#1.外堀を埋めるのを手伝ってやった
私はしがない城の城兵隊長だ。
街にいた頃は都会の綺麗な女の子とおしゃべりに興じたりもしたが、それも今は昔。
いかつい城兵諸君に地獄のような訓練指導を行ったり、気難しそうな貴族の方々と交流を結んだりと、気の休まる事のない日々を送っている。
夏もようやく終わりに入ろうとしていたが、いつまでたっても城での暮らしには慣れそうにない。
私が城兵隊長として日が浅いからかもしれないが、とにかく王族の方々から見られているのだ。
気が付けば後ろに王様が立っていたりする。部屋に戻ると何故か王子がくつろいでいたりする。意味が解からない。
そんなに珍しい顔でもなかろうに、なんだってこんな事になってるのか。
とにかく、プレッシャーに押しつぶされそうな日々が続いている。逃げたい。
「のう城兵隊長よ」
修練場にて、一人素振りなどしていると、横からじーっと見ていた王様が話しかけてきた。
「はっ、なんでありましょうかっ」
そのままで構わぬから、と言われ、王様の前ながら、素振りしつつ言葉を待つ。
「お前は、あの女神の遣いとどういった関係なのじゃ?」
どうやら、カオルは城内で自分の事を『女神の遣い』として触れ回っていたらしい。
いくら何でもそれは信じられないんじゃないかと思ったが、意外とそれで浸透しているらしかった。
それ自体は誇らしくもあり、カオルが認められているというのは、友人としては嬉しいのだが。
「私と彼との出会いは、故郷の村の麦畑でした。彼は、畑に倒れていたのです」
素振りしながらも、その頃の情景に思いを馳せる。
まだ出会ってそんなに経ってない筈なのに、はるか遠い記憶のように感じてしまうのは何故だろうか。
「私は、彼を保護し、村で暮らせるように手配いたしました」
「その時からカオルめは、自分の事を女神の遣いだと言っておったのか?」
「そうですね。私には。他の村の者には、どうせ信じられぬからと、ただ『英雄』だと触れて回っておりましたが」
実際には言葉頭に『異世界からきた』という言葉がついていたが、まあ、カオルの正気が疑われるだけだろうから黙っていた。
「ふむ……そうか」
私の返答に何か思うところあってか、王様は噛み締めるように頷き、顎に手をあて、沈黙してしまう。
嫌な空気が流れた。なんというか、重い。私から何か聞くのもなんだし、王様の反応を待つのも重苦しかった。
「まあよい。そうか。カオルめはそなたには女神の遣いだと伝えておったか――」
沈黙を乗り越えると、確認するように呟きながら、王様はそのまま去っていってしまった。
私だけが取り残される。なんとも不可思議な時間であった。
「何だったのだろうか」
呟かずにはいられない。王様はカオルの何かを知っているのだろうか。
それを問うのもなんとなく怖いが、そう思うと少し、気になってしまった。
「やあ、おかえり」
その日の修練を一通り済ませ、水浴びをしてから部屋に戻ると、いつものように王子が居座っていた。
茶髪茶眼。王様とお姫様が金髪碧眼な事を考えると、母親似なのだろうなと思わされる容姿の、まだ幼めの王子様である。
「ただいま戻りました」
きさくに挨拶してくれたのだが、私は形式ばって儀礼的な返事で返す。
「相変わらず堅いなあ。僕のことは気にしないで良いって言ってるのに」
少年的に悪戯っぽくはにかみ、王子は私のベッドでぴょんぴょん跳ねる。
「王子。私の部屋で一体何を?」
一応、これは毎回聞く。そうでもしないと話題が持たない。
王子から何か話題を振ってくれる訳でもないし、かと言って無視するわけにもいかないので、話の種は私から持ち出さないといけないのだ。
「んー。今日はこの堅いベッドでぴょんぴょん飛んだり、城兵隊長の机の鍵をなんとかあけようとしてた」
