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異世界人の英雄殿  作者: 海蛇
二話.とてもむずかしいないせいのもんだい
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#1.お姫様を連れて逃げてやった

 私はしがない街の衛兵隊長だ。

村にいた頃はのんびりとしていたが、それも今は昔。

補充兵として集められた新米達を鍛えたり、街やその周囲で起きた問題を解決する為日々奔走している。

忙しい日々だ。休む暇もあまりない。だが、充実した毎日でもあった。


 春も中ごろになったが、最近ではすっかり都会に慣れてしまっていた。

今では故郷の村には、私の代わりに警備を担当する兵が送られている。私の最初の教え子達だ。

村長の娘さんからの手紙によれば、まだまだ物足りないながらも、それでも頑張ってくれているらしい。

まあ、私も兵士になったばかりのころはそうだった。

頼りないのも、時が解決してくれる問題だろうと思う。



「そういえば知ってますか隊長さん」

仕事帰りに寄ったパン屋で、街一番の美人と評判の看板娘と雑談をしていた時の事だった。

思い出したように口元に指を当てながら「内緒の話なんですけど」と、持ち出す。

「なんだい? 何かの相談かな?」

「いえ。そういうのじゃないんですけど。ほら、前に隊長さん達と一緒に悪魔を討伐してくれた勇者さんがいたじゃないですか」


 カオルの事だろうか。その時の私は知らなかったが、彼はこの街で自分の事を勇者だと触れ回っていたらしい。

自称勇者なんて今の世の中にはありふれてるから誰も気にしなかったらしいが。

例の事件は、彼と私達五人とが協力した上で解決した、というのが街での扱いになっていた。

国にも威信あっての事なのだろうが。彼も納得の上での事だった。


「カオルのことかな? 彼がどうかしたのかい?」

そういえば、手紙を書くと言っていたのに全然寄越さないな、と最近思っていたのだが。

彼女の口からカオルの話が出るとは中々に意外だった。

「この前、パパが小麦粉の納品の為に登城したんですけど、そのときにお城で見かけたらしいんです」

「へぇ。中々戻ってこないと思ったけど、今でもお城にいたんだね」

まあ、彼の事だから心配もいるまいと、街への帰還をのんびり待つことにしていたのだが。

それにしても、まだお城にいたとは。

「それが、『お姫様』と一緒にいたらしいんですよ。これってすごくないですか?」

「お姫様と? それはまた……」


 この国のお姫様は、普段身体の調子がよろしくないのだとかで、人前に姿を現す事は滅多にないのだと聞く。

式典や街で行われる祭など、王様や王子が顔を出すような場でもまず見ることはない。当然私も顔は知らない。

ただ、このあたりの国では一番綺麗なお姫様だとか、とても聡明で歌声が大層美しいのだとか、色々な噂は聞く。

死ぬまでに一目お目にかかって見たいものだと思うが、まあ、そんな機会はこの先もあるまい。


「パパもお姫様を見たことなんて滅多になかったから驚いたらしいです。あの勇者さん、お姫様に目通りが叶う位にすごい人だったんですね」

すごいすごい、と、娘さんは興奮気味に話す。結構ミーハーな娘だったらしい。

気持ちは解らないでもないが。


「……なんとなく、面倒ごとの臭いがするなあ」


 ただ、私はというと、そんなのんきな気分にはなれずにいた。

きっと彼は、また大変な事に巻き込まれているのではないか。

いつものようにそれを二つ返事で受けているのではないか。

なんとなく、そんな気がしてしまった。

それはとても彼らしいのだが、城内での問題となると、個人が簡単に介入して良い問題ではない事も多い。

複雑な人間関係。政治的な対立。王位継承問題。王妃と妾の対立。様々な状況が考えられる。

カオルは人が善いから、そんなの考えもせず受けてしまうのかもしれないが、それは彼にとっても、場合によっては国そのものにとっても危険な事になりかねない。

その人の為だからと、安易に手を出して良い事ではない。

解決したからと、皆に褒められるような簡単な問題ではないかもしれないのだから。


 その後、娘さんと一言二言適当に話して、場を濁すように店から出たのだが。

なんとも、不安な気持ちになってしまった。

彼ならば心配いらぬと思ったはずなのだが。

本当に大丈夫だろうかと、心配になってしまったのだ。

私は、もしかしたら心配性なのだろうか?

自分では、そんな事はないと思っていたのだが。



 数日後、カオルからではなく、サララちゃんから手紙が届いた。

何故彼からではないのか。嫌な予感がしてしまう。


『衛兵隊長さん、お久しぶりです。サララです』


 あまり手紙を書くのが得意ではないのか、趣があるとは言い難い出だしから、すぐに本題に入ってしまう。


『とても大変なことになってしまいました。カオル様が、お姫様を連れてお城から逃げてしまったのです』


「……えっ」

思わず声に出てしまう。カオルがお姫様を連れ出したと? 城から逃げたと?

