#3.今日は、陛下の真意をお聞きしたく参りました。どうぞよしなに
「そろそろ頃合だ。これ以上の時間稼ぎは、私には難しい」
俺、お姫様、ベラドンナ、サララ。
四人が四人共、目的の為動き、考え、ようやく全てがまとまったと感じられた丁度その夜。
衛兵隊の本部から戻った兵隊さんは、真剣な顔で俺達にこう伝えてきた。
これからどうするんだ? という意味も兼ねてだろうから、安心させてやる為にもできるだけ明るく振舞う。
「ありがとな兵隊さん。兵隊さんが時間を稼いでくれたおかげで、なんとか解決策を見出せそうだぜ」
お姫様も隣でうんうんと頷く。
ようやく慣れてきたのか、兵隊さんの前でもそこそこ普通に振舞えているらしかった。
もうちょっと早く慣れられれば、いろいろ兵隊さんとコミュニケーションをとることもできたんだろうが、そこが残念でならない。
「これ以上迷惑もかけてられないし、俺達は一旦城に戻る事にするよ」
そう、これ以上ここにいる理由はない。時間稼ぎは終わった。それは兵隊さんも解っている事。
「大丈夫なのかね?」
だが、城に戻ると俺が言うと、兵隊さんは難しい顔をしていた。
心配してくれているのだろう。捕まってしまうとか思ってるのかもしれない。
だが、大丈夫だ。俺は、今度も勝つ。
「問題ないぜ。その為に色々考えてる。サララとベラドンナが良い仕事してくれたよ」
ベラドンナは蝙蝠の姿で城内の様子を探ってきてくれた。
サララはどうやったのか解からないが、何故かお姫様でも知らないような国の政情がらみの隠れたスキャンダルを集めてきた。
ご丁寧に、大臣の倅とロリコン貴族の二人分、良いバランスでだ。
「今はむしろ、少しでも早く城に戻らないといけないんだ。邪魔が入らなくなったところで、今回の話の裏にある問題を解決しなくちゃいけない」
今回の問題を解決する上で、一番邪魔なのは城兵隊だ。
城兵隊長のトーマスは生粋のお姫様信望者。
城の兵士達も、追いかけてきたときの形相を見る限り、多分お姫様大好き。
数々の武勲を立て国に貢献したトーマスは、立場的には下手な貴族より上な位で、王妃や侍女長とも対等に、ともすればその命令を無視できるほどの権威を持っているらしい。
幸いというか、お姫様を守ることを至上の喜びと感じてるとかで、その辺り真面目に発揮してる事はあまりないらしいのだが。
あのおっさんのおかげで城内の争いはぎりぎりの所で留まっていた反面、その所為で改善させることもままならなくなっていたのだ。
一度どこかではじけてしまえばここまで酷く膨らむ事もなかったのに、王妃も侍女長も延々ガス抜きもされないままトーマスに頭を押さえつけられていた。
両者の反感、圧迫感、そして敵対心は大いに溜まっていったはずだ。
だから、トーマスが居ない今、『黒幕』達は心のまま、好き放題に暴れあっているだろう。
今まで押さえつけられた分だけ、邪魔者がいない間に互いを潰そうと、より派手に動くはずだ。
そんな中でも王様が動かないのが不思議だったが、お姫様曰く、王様は平和主義者らしいので、なんとか両者が傷つかずに済む方法を考えていたのではないか、との事。
まあ、そんな簡単な方法があれば誰も苦労しないんだが。
覚悟が決まっている事を伝えると、兵隊さんは安堵したように頬を緩め、そしてまた、キリ、と引き締める。
「城兵隊は南の海に向かっている。恐らく、一月二月は戻って来れまい」
ありがたい知らせだった。それだけの猶予があれば、俺達にでもなんとかできる。安心して取り掛かれる。
「解った。それまでには何とかしてみせるよ」
ここからはもう、タイムリミットが始まっている。急がないといけないだろう。
お姫様も解ってか、頷く。手を引くと、そのまま一緒に立ち上がった。
「無理するなよ。手伝える事があるなら言ってくれ」
こんなに力になってくれたのに、まだ手伝ってくれる気なのか。
兵隊さんの人のよさには感心する。俺なんかよりずっと英雄っぽい。
少なくとも俺の知ってる『英雄』ってのは、こういう風に自然に善意を前に出せる奴らだ。
俺みたいに、英雄になりたいなりたいって無理矢理前に出てるようなガキじゃない。
だから、そんな自然に振舞える兵隊さんに、心底『いいなあ』と思ってしまった。
「いいや。これ以上頼れないよ。ありがとうな」
甘えられない。この人に甘え続ければ、きっと俺はいつまでも甘えてしまうからだ。そんなのは嫌だった。
だから、頼るのはこれで最後だ。逆に俺の方が頼られるようになってやる!
