、突如一陣の風が吹いた。

白亜期特有の濃密なる大気が唸り、巨体の主……ケツァルコアトルスの翼のように長い耳を弄ぶ。


オスの個体である彼は、思わず怯んで瞬きを繰り返した。

そして咄嗟に脚をハの字に広げ、体と頭の重心を一気に落とす。

地べたを半ば這うような格好で必死に堪え抜く。


こうするのは、翼を擁する脚が風をまともに受けてしまうから。

もしもあのまま突っ立っていたのならば、100キロに満たない軽い身体は風圧で薙ぎ倒されていただろう。


不意に側面から吹き付けた大気の流れに、思わずよろめきながらもその巨体を立て直す。

同時に全身の皮膚を動員し、その感触から風上の在処を掴んだ。


彼は折り畳んだ翼擁する前脚で這いつつ必死に回頭。

長い首を揺らし、ゆっくりと風上へ方向転換する。


そうして辛うじて難を逃れ、辺りに漂う新芽の薫りを愉しみながら立ち上がった。

同時にその可憐で円な瞳は、広大な湿地湛える大草原を捉える。


視野に映るは、豊富な植物とそれに群がる小さき恐竜達。

更に草食のそれらを狙う捕食者・肉食恐竜が、その身を躍動させ小さな竜を追い回す。


喧騒溢れる地上をよそに、透き通った水辺を回遊するのは甲殻纏いし魚類。

小さな魚達も無数に遊泳していて、水場も地上に負けず賑やかな様子。

多彩な生態が築かれたこの地は、彼にとって絶好の狩場だ。


過酷な環境を生き抜く為の掟・弱肉強食は何時の時代でも健在。

彼はその空腹を満たす為、4つ脚で静かに歩み出す。


狙うは湿地帯に息衝く豊富な魚類。

陽光煌めく水面の奥に居る獲物を思い、その歩を早めた。


巨体故に歩く度に視界は大きく上下し、その片隅に自らと同じく空飛ぶ翼竜達の姿が映る。

その正体はニクトサウルス。

翼開長は概ね平均3メートルクラスと小さな体だが、頭にユニークで特徴的な鶏冠を持つ種だ。


頭蓋骨より突出し、横から見ると大きくトの字を表す類を見ぬ鶏冠。

その大きさたるや凄まじく、ニクトサウルス本体以上のサイズ。

一度見たら忘れられない程のインパクトを誇る。


ニクトサウルス達は、立派な鶏冠をひけらかすようにして堂々と大空を飛んでいた。

その様子を地上から眺めながら、空飛ぶ翼竜達を羨む。


彼もまた翼竜の端くれ、地をゆくよりも風に乗って飛んで居たいからだ。


しかし空には捕食すべきターゲットは居ない。

飛びたいという欲求を必死に抑えつけて、渋々と食欲のままに水辺を目指す。


煌めく水面が眩しい水辺に差し掛かった時、その長身を活かして周囲をぐるりと見回した。

これは安全に狩りを行う為の用心だ。


水辺で狩猟中に肉食恐竜に襲われては、離陸も叶わずひとたまりもない。

だからこそ入念に辺りを伺う。


これも過酷な環境を生き延びる為の術、決して怠る訳には行かない。

安全を確認した後、静かに水辺へ近づいていく。


丈の長い水草掻き分けて進み、絶好の狩猟ポジションを確保。

水面に映り込む自身の顔を気にせず、遊泳する魚の群れに狙いを付けた。


そして静かに嘴を開いて、その瞬間を静かに待つ。

透き通った水面、自らの真正面に数匹の大きな魚が横切った刹那……彼は動く。

前脚を開き、全身しならせて頭部を鋭く加速。


そうして大きく尖った嘴を水面に突き入れ、飛び散る水飛沫に構わず自慢の嘴を閉じた。

まず感じたのは確実な手応え。


その口の中で活きの良い魚達が舞い踊り、逃れようと必死に暴れ藻掻く。

大漁の手応えに気を良くした彼は、歓喜のままに頭部を振り上げ天を仰いだ。


すると魚達は抵抗虚しく、重力に引き摺られ喉から胃袋へと一気に送られる。

後はじわじわと胃液に溶かされ消化されるだけ。


しかしまだまだ足りぬと言わんばかりに、再び嘴を開いて水面を睨む。

総翼長が優に10メートルを超えるその巨体を維持する為には、もっと獲物が必要。


太い魚のひしめく魚群へと狙いを定め、その嘴を2度3度と突き入れた。

その度に飛沫が上がり、活きの良い魚が口の中で躍る。

天を仰ぎながら獲物の喉越しを堪能、満足の行くひと時だ。


腹を満たす感触に気を良くした彼は、甲高い鳴き声を上げて頭を振るう。

食事を終えて、遂に翼竜の本分を発揮する時が来たのだ。


両目で周囲の様子を丁寧に確認し、羽ばたく為に必要な距離を慎重に予測。

同時に滑走する道の周辺に脅威となる肉食恐竜の不在を確かめ、その長い4つ脚で水辺から静かに駆け出す。

翼のように長い耳をはためかせて。


草原の礎を成す土の匂いを受けつつ真っ直ぐ風上へ走る。

地を蹴る感触を心地良く感じながら全力で。

余波でその足跡には土埃が激しく舞い上がり、躍動する身体の力強さを物語る。


分厚い大気の壁を嘴で劈き、彼は風を切って尚も走った。

そして垂れた耳に力を入れ水平にし、空翔ける為の前翼と成す。

この耳は向かい風を掴んで揚力を生み出す……云わばカナード翼として機能する物。


