#2.ええ、呪いの方はもう。勇者様が私を救ってくださったのです
それからしばらくの間兵隊さんの部屋に潜伏させてもらう事になったんだが、中々に大変な日々だった。
お姫様はわがままを言ったりしないが、流石に女の子なので着替えやなんかの際には部屋を出ていなきゃいけないし、寝るときは兵隊さんが気を利かせて部屋はお姫様のために譲り、俺と兵隊さんは空いた倉庫で雑魚寝する事になっていた。
兵隊さんが仕事に出ている間は、サララが兵隊さんに宛てた手紙を元に、俺からサララへの手紙を送ってみたり、これからどうするかをお姫様と話し合ったりもした。
というより、それくらいしか出来る事がなかった。
状況が変わったのは、潜伏し始めて三日目の昼の事。
いよいよやれる事がなくなり、話題が不真面目な雑談ばかりになりはじめた丁度その時、兵隊さんの机がガタガタと震え始めた。
地震かと思ったが部屋は揺れていない。そもそも地震がこの世界にあるのかも分からないが。
「ばわーっ」
「うぉっ」
「きゃぁっ」
ばたん、と、突然開いた机の引き出しから現れたのは、小さな蝙蝠だった。
そう、ベラドンナである。一体いつの間に机にもぐりこんだというのか。
「ベラドンナッ、お前、どうやってここに――」
俺の姿を見つけるや、キーキー嬉しそうに周りを飛び回っていたベラドンナ。
いや、俺も再会できたのは嬉しいんだが、ここにいる理由が解からないと混乱してしまう。
俺の言葉に反応してか、ひとしきり飛び回った後、満足したように地面に降り立ち、ぼうん、と煙が飛び出す。
「けほっ」
お姫様はむせてしまった。俺もちょっと息苦しい。
何せ窓が閉められた部屋だ。けむっぽい。
「げほっ、ごほっ――こふっ」
「お前もむせてるのかよ!?」
煙を出した張本人が一番苦しそうだった。
「も、申し訳ございませんカオル様。この姿に戻ったのが久しぶりだったもので、つい――」
そういえば街からお城に行くまでの一週間はずっと蝙蝠のままだった。
もしかして、そのままずっと蝙蝠の姿でいたのだろうか。
「そんなに快適なのかよ蝙蝠」
「ええ、まあ。かなり。身体もすごく軽く感じますし、風に流されるのも結構気持ち良いです」
俺の使い間は俺の知らぬ間に蝙蝠ライフを満喫していたらしい。
「あの、カオル様……? この方は、その、背中の翼とか、もしかして――」
問題はお姫様だった。
当然だが、ベラドンナのことなんて話してないし、その正体なんて知るはずもない。
背中に黒い翼を生やした女なんて、何であるか想像するのは簡単だろう。だから先手を打つ。
「俺の使い魔のベラドンナだ。こう見えても敬虔な女神教徒だから安心していいぜ」
「趣味は一日一度の礼拝と懺悔です」
とても人畜無害な悪魔だった。
「そ、そうなのですか……? カオル様がそう仰るなら、まあ……」
お姫様も結構流され易い人だった。
色々心配になってしまう。俺が悪党だったら大変な事になってるはずだ。
「それよりベラドンナ、お前サララと一緒に城から逃げてくれてたんじゃなかったのか?」
「逃げましたよ。サララさんは『アッサム』という村にいますわ。私は、カオル様が無事かどうか確かめたくて、こうしてこちらに」
「どうやって来たんだよ」
「『魔法の机』というものがありまして。悪魔なら割と誰でも使える古典的な魔法らしいのですが、それによってあちらの村から瞬間的に転移いたしました」
机を手で指しながら「便利な魔法ですよねぇ」としみじみ語る。
「……俺達なんて一週間以上かけて街に戻ったってのに」
悪魔すげぇという驚きよりも、ここに戻るまでの俺達は何だったんだというやるせなさに支配された。
「それはそうとカオル様。私どもはまだしばらくの間村に隠れていればよろしいのですか?」
「いや、城から逃げてきたは良いんだが、下手に街をうろつけなくてな。これからどうしようか途方に迷ってたところだ」
お姫様の目論見通りなら、お姫様不在によって王妃にも侍女長にも不都合が生じるはずだから、その間に時間が解決してくれるはず、というものなのだが、現状、本当に解決に向かっているのかの確認が出来ない。
だが、とても都合の良いことに、ここにベラドンナがやってきてくれた。俺はついている。
「ベラドンナ、すまんが、サララと協力して上手いところ城の様子を探ってきてはくれないか? あ、サララが邪魔ならベラドンナ一人でやってくれてもいいんだが」
「サララさんはサララさんで、カオル様が心配すぎて寝不足になってますけどね」
オチをつけたつもりが、こっぱずかしくなるような事を教えてくれやがった。
意外と可愛いところがあるじゃないかサララめ。できれば見える場所でそういう所を見せてほしいが。
「でも、かしこまりましたわ。他に何かご注文は?」
「あの、できれば、でいいのですが、私の結婚相手の候補者の二人の弱みを何か握ってきていただければと……」
何か考えるように黙っていたお姫様が、横からか細い声でぼそぼそと言う。
「大臣の倅とロリコン貴族の駄目なところを探してくれ。できれば一発アウトになるような奴。なければこつこつと溜めるからとにかく一杯、何でも良いや」
「かしこまりました」
そんな都合よく見つかるかは分からないが、上手く見つかればしめたものだ。
ひとまずそれでお姫様の結婚騒動は治まるだろうから。
こうしてベラドンナを介して、向こうにいるサララとも容易に連絡が取れるようになり、やれる事が一気に増えた。
お姫様は方々に手紙を書いてもらい、この問題がこれ以上深刻にならないようにする為の歯止めを利かせようとした。
侍女長側を止めるために侍女長の主である側室に。
王妃側を止めるために父親である国王に。
それぞれ自分の今の状況と、何故そうまでして城から出たのかを詳しく説明し、事態を収拾してくれるように願ったのだ。
俺はというと、ベラドンナが逐一机でやってきては報告してくれるので、その中で特に痛そうな組み合わせを選び、お姫様と相談しながら『どっちも共倒れになってくれそうな丁度良いバランス』に罪状をまとめていく。
ベラドンナが報告する度にお姫様の顔がどんより曇っていくのは、もう慣れた。
俺も色々付いていけないような痛い内容だったりするんだが、まあ、こんな奴らが旦那になってしまうかもしれないお姫様の絶望は、生半可じゃないだろうとも思った。
顔も知らない、名前も知らないやつらだが、この二人には確実に潰れてもらう。
サララはサララで独自に何か動いているらしいのだが、ベラドンナにも詳しくは知らせていないらしい。
無茶はするなと伝言してもらったので、まあ、とんでもない事はしないだろうと思うが。




