#3.チートを使って問題解決したと思ったらいいように利用されてた
その時のカオルは詳しく説明してくれなかったから、私もしばらくの間解からないままだったのだが、今回の件は国の存亡に関わる大事件に発展しかけていたらしい。
事件の裏側にあったのは、お姫様を産んだ王妃と、お姫様の弟にあたる王子を乳母として育てた侍女長との対立。
王子は側室の子だった為、王位継承権そのものは姉であるお姫様の方が上にあった。
侍女長としてはなんとしても自分の育てた王子を王にしたかった為、お姫様の結婚を急がせた。
ここでひそかにお姫様に想いを寄せていた大臣の倅と、王になりたかったのになれなかった王の弟君を引き込み、その候補としてあてがったのだ。
お姫様が結婚すればその相手が王位を継ぐ可能性は高くなるが、候補の二人はどちらも致命的な欠陥を抱えているので、これにより失脚させる事は容易かった。
一人だけならお姫様に断られる可能性もあったが、まがりなりにも国の大物二人からの求婚を受ければ、姫君とて無闇に断れまいと算段に入れた上で。
それでもお姫様が強固に拒んで逃げ出してしまったのは計算外だったらしいが。
遅れながら事態に気付いた王妃は、なんとかして結婚を破談にさせようと大臣の倅と弟が対立するように仕向けた。
幸いにしてお姫様も結婚に猛反発してくれたので、王妃が何かをしてもそれはお姫様の意思を尊重して、という形になった。
この所為で、お城の空気は最悪の状態になり、あわや内戦かというところまで進んでしまう。
だが、これは王妃としては大変都合が良かった。
頼りない王様がおろおろとする中、自分が都合よく権勢を振るえたからだ。
娘の為、という口実さえあれば、多少の無茶は許された。
これを機にと、自分に反抗的な侍女長とそのシンパを、城内から追い出そうと目論んだのだ。
そして、彼女たちとは別に、これを最初から狙っていた人物が居た。
城内の不穏を一挙にあぶり出し、全てを解決しようと目論んだ黒幕である。
「まさか、王様が全て裏から見てたなんてなあ」
事件を解決し、晴れて無罪を勝ち取り街に戻ってきたカオルが、私の部屋でくつろいでいた。
「……♪」
何故かお姫様と二人で。
「王様が黒幕だったのか。そりゃ気付かないよ」
私も苦笑してしまった。相変わらず、彼の行動は読めない。
だが、それ以上に今回は、国の存亡に関わる大問題になるか、という事態だと思ってしまっていたので、見事にしてやられた気分になっていたのだ。
怒る気にすらなれない。呆れるというよりは、感心したといった方向性で。
「すごいんだぜ。俺がお城に呼ばれたのも王様がわざとそうなるように仕組んでたんだ。王妃と侍女長の仲が悪いのも、そのせいでこんな問題になったのも、解った上で、調子に乗らせるようにわざとおろおろして見せてたんだってよ」
とんだ喰わせものである。なるほど、この国が平和なのが良く解る。
そんな恐ろしい王様が上に居たら、誰だって下手な真似はできまい。
王様は、王様なりにすごい人だったのだ。
「そして、お姫様の婚約問題を君に解決させたのか」
「ああ。まんまと侍女長にのせられたバカ二人の弱みを掴んで、王様の前で全部ぶちまけてやったんだ」
まるで時代劇みたいだったぜ、と、カオルは解からない事を言いながら頷いていた。
お姫様もよく解らないままカオルの真似をしていた。こちらは可愛かった。
視線を向けるとはにかむのもまた、愛らしい。
「でもさぁ、結局のところ、王妃と侍女長の問題も王様が解決しちまったから、なんか、自分で解決した気が起きないんだよな、この問題」
全て解決した後だというのに、カオルはどこか納得行かないような、小難しい顔をしていた。
彼としては珍しい表情だ。中々見ることはない。
「俺たちが城を離れてる間に王妃と侍女長の対立が激化して、王様がその状況を利用して喧嘩両成敗って形で二人を城から追い出しちゃったんだよな」
どうやらカオル達が城に戻った時には、もう問題の大半は解決していたらしい。
王様の役者ぶりが光る。
「あの王様、相当のやり手だぜ。女神様から色々特典もらってるはずの俺が、まんまと利用されちまった」