4つ脚が生み出す大胆なストライドが更なる加速を生み、軽量且つ強靭な筋肉が飛びたい気持ちを後押しした。

視界を流れる景色は緑色に溶けて、感じる風は心を弾ませゆく。

存分にスピードが乗った今、後は飛び上がるタイミングを図るだけ。


彼は大気に触れる耳の感触から、確かな揚力の発生を感じ取った。

最大級の翼竜たるケツァルコアトルスの巨体……それを浮かす為には、耳と翼の両方の揚力を上手く連携させる必要がある。


翼と化した耳が稼いだ揚力を捕まえるようにして、その前脚を大きく広げた。

同時に後ろ足で大地を蹴り、小指を繰って主翼を展開。

すると畳まれた前脚が伸びて、大きく広がった皮膜が更なる揚力を稼ぐ。


掴んだ風は耳と主翼両方に当たり、その身体をふわりと浮かす。

ケツァルコアトルスの巨体は重力の鎖から開放され、一気に大空へと舞い上がった。


前翼と化した耳に風切り音が心地良く響き、主翼を数度羽ばたかせバランスを取る。

果て無き蒼穹の空は、まるで彼を歓迎するかのように綺麗に晴れ上がっていた。


眼下に広がるは、大草原を行く多様な恐竜達の姿。

辺りを見渡せばニクトサウルスの群れが陽気に編隊飛行する姿が目に付く。


鶏冠ひけらかして飛ぶニクトサウルス達の姿に嫌気が差した彼は、更に耳と翼を羽ばたかせた。

全身の力を連動させての羽ばたき、それは更なる揚力を稼ぎ出してその身をより高みへと誘う。


大気を斬り裂く音と共に地上が瞬く間に遠ざかり、高度が上がる度に清涼なる空気がその肺に流れ込む。

その爽快さに酔い痴れながら、嘴を開いて甲高い鳴き声による快哉を上げた。

まるで白亜期の空を統べる王になった気分に浸りながら。


最早この高度に到達出来る翼竜はもういない。

ここは正に彼ら……ケツァルコアトルスだけの特等席。


そんな揺るがぬ事実を愉しみつつ、ただ一体だけで夕暮れの空を飛ぶ。

真っ赤に染まった空は思わず溜息が出る程美しく、一番星の輝きはやがて来る夜を予感させる。

徐々に温度を失い、涼やかな風が吹きゆく空……間もなく日が暮れる合図だ。


既に腹を満たした彼は、帰路につく事を選択した。

その身を傾けて、緩やかに旋回。

赤く染まり流れ行く景色を楽しみながら、遠く見える山脈を目指す。




夕闇空を暫く飛んで、遂に寝倉のある場所へと帰って来た。

山脈の裾野……そこに出来た、岩肌剥き出しの絶壁。


その中にぽつんと存在する窪みを彼は寝倉にしている。

ここならば外敵は入って来れず、安心して眠りにつく事が出来る絶好の隠れ家。


主翼と耳をはためかせ、ゆっくりと減速開始。

羽ばたく度に風が巻き起こり、巨体を緩やかに滑空させる。


同時に微妙な力加減で巧みに耳と主翼を操り、バランスを取った。

空を飛ぶ際に、離着陸時には要注意であると言う事実。

それは空をゆく翼竜の本能に刻まれた、生きていく為の術。


彼は忠実にそれを守り、絶壁にぶつからぬよう更に速度を緩める。

刻々と迫り来る岩肌を恐れずに。


やがて二度三度と羽ばたき、風を巻き起こしながらふわりと着地。

翼を畳みながら、その4つ脚で岩盤に取り付く。

そして鍵爪を岩盤の亀裂に食い込ませつつ、まるでムササビのように慣れた道筋を降下。


やっとの事で窪みに辿り着いた彼は、安堵しつつその身を休ませる。

数度瞬きつつ耳を垂れさせ、全身の力を抜いて休息の体勢。


4つ脚で遠く見つめた光景は、既に日が没した夜。

月明かりと無数の星達に照らされた、明るい闇が世界を包んでいた。


遠くから聞こえるは、恐竜達の鳴き声。

昼も夜も変わる事の無い喧騒を遠く眺めながら、彼は静かに微睡む。


揺らぐ意識の中で反芻するは、今日の記憶。

4つ脚で大地を駆けて、魚を採り大空へと羽ばたく。

今まで何度も重ねて来た翼竜としての生き方。


その中で燦然と輝くは、誰よりも高く飛んだ瞬間。

彼は何よりも飛んでいる時が好きなのだ。


大気斬り裂く翼が奏でる音色、遠くへ行きたいという気持ちを逸らせる風の匂い。

何よりも重力を振り切った時の果て無き爽快感。

その全てが彼の本能を擽り、空へと駆り立てる。


彼は明日の空模様を思いつつ、静かに眠りについた。

まだ見ぬ風を探して飛ぶ……そんな自分の姿を夢見ながら。


白亜期の生物は、今から見ると本当に凄いフォルムをしていて知る度に驚かされます。

本当に飛べるのかなとか、角が邪魔にならないのかなとか興味津々です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ケツァルコアトルスの生態が、……なんかすごいかわいい姿が浮かびました!耳は化石に残りにくそうだし、こういうこともあるかもなんでしょうか。 出来事の羅列ではなく、会話なしでも生き生きしていて…
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