#2.仲間と使い魔の活躍で裏を取れた
彼らが私の部屋に潜伏するようになってすぐの事。
街にたくさんの城兵が現れ、衛兵隊本部にも偉そうな城兵隊長殿が訪れた。
「故あって、以前この街で暮らしていた『カオル』という男を捜している」
やはり、事情は明かさぬつもりらしい。
厳しい顔のままギロリと睨みつけてくるのは、中々に迫力があった。
「カオルですか? 一度街に戻ってきたのは知ってますが――」
「ほう、どこだ? どこにいる!?」
「西の洞窟に住み着いたオーガを倒しに行くとかなんとか……」
「西の洞窟か。協力に感謝する。おい、行くぞ!!」
城兵隊長殿は私の嘘を真に受け、西の洞窟へと向かってしまわれた。
勿論カオルは私の部屋にいるのだが、西の洞窟にオーガが住み着いていたのは本当だ。
時々街道に現れては旅人を襲うので、衛兵隊のほうに討伐の依頼が数多く寄せられていた。
オーガというのは化け物の一種で、身の丈などは私の二周りも三つ周りも大きく、大変力が強い。
ドラゴンほどではないが、討伐に手間取るし、死者が出てもおかしくない相手だった。
上等な装備に身を固めた城兵の方々なら、余裕で蹴散らせるかも知れぬが。
「お、おいっ!! いなかったぞ!! カオルもひめさ――いや、なんでもない。カオルなどいなかったではないか!?」
血相を変え、城兵隊長殿が戻ってきたのはその日の夕暮れ際である。
「オーガは居ませんでしたか?」
「そっちは居ったわ!! 邪魔臭いから斬り捨てたが、カオルはどこにも居らんかったぞ!!」
「では次の場所に移動したのでしょう。オーガの後は北にある山に住まうエメラルドドラゴンを倒すのだと言っていました」
それとなく壁にかけてある地図を見やり、山のある辺りを視線で示しながらに騙る。
「北の山だな。急げ!!」
休む暇もなく城兵隊長殿は走り出した。なんとも元気な方である。
「ちょっと位休めば良いのに」
せかせかと去っていくその背を、私は苦笑して見守った。
エメラルドドラゴンは、ここ一月で北の山に住み着いたのが確認された大物だ。
巨体ながら雑食性で、家畜や行商人のキャラバンが襲われる事があり、付近の民はとても迷惑している。
何より商人が旅を恐れてしまうので、これはよくないと、我々のほうで討伐を検討していたところだった。
まあ、城兵の方々には精々役に立ってもらう事にする。
彼らに非はないが、私とて今は部下を預かる身だ。
自分で育てた兵達を死地へ追いやる位なら、自分の部下よりは強いであろう知らない人の部下の方が良いと考える位には、私も部隊指揮官としてこなれていた。
「ぜーっ、ぜーっ!! ま、また居なかった――」
彼らが戻ってきたのは、五日後の昼の事だった。
「エメラルドドラゴンは?」
「私の手で仕留めてくれたわっ!! あの化け物の所為で、私の部下が五人も死んだのだぞ――」
流石大物。我々街の衛兵などより遥かに練度があるはずの城兵が挑んで五人も喰われたか。
うっかり我々で討伐などしていたらとんでもない被害になっていたに違いない。
死んだ兵士には申し訳ないが、ここは助かったと思うべきだろう。
五人も死んだ。だが、たった五人で済んだのだから。
「おかしいですねえ。行商人から聞いた話だと、確かに北に向かったと――ああ、そうだ!!」
「どうした?」
「冒険者風の男が、やたら小奇麗な娘を連れて、南の海に向かったのを思い出しました」
「小奇麗な娘とな!?」
「ええ。その男はカオルとは違いますけど、普通ならまず見ないようなキラキラとした格好をしていた娘と歩いていたのです」
「なんと!?」
因みに、冒険者風の男のくだりは真実だ。
ただ、小奇麗と言っても王族ではなく、恐らくは貴族の娘。それも大分前の話である。
男との駆け落ちか何かなのだろうと知った上で私が見逃したのを、こうして利用させてもらうことにした。
彼らに見つかっても恐らくはひどい目にあう事はないだろう、と判断した上で。
「……衛兵隊長よ、このこと、他言は無用ぞ?」
神妙な面持ちで私をじ、と睨み、言って聞かせてくる。
他言した先に待っているモノこそ伝えてはこないが、相手はドラゴンすら倒せる城兵隊長殿だ。ただでは済むまい。
「ええ。もちろんです。私は何も知りません」
そう、何も知らない。彼らを謀った事も私は知らない。知った事ではない。
「よし。では参るぞ。海だっ」
城兵隊長殿らは、今一度、気迫に満ちた顔で去っていった。
海は遠い。すぐには戻ってこれまい。
だが恐らく、これ以上彼らを振り回す事もできまい。ここらが潮時である。
「――そろそろ頃合だ。これ以上の時間稼ぎは、私には難しい」
夜。部屋に戻った私は、こう切り出して彼らのこれからを問う事にした。
「ありがとうな兵隊さん。兵隊さんが時間を稼いでくれたおかげで、なんとか解決策を見出せそうだぜ」
カオルもお姫様も、私の言葉に絶望する様子はなかった。
恐らくは勝ちの眼が見えたのだろう。ありがたかった。
「これ以上迷惑もかけられないし、俺達は一旦城に戻る事にするよ」
「大丈夫なのかね?」
折角かくまっていたのに、城になど戻っては捕らえられるだけではないだろうか。
そう思ったものの、カオルは自信満々で、臆する様子もない。
「問題ないぜ。その為に色々考えてる。サララとベラドンナが良い仕事してくれたよ」
別々に動いていたらしい二人が、私の時間稼ぎの間に何かをしたらしかった。
相変わらず、彼は仲間に恵まれている。そして恐らくは天運にも。
「今はむしろ、少しでも早く城に戻らないといけないんだ。邪魔が入らなくなったところで、今回の話の裏にある問題を解決しなくちゃいけない」
私には解からない場所で何かが起きているらしい。二人は真面目な顔をしていた。
止める理由もあるまい。否。彼らを止めてはならない。
だから、私は私の言える事だけ、伝える事にした。
「城兵隊は南の海に向かっている。恐らく、一月二月は戻って来れまい」
「解った。それまでには何とかしてみせるよ」
お姫様の手を引き、一緒に立ち上がるカオル。
なんとも精悍な顔つきになったものだった。
街を救った英雄よ、今度は何になるつもりなのか。
それがもう、今から楽しみで仕方なかった。
「だが、絶対に無理はするなよ。手伝える事があるなら言ってくれ」
「いいや。これ以上頼れないよ。ありがとうな」
片手を挙げてにやっと笑って。それきり、二人は部屋から出て行った。
去り際、お姫様が私の顔をじーっと見ていた気がした。
なんとなく、最後まで一言も話せず別れてしまい寂しかったが、まあ、そんなものだろう。