「あー、ごめんなお姫様。その、結局兵隊さんと話させてやらなくて」
馬車に戻ってからの事だった。御者席についた俺は、荷車の中、ぽつんと座るお姫様に声を掛ける。
部屋から出るとき、お姫様が最後に兵隊さんをじーっと見つめていたのには気付いていた。
多分、何か言いたかったんだと思う。おしゃべりの一つもしたかったはずだ。
ずっと好きだった男の部屋にいたのに、結局一言もまともに話さず出て行く事になったのは、心残りなんじゃないかと心配になった。
だが、お姫様は静かに首を横に振る。
「いいえ。今は私事より、お城の未来の方が優先です。それに……」
「それに?」
「あの方は、私のことを覚えていないようでした」
寂しそうに微笑む。見覚えのある顔だった。辛そうな泣き笑い。ずきりと胸が痛む。
「まあ、ずっと昔の事だったんだろ? 子供の頃の事って、結構忘れちゃうよ」
やるせない。なんて声を掛ければ良いのか解からないから、適当に言うしかなかった。
段々と震えが大きくなる肩と瞳。顔を見ていられなくなって、視線を逸らしてしまう。
真っ暗な街の入り口。シン、と静まり返ったこの場所で、お姫様の言葉だけが響いていた。
「そうかもしれませんね。だけど、ちょっと寂しくて。そんな簡単に結ばれるなんて思ってませんでしたが、実際にそれに直面すると、なんだか、耐えられなく――」
後ろから聞こえてくるしゃくり声に居心地の悪さを感じて、俺は馬に鞭を入れる。
馬車は走り始めた。
隠し切れなくなったのか、抑えられなくなったのか。
馬の蹄の音、馬車のガタゴトという車輪の音でも覆い隠せないほど大きな声で泣いているのが、耳から離れなかった。
泣いてる女の子一人慰められやしない、情けない英雄だった。
向こうの世界でもうちょっと女の子と話したりしてれば、そういうのは解ったんだろうか。
そう考えると無性に悔しい。
モテなかったことにじゃない。モテないからって女の子から離れていた自分が、そんな程度の事すらやろうとしなかった自分が憎たらしかった。
だって、俺の後ろで泣いてるのはお姫様だ。すごく可愛い。ちょっと思い込み激しいが、素直で真面目な良い子だと思う。
俺が惚れてる女の子は他にいるが、惚れてなくたってこんな子が泣いてたら辛い。苦しい。
ほっとけないじゃないか。なのに、かける声の一つも思いつかないんだ。
こんな奴が英雄になりたいとほざいて、ちょっと功績立てた位でいい気になって、調子に乗ったりしていたんだ。
女の子は、泣かせたら負けなんだと思う。笑わせなきゃ駄目だ。
照れさせても良いだろうけど、とにかく泣かせるのは駄目だ。
こんなに辛い針のムシロは初めてだった。
別に、誰が悪いって訳でもないのに、自分がすごく悪い事をしたみたいな気持ちになる。
泣くに任せるしかないっていうのは、心に重く響いてしまう。
女の子の泣き声がこんなに聞いてて悲しいものだったなんて、全然知らなかった。
だから、思った。
『あいつ』は泣かせないようにしたいなあ、と。
俺が惚れてる女の子は、多分そんな簡単に泣いたりはしないだろうが。
お姫様と違って割と好き勝手しちゃういい加減な奴だから。
俺なんかよりずっと口が強い、わがままな猫みたいな奴だから。
でも、だからこそ、そんな奴が泣いてる所なんて見たら、きっと俺は死んでしまう。
色々考えなきゃいけないな、と思った夜だった。




