#2.だけどあいつは気付きもしねぇ
そのまま日々は過ぎてしまった。
段々と城での暮らしにも慣れ始め、王族の方々から監視される日々もまあ、嫌な耐性がついてきた。
そんな中、一つだけ、解った事がある。
「城兵隊長さーん、良かったらこれ、お昼に作ったんです! どうぞー」
「おお、ありがとう。君、気が利くね」
「えへへ、どういたしましてっ」
昼食直前の廊下にて。可愛らしいメイドの娘にお手製のお弁当を渡され喜んでいると、ジロリ、強い視線を感じた。
見れば王様が明後日の方向を向いて鼻歌を歌っていたが、さっき明らかに見ていたはずだ。
「隊長殿。ちょっとよろしいかな?」
「はい、なんですか大臣殿」
「実はな、貴公に縁談の話を持ちかけてくれんかと、さる貴族の者に頼まれたのだが――」
「えっ? 私にですか?」
「うむ。まあ、覚えておいてくれたまえ」
「はあ、まあ、話程度に――」
一日の職務を終え、自室へと戻ろうとしたところを大臣に呼び止められた際も、また、ジロジロと視線を感じた。
振り向けば、王様と王子が二人してトランプゲームをしていた。立ちながら。
「あっ、父上ダウトっ」
「のぅっ!? ちょ、ちょっと待つのじゃっ」
「またないよーっ」
「……」
さっきよりは演技が上手くなってると思うが、せめて座ってやるべきだと思う。
「隊長殿、その、ちょっとよろしいですか?」
じとーっという視線が、その娘に話しかけられると同時に浴びせられる。
話しかけてくれたのは城でもトップクラスに可愛い貴族の娘だった。
王妃の傍仕えをしているらしい。ウェーブがかった銀髪が魅力的な乙女だった。
「いや、すまないね。ちょっと用事があるから――」
「そ、そうですか。残念です……」
しゅんとしてしまっている彼女には悪いが、背筋に当てられている悪寒じみた視線にそろそろ耐えられなくなってきたので、今は逃げるようにして去る。
「王様、王子。一体何の御用ですか?」
他に誰も居なさそうな中庭で、振り向き、案の定私の後をつけていた二人に問う。
「え? いや、何のことかのう」
「知らないよ。僕知らない」
白々しいにも程があった。女の子に付け回されるならまだしも、男のストーカーはちょっと笑えない。
「……はあ。私から問うのも無礼かと思って今まで黙っておりましたが。最近は余りにも露骨過ぎはしませんか?」
「む……」
「思うところがあるというなら、どうぞお伝えくださいませ。直せるところなら直す所存ですし、無理ならば反省せねばなりません」
流石にこう、毎日のように女の子と話すたびに視線にさらされたのではたまらない。
私が何をしたというのか。そんなに私が女の子と話すのが気に入らないのか、と、色々悪い風に考えてしまう。
「別に。ただの親心じゃよ」
「そうそう。姉様を思う弟の気持ち。解って欲しいなー」
意味が解からない。
「まあ、隊長は少しばかり色んな女子に気を向けすぎじゃな」
「ちょっと今のままじゃダメだねー」
「もっと、そう。ひそかに自分に気を向けてくれるようなけなげな娘を意識してみるほうが良い」
「ずーっと昔に会った幼馴染の子とかねー。いるか知らないけど」
二人して去っていく。変なダメだしまでされた。
余計に訳がわからなくなる。なんだあの二人は、と。
高貴な方々のする事は私如きには及びも付かなかった。
「――私は、何か嫌われるような事をしたのだろうか」
翌日の昼。ぐったりとした感じながら、部屋でカオルに相談していた。
偶然城にお姫様と一緒に登城してきたのを私が捕まえた。見つけたときは歓喜してしまった。
「~~♪」
因みにお姫様も一緒だ。ベッドの上で機嫌よさげに鼻歌など謳っていた。
シーツをがしがし掴んだり枕を弄ったり、やりたい放題である。
最初に居座る場所がベッドの上という辺り、やはり母親が違えど姉弟なのだなと感じてしまう。
「いや、まあ。兵隊さん、本当に女に気を向けすぎなんじゃね? ていうかモテ過ぎなんじゃね?」
カオルまで呆れたような顔をしていた。何故だ。
「まあ待ってくれカオル。確かに私は女好きかもしれん。綺麗な子を見かけたらつい話しかけたりしてしまうが。おしゃべりとかに時間を割いてしまうが。私は潔白だ」
確かに仲良くはなるが、恋人など居た事はないし、それで女を泣かせた事もない。
女好きなのが問題になるというならそれは仕方ないが、それはもうどうしようもないではないか。
「……綺麗な子を見かけたらつい話しかけちゃうのか」
「ん? ああ、まあ、そうだが……」
「……」
カオルが気まずそうに視線を逸らす。いつの間にかお姫様が謳うのをやめていた。
「あー。あー。ひでぇんだ。俺しらね」
「なんだ。どうした?」
「……っ」
突然だった。視界の外に居たお姫様がベッドから走り出した。
「ひ、姫様っ!?」
驚いて立ち上がろうとしたが。
「はぅっ」
べちっ、という小気味良い音。
姫君は何もないところでつまずいてしまった。運動音痴過ぎる。
「うっ、うぅ……」
そして泣き出していた。顔面でも打ったのだろうか。姫君の顔である。心配だ。
「というかまずいだろこれっ!?」
私の部屋で、お姫様が転んで、泣き出した。
そこから引き出される答えは一つ。私は処刑される。死刑。さようなら。
――洒落になってなかった。
「……うぇーんっ」
堰を切ったように泣き出してしまう。まずい。これはまずい。
「か、カオルっ、違うぞっ、これは私の所為では――」
そう、お姫様が自分で走り出して転んだのだ。断じて私が悪い訳ではない。
「あーあ。兵隊さんがお姫様泣かせたー。いーけないんだいけないんだー」
「ちょっ、待ってくれっ! それは本当にまずいっ!?」
悪い冗談過ぎる。本当にそのままの意味で私の首が飛ぶ。飛んでしまう。
「うるせー。女泣かせて自分の所為じゃないとか言う奴なんてしらねーよ。首でも何でも飛ばされちまえ」
けたけたと笑いながら、カオルはあわてる私を見ているだけだった。
「うっ、ひっく――はぅっ……っく」
幸いというか、お姫様の泣き声で誰かが来る事はなく。
嫌な空気ばかりが流れたが、なんとか落ち着いたのか、今はしゃっくりに支配されているらしかった。
「その、姫様?」
「――っ」
私が近づくと、びくりと反応して逃げ出そうとする。
初対面の時もそうだが、やはりというか、私はこのお姫様に警戒されてしまうらしい。
あるいは、嫌われてるのかもしれないが。
正直何故嫌われてるのかもよく解らないのでどうしようもない。
「むう……」
ちょっとばかり傷ついてしまう。
女の子に距離を置かれるというのは、中々に身に堪える物があった。グサリと来るのだ。
そしてここにきてようやく気付いた。ここの王族、すごく面倒くさい。