「なんて事を」
王子様の癖にシーフのような事をもくろんでらっしゃった。腕白すぎる。
「隊長は、気になる女の子とか居ないの?」
そして、話はなぜかマセた方向へとシフトしていた。
「王子はそれを知りたくて、私の机を?」
「大人の男は、好きな女の似顔絵や手紙の一つも持ってるもんだって、侍女長が言うんだよ」
おのれ侍女長。余計な事を。
「僕も、ラナニアのリース姫とか、エミュール領のピェニア公女とかいいなあって思う。前に遊んでもらった事があるんだ」
「どっちも王子より五歳くらい上ですな」
「そのくらいの女の子の方が良い気がするんだ。侍女長は同い年や年下の女の子と仲良くするように言うんだけどね」
王子は年上好きであった。将来どうなるのか心配である。
「後、姉様とか好きだよ」
「王子は姫様が大好きなんですね」
「うん。だって優しいし。それにすっごく歌が上手いんだ。後、お菓子も美味しいんだよ」
姉君の事になると一生懸命に語ってくれる。
姉弟仲が良かったのだなと思うと、尚更、後継者問題でごたごたしていたのが本人たちには不幸な環境だったのだなと気付かされる。
解決してくれて良かった。王子は、まだこんなにも幼いのだから。
「姉様は綺麗でしょ?」
「そうですね。ただ、今はまだ、私から見れば可愛らしい、という感想に落ち着きますが」
間違いなく将来は美人になるだろうと思う。
今でも綺麗と言えなくもないが、まだ可愛いという部分の方が目立つ。全体的に幼いのだ。
年頃になったとはいえ、仕草を見れば少女としか表現できない部分も少なからずあった。
だからこそ、大人になれば目の醒める様な美人になるだろうとも思うが。
いずれにしても、お姫様は街でカオルやトーマス殿と暮らしているだろうから、今どうなっているかは解からないが。
「大人って、難しいんだね」
私の表現が理解できないのか、王子は唸ってしまった。
こうなると中々扱いが難しい。怒らない様に上手くフォローしなくてはいけない。少年の心は繊細だからだ。
「王子。私は照れ屋なのです。本当に綺麗だと思ってるものを、素直にそう人に伝えられないのです」
そう、大人とは面倒くさい。体面や立場の所為で、思ったことを素直に言えなかったりする。
「それじゃ、隊長は姉様を綺麗だと思ってるの?」
「照れてしまうくらいには」
はっきりと言うには問題になりそうでそら恐ろしい。
うっかり王様の耳にでも入ってしまえば、私までロリコン扱いで処分されかねないし、多少の言い回しは許して欲しかった。
王子はむーっと考えていたが、やがて理解してくれたのか、にぱーっとした笑顔になる。
「解った。うん。僕も姉様の前に立つと、ちょっと照れちゃって甘えられないんだ」
「男とはそういうものですよ。段々と甘えられなくなるのです。素直になれなくなるのです」
侍女長の教育による偏った知識ではない。私自身の経験からしみじみ思うことだ。
男は、結構素直になれない。そして損をする生き物だと、私は思う。
「隊長の言う事は為になるなあ。カオルの言うとおりだ」
「カオル? カオルが何か王子に?」
不意に出てきた知り合いの名前に、一瞬きょとんとしてしまう。
「うん。隊長になら任せても良いんじゃないって。頼りになる男だからって」
「頼りに……なるかは解りませんが。まあ、何であれ、やれる限りはやってみせますよ」
「さすが男だね。大人の男はすごいね」
何に納得したのか、うんうんと頷いていた。どうも不可解な何かを感じる。
王様といい、一体何なのか。
「うん。隊長ならいいよ。僕も許すよ」
「はい? 許すというのは一体――」
勝手に決めながら、王子はそのまま去っていく。
私の疑問には答えてくれる様子もなかった。
――この王族、意味が解からなすぎる。