#3.早く気付いてやれよこの鈍感野郎!!
「――カオル」
「うん?」
「城兵隊長、辞めようかなって思うんだ」
なんかもう、疲れてしまった。やはり、私には都会暮らしが――いや、田舎暮らしの方が似合ってるのではないかと思うのだ。
「折角出世したのに?」
「別に望んで出世した訳でもないしなあ」
正直、何故自分がこんなところに居るのかもよく解らない。
城に入る事になったと知ってからは猛勉強して城での作法やら貴婦人との会話術やらも研究した物だが、今ではそれすら無駄な努力だったように思える。
「でも兵隊さん。城兵隊長としては上手くやってたんだろ?」
「……どうだろうな。今ではそれすら自信がないよ」
自分ではやれる事はやってたはずだが。
だが、部下達や上から見た私の評価なんて、気にした事もなかった。
いや、気にする暇すらなかったのだ。
ひたすらに鍛えねばならないと思った。
トーマス殿のように、ドラゴン相手でも遅れを取らない位には強くならなくてはならぬと思った。
でなくては、有事の際に誰も守れないからだ。
とにかく、上手く人付き合いをしなくてはと思った。
田舎者だからと、村や街の恥になるような真似は出来なかった。
私は、世話になった人達の代表みたいなものなのだから。
好かれたいと思った。新しい環境。新しい周囲の人々。
少しでも好かれ、必要に思われたいと、出来ることはなんでもやった。
「……村で君がやってた事を、私なりにやってみたつもりだった」
私の前には、成功例がのんきに足を組んで座っていた。
女神様の遣いだとか、異世界からきた英雄だとか。そんな眉唾な事を言いながら、彼はそれをやってのけたのだ。
「だが、上手く行ってるようには思えない。君のように自信を持てないよ。不安なんだ」
私は、弱かった。自分に自信なんてないし、彼のように何でも出来る訳ではない。
少なくとも、彼が居なければあの日あの塔で死んでいた。その程度の人間だったのだと解っている。
「兵隊さんは、俺が自信満々だって思ってた?」
「……そう思ってたが」
「でも。俺は違うぜ。盗賊に挑むときなんて、本当にこんな棒切れで敵が倒せるのか、実は知らなかったんだ。女神様からそういうものなんだって言われたからそう信じ込んでただけだった。いや、そうなんだと自分で思いこまなきゃ、怖くて動けなかったんだ」
いつも持ち歩いている棒を取り、見つめながら語る。
カオルはいつになく真面目な顔で、そして、歳相応のような、少年じみた顔をしていた。
「盗賊にぶん殴られて、ナイフで刺されてさ。すごく痛くて、泣いちまったよ。漏らしちまった。帰りに川で洗濯したからノーカンだけどな」
笑えよ、と、顎をくい、と突き出す。私は半笑いになった。させられた。
「ドラゴンと戦ったときなんて、ほんとは俺は手も足も出なかった。象よりでかい化け物が、車より早く走って突っ込んでくるんだぜ? しかもヘリより速く飛んで、逃げても逃げても追い回してきてさ。サララが居なかったら、俺は今頃あいつの腹の中だったよ」
喰われちまったら回復能力意味ねぇ、と、カオルは苦笑する。
『くるま』だとか『へり』だとかが何なのかは解からないが、やはりドラゴンは恐ろしい化け物だったのだ、というのは伝わった気がした。
「……ベラドンナだってすげぇ強かった。まあ、その時にはもう、この棒きれの使い方マスターしてて一撃で倒せたけどさ。でも別にそれって、俺自身がすごい強い訳でも何でもないから、当てられなきゃ意味がねぇんだよ」
「……君自身は、そんなに強くなかったのか?」
「全然!! だって俺、元の世界じゃ体育とか2だったんだぜ。10段階で2。勉強もぼろぼろだったし。英語とか0点量産しまくってた」
なぜか、そんな風に語るときの彼は底抜けに明るかった。笑っていた。子供のようだった。
カオルらしくないな、と思う反面、どこか、これが本当のカオルの顔なんじゃないかと思えてしまった。
「だけどさ。女神様は言ったんだ。『自分で頑張ってれば、いつか自信は身に付く』って。飯と同じでさ、食わず嫌いしてたらその分だけ身に付かないんだよ。だから、やれる事は全部やったんだ。嫌な事だって、我慢した」
「なんか、聞いたことあるなあ。それ」
子供の頃、好き嫌いして野菜を残した時に、よく言われた気がする。