目を見開き、続きを追う。


『お城の兵隊さんたちは皆カンカンになってカオル様を追いかけています。私はカオル様の命令でベラドンナさんと一緒に離れているのですが、カオル様が心配です』


――私も心配だよ。

こちらは声に出なかったが、胸の中の不安が一気に大きくなったのを感じた。


『もしそちらにカオル様が向かったなら、どうか、助けてあげて欲しいのです。こんな事は隊長さんにしか頼めません。お願いします』


 なんとも困ったものだった。

彼女は事情を詳しく知らないのか、この手紙にはそれ以上の詳細な説明は書かれていない。

手紙の右下には鈴とリボンをつけた黒猫のイラストが描かれていたが、それきりである。

ただ、カオルがお姫様をさらった事。

そして、城兵に追い回されているらしい事。

この二点のみがはっきりしている。

つまり、カオルはまたもや大事件に巻き込まれている。いや、その渦中にいたのだ。

「……参ったな。全く」

懸念していた通り、もといそれ以上の面倒ごととなっていた。

つくづく想像の斜め上を突き進んでくるというか、驚かせてくれる男だった。

カオルを助けてくれとサララちゃんは書いてくれたが、私にどうしろと言うのか。

かくまえと言われても、流石に国のお尋ね者になられれば立場上どうしようもないのだが。



「いやあ、すまねぇ。迷惑かけちまった」

そして案の定。カオルは私の部屋へと駆け込んできた。

色白の、可愛らしいお姫様を連れて。

「まあ、君の事だからこうなる気はした」

幸い、まだ街には指名手配は回っていない。

もしかしたら、国が事件そのものを隠そうとしているのかもしれないが。

「それで、そちらの方は――」

「――っ」

あまり人慣れしていないのか、お姫様はちらちらと私のほうを見はしたものの、声をかけるとすぐに英雄殿の後ろに隠れてしまった。

ちょっとだけ傷つく。

「照れ屋さんなんだよ。気にしないでやってくれ」

どうやらカオルは、お姫様にも中々に信頼されているらしかった。羨ましい。

「それで。事情を説明してもらおうか?」

「ああ。勿論だぜ」

お姫様のことはともかくとして。

いつまでも状況を把握できないのは辛いので、先を促した。

カオルも解ってはいたのか、どかん、とベッドに腰掛け、説明を始める。



 まず、お姫様が年頃になった為、結婚相手を探す事になったという話から始まった。

それ自体はめでたいはずなのだが、お姫様はそれを嫌がり、反発したとの事。

元々は余りわがままを言わない性分だったのだが、その候補者に問題がありすぎたのだ。


 候補者は二人居た。一人は国政を司る大臣の倅。

ろくに働きもせず女の尻ばかり追い掛け回しているらしい。

そして困ったことにお姫様の幼馴染だった。


 もう一人は、国の有力な大貴族。

こちらはロリコンだと専らの噂で、歳若い少女にしか興味を向けない変態だと言われている。

そしてお姫様の叔父でもあった。

どちらも王家とは繋がりもあるし、家柄だけを見るには申し分ない相手なのだが。

よりにもよって自分の夫の候補者の二人が二人ともろくでもないのを知り、お姫様は「流石にそれだけは嫌」と、猛反発したのだ。


 事態はそれだけに留まらない。

お姫様が反発したのは相手方の所為だと、互いの候補者とその周りの者が対立し始め、城内は剣呑な雰囲気になっているのだという。

王様もそれをどうこうする事も出来ず、ただ見ていることしか出来ない。

片や大臣の倅。片や弟の大貴族。下手を打てば国が割れる事請け合いである。

このままでは血で血を争う内乱へと発展してしまう、と、聡明なお姫様は考えたのだ。



「……それで、君にさらって欲しいとお願いしたのか」

「俺もびっくりだよ。偉い人からの頼みごとは済んだんだけど、帰ろうとしたらお姫様にお呼ばれされるんだもん。それで聞いてみたら『私をさらってください』だぜ?」

「それは驚く……」

私が彼の立場でも仰天させられたところだろう。

そして、そうと聞けば、きっと断れなかっただろうとも思った。

「まあ、事情はわかったよ。そのような状態だと、じっとしているだけではほとぼりが冷めるとも思えないが……何にしても、しばらくはここで暮らすと良い」

国のためなら、お姫様をさらうのも仕方ないかもしれない。何よりご本人の意思なのだから。

問題は、その所為でカオルが誘拐犯扱いで追い回されている事と、場合によっては私自身が共犯扱いになりかねない所だが。

「すまねぇっ、恩に着る!!」

だが、なんとなく、それもいいかと思ってしまった。

別に捕まりたい訳でも罪人になりたい訳でもないが。

この英雄殿の為なら、それ位の事はしてやってもいいじゃあないか、と。

気がつけば、私もかなり、彼に肩入れしていた。


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