ぺろりと舌を出しながら、両手をやれやれ、と挙げる。
「ははは、それは怖いな。会うことなんてないだろうけど、会ったら気をつけよう」
「そうするといいよ」
カオルをしてこうまで言わせるのだ。
相手にするには骨が折れそうだが、民としてはなんとも心強い王様だった。
王様万歳。
「――衛兵隊長っ!! いないっ!! 姫様、どこにもいないっ!!」
忘れていた事ながら、そんな大声を張り上げながら、私の部屋のドアを蹴散らし、城兵隊長殿が帰還した。
「おぉ、おかえりなさいませ。お姫様ならほれそこに」
「姫様ぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
感動の再会だった。お姫様は生憎と、迷惑そうな顔をしていたが。
「ごめんなさいトーマス、顔が怖いから近寄らないで……」
ある意味涙を誘うお姫様の言葉だった。
初めて声を聞いたが、なんとも癒される鈴のような声で、なんとも辛らつな拒絶の毒を吐いていた。
「うぐっ……うぅっ、姫様、ご無事で、ご無事で……このトーマス、なんと喜べばいいやら――」
トーマス殿は満身創痍だった。一体南で何が起きたというのか。
「城内隊長殿、カオルをお探しのようでしたが、彼は王様の命令で動いていただけなのです」
「も、もうそんな事はどうでもよい……疲れた。くたくただ。いっそこのまま姫様を見つけられぬなら、自刃して果ててくれようかと思っておった――」
なんとも暑苦しい男だった。調子に乗った時のカオルの非ではない。
「だが!! 姫様のお顔を見てこのトーマス、身体の内から力が涌いてきおった!! これぞ忠誠心!! これぞ我ら城兵の気概というものよ!!」
そして鬱陶しかった。トーマス鬱陶しい。
「トーマス殿。実はお城のほうから辞令がきていまして」
まあ、鬱陶しいが彼もこの事件に巻き込まれた被害者だ。
そして私にとっては大変ありがたい戦力だった。
彼のおかげで死なずに済んだ兵隊達は、その分だけ各地へと派遣され、地域の平和に貢献してくれている。平和万歳。
「おう、そういえば長らく城を空けておったからな。城は大丈夫であろうか――」
どうやらトーマス殿は、城の事など考えもせず城兵全員連れまわしていたらしい。
大丈夫なのか? この国。まあ、大丈夫なくらい平和なのだろうが。
「……」
そして辞令を読んで固まっていた。凍り付いていた。死にそうな顔をしていた。
「どうかなさいましたか?」
その内容は私も知らないので、そんな様子を見られてしまうと何が書かれていたのか気になってしまう。
「休暇を、いただけるそうだ。半月くらい休んで、その後は姫様の護衛としてこの街で暮らせと」
「ほう」
「そして、今回の件で貢献した貴公が、私の代わりに城兵隊長の職に就けと」
「はぁっ!?」
意味が解らなかった。私まで固まってしまった。きっと死んだような目をしているに違いない。
「兵隊さん、また出世したのか?」
カオルはにやにやと私の顔を見てくる。お姫様も良く解らなさそうに微笑んでいた。
だが、決してありがたくはない。私は街の衛兵で十分だった。
折角パン屋の娘さんがたまに私の為にサンドウィッチを差し入れしてくれるようになったのだ。
ようやく教会のシスターがデレはじめてきたと感じてきたのに、そんな時にこれはひどくないか?
正直困惑してしまっていた。どうしたらいいのだ、こんな時は、と。
戸惑っていた私を見てか、カオルはどやどやとした顔で私の肩をぽんぽん、と叩く。
それが何を意味するのかは解からないが、カオルは笑顔だ。
「な? あの王様、喰わせもんだろ?」
そう、先ほどの話は繋がっていたのだ。私に関わりがあったのだ。
まさか私まで巻き込まれるとは思いもしなかったが、今ではカオルの言葉に完全に同意できた。
どうやら私は、これから毎日、その王様の顔を見なくてはいけなくなるらしい。
――胃に穴が空きそうだった。
こうして唐突に起きた四度目の別れは、胃薬持参での、なんともサマにならないものとなった。
私が旅立ち彼らが見送るという、それまでと違う形となり、しんみりとした訳でもないが、そこだけが感慨深かった。
もうすぐ夏になろうという頃の話である。