あれは誰が言ったのか。
もう思い出せないが、女の人だった気がする。
特別綺麗でもない、別に好みでもなんでもない女の人だ。
さほど優しくもなかったし、料理もへたくそだった。
裁縫なんて任せたら糸でこんがらがるほどに不器用で。
それから、すさまじく男運がなかった。
だけど、私がこの世界で、一番に好きだった人な気がする。
「そうか。君の言う女神様っていうのは――」
彼がどこから来た人なのかは解からない。
彼が何故、英雄として活躍しているのかも解からない。
だが、一つだけわかった事がある。
その女神様を、私は多分、知っている。
「なあ、兵隊さん」
カオルが私の肩を叩く。
「あんたは。自分のやってきた事、まだ自信が持てないか?」
身に付いていないのか。今までやってきた努力が、好き嫌いせず受けてきた仕事が。
人から向けられた好意を否定するのか。人から寄せられた信頼を無碍にするのか。
いいや、違う。私はそんな事はしたくない。
別に英雄になんてなりたい訳じゃない。勇者になるつもりもない。
平凡な村の兵隊でよかった。
しがない街の衛兵隊長でよかった。
忙しない日々を生きる、城の城兵隊長でも、まあ、良かった。
何だっていいのだ。私は、生きている。日々を一生懸命に生きていた。
何故自信を失う必要があるか。否。断じて否。
私は、ちょっと位自信過剰でいいんじゃないかと思う。
なんで私は自信を失っていたのだろう。
別に王様は私のことを左遷しようなどと言ってないではないか。
王子は私のことを「私なら良い」と言ってくれた。
お姫様は、今は泣き止んで、私の隣に座ってくれている。
避けられていた訳ではなかった。ちょっと嬉しい。
カオルは、この自称異世界の英雄殿は、唯一無二の親友殿は、憧れともいえるお手本殿は、私の顔を見てニカニカと笑っているではないか。
こんなに溢れている。自信に。自信によって得られた何かに。
ただ、気付こうとしなかっただけなのだ。気付けなかっただけなのだ。
「ありがとうカオル。私は、自分の勝手な思い込みで、大切なものを失ってしまうところだった。逃げに入ろうとしてしまった」
感謝せねばなるまい。私は彼に、またも救われた。命より尊い、私の矜持を救われた。
「解ってくれたようで何よりだぜ。なんか、説教とか俺らしくないけど。許してくれよな」
頭をぽりぽりと搔きながら、カオルはテレテレとする。
本当にらしくない。だが、それも彼の一面なのだろうと思う。説得力があった。
「だが、君のようにドラゴンに挑むのは勘弁だな」
皮肉の一つも付け加えてやる。私も照れくさかった。
男同士。友情だのなんだの語るのは、結構恥ずかしいのだ。
「なあに、一回漏らしちまえば、案外覚悟は決まるよ」
経験者による、大変ありがたい教鞭であった。
その後、カオルは南の海で巨大な船幽霊が現れたからと、街の方へと戻っていった。
お姫様は用事があるとかでそのまましばし城に滞在するらしい。
結局、何故私が王様や王子から監視されていたのかは解からないままだったが、まあ、そんなのは瑣末な問題な気がした。
ダメだしもされるかもしれないし、呆れられるかもしれないが、私は変わる気もない。
今までと同じように、八方美人だと思われるような生き方をするつもりだった。
ただ、女の子を泣かせるのはすごい罪悪感に駆られるのだと解ったので、その辺りだけちょっとどうにかしようと思う。
――後日談。
私室にて書き物をしていると、困ったことにいつものように、王様が現れた。
「城兵隊長よ。先日の大臣からの縁談の話だがな――」
「はっ、その話ですが、やはり私は断ろうかと……」
「うむ。ソレでよい。ところでな、代わりと言ってはなんだが、普段のお前の頑張りを鑑みて、褒美にとびきり美しい娘を紹介しようと思うのだが――」
「ほう、王様が言うほどですから、さぞかし素晴らしい女性なのでしょうね」
「当然じゃ。王子もお墨付きじゃぞ。何より子供の頃からお前を――こほん。実は今ここに呼んである。会ってはくれぬか。何、時間はとらせぬ」
「そこまで仰るのでしたら。ええ、私は」
「うむ。よきことじゃ。おーい、もう入ってよいぞ」
私の人生で、一番驚かされた瞬間がこの時、訪れた。
――この王様、親馬鹿にも程がある。
Fin.