#3.もし大人になれたら、お嫁に貰ってくれると約束もしてくれました。だから私は――
「私も、もう縁談が上がってもいい位の歳になってしまいましたので、そういう話が出るのは覚悟していたのですが……困ったことに、この『相手』の方達が少し、いえ、すごく、なんといいますか……大変な方達でして」
ものすごく話しにくそうに、遠まわしに説明する。
きっと、人の悪口とか言うのが苦手な子なのだろう。
それでも言わなくてはいけない辺り、よほどアレな相手なのだろうか?
「そんなにやばいのか?」
「ええ……二人いるのですが、二人ともが……何故そういう人選になったのかも解からないのですが、どう考えても国が傾くとしか――」
それはお姫様としても困るだろう。
自分の結婚相手が国を傾けると解るような地雷じゃ、そりゃいくらなんでも無理ってもんだ。
「なんでまたそんな相手なんだよ? 政略結婚とかか?」
「解りません。ただ、私の結婚相手を、という話になって、声を挙げたのがそのお二人しかいなかった、という事らしいのですが……これって、私に魅力がないのが悪いのでしょうか?」
がっくりしていた。心なし、魂が抜けかけているようにも見える。
お姫様からしてもショックな出来事だったのかもしれない。
何せ自分の夫になってくれるかもしれない男がほとんどいなかったってことになる訳だし。
普通の女ならともかく、お姫様という立場上、それは辛いものがあるんじゃ、っていうのは解る気がする。
「そんな事ないぜ。お姫様はすごく可愛いと思うぜ。多分誰が見てもそう思うはずだ」
なのでとりあえず全力で否定する。
こんな可愛いお姫様が旦那募集なんて掛けたら、普通なら色んな男が手を挙げるはずだ。
俺だって、サララと出会わなかったら解ったもんじゃなかった。
「ありがとうございます。実は少し自信を失くしかけていて……ちょっとだけ安心できました」
「自信持って良いと思うぜ。俺の連れもかわいいけど、お姫様と違ってちょっと性格に難があるしな。そんな奴でも、俺は一緒に居たいと思う位だ。お姫様なら選り取りみどりだよ」
「……くすっ、カオル様ってユニークな方ですね」
どうやらどん底からは立ち直ってくれたらしい。愛らしい笑顔が溢れていた。
「候補の一人、こちらは大臣の長男で、私の幼馴染なのですが……この方は度を越して女好きでして。何度父親から諌められても直らないのに、私の候補になってしまって。正直困惑しています」
「幼馴染ならある程度勝手が知れてるんじゃないか?」
「ええ。まあ。女性に優しいのは悪い事ではないのですが、彼の場合はその……ちょっといやらしいのが問題なので」
どうやら下心全開だったらしい。欲望丸出しは確かにちょっと恥ずかしい。
「優しい殿方は素敵だと思います。ですが、会う女性会う女性いやらしい目で見るような方とは、結婚なんてできません」
どうやら相当苦労させられているらしい。幼馴染が変態だと色々大変そうだ。
「もう一人の方は……こちらは私の叔父上なのですが」
「叔父上って……そんなに若いのか?」
「いいえ。今年で四十七になるらしいですわ。歳相応のお顔立ちでらっしゃいます」
お姫様が見た目からして十四かそこいらだろうから、四十となるとちょっと……いや、かなりの差だ。
「まあ、歳の差がありすぎると抵抗があるよな」
「あの方はどちらかというと歳の差があるほうが嬉しいようですが……私がまだ十にも満たない内から、毎年のようにラブレターを送ってきましたし」
正直気持ち悪かったです、と、お姫様はまたトーンダウンする。
「ロリコンかよ。しかも姪っ子にそれはちょっと――」
ロリコンってどこの世界にでも出没するもんだなあ、と、変な方向で感心してしまった。
目を付けられたお姫様としてはたまったものじゃないんだろうが。
「お姫様は、その結婚の話が上がった時に何もしなかったのか? 今の話だと流されるままになってたように聞こえるけど」
「そんなまさかっ!? 私とて、出来る限りのことはやりました。お父様に何度も『その二人との結婚だけは許してください』とお願いしましたし、お二人にも諦めてくださるように手紙を送ったりしたのです」
努力の末の今らしい。なんとも無念そうだった。
「……だというのに、それが悪かったのか、今度は候補者のお二人が対立するようになってしまって……実は、城内の様子が悪くなったのは、これが一番大きいのです」
つまり、お姫様が結婚相手を拒絶した所為で、城の空気が悪化した。
そう考えると、お姫様としては居心地が悪いだろうなあ、というのも解る気がする。
「じゃあ、俺はその問題を解決すれば良いのか? でもそうは言っても、そういうのって難しい『せいじ』だか『ないせい』だかの問題だろうから、俺にはどうすればいいのかも解らんな――」
英語なんかと違って社会はそこそこ得意なほうだが、それでも褒められた点数なんて取った事はない。
ましてここは異世界だ、そんなのは何の役にも立たないだろうとも思う。
だが、そうこうぶつぶつ考えていると、お姫様は静かに首を横に振った。
「いいえ。カオル様にお願いしたいのは、それらの状況を、少しでも緩和する為の物なのです。私一人ではどうにもできないので、部外者の方にお願いしたいと思いまして」
どうやらやる事は決まっていたらしい。
俺一人がが考えられる事は限られてるから、やる事が決まってるならやりやすくて助かる。
「それで、何をすれば良いんだ?」
その先を問うと、お姫様は、どこか、何かを覚悟したような、キッとした目で俺を正面から見た。
「その……私を、このお城からさらってくださいませ」
「ふう、ようやく一息つけるぜ……」
――以上、これまでの回想。
少し経ち、額の汗をぬぐいながら、手綱を持つ手を緩めてぐったりする。
もう城も大分小さくなっていた。ここまで距離が開けばしばらくは大丈夫だろう、と。
「ごめんなさいカオル様。無理を言ってしまって――」
荷台の中で、同じように息を整えながら、心苦しそうに眉を下げているお姫様。
「いいって事よ。それがお城のため、国のためになるっていうならな。少しくらいの無茶は英雄の専売特許だよ」
血相変えて追いかけてくるトーマス以下城兵の皆さんはドラゴン顔負けな迫力に満ちていて、正直ちびりそうな位怖かったが。
こんな時も余裕の表情だけは崩さない。
城に置いてきてしまったサララだけちょっと心配だが、あの夜の内にベラドンナに頼んで逃がしてもらっている手はずだ。
落ち着くまでは近くにある村に隠れているように言っておいたので、まあ、大丈夫だろう。
「でも、目的地があの街っていうのは意外だな。身を隠すならもっと色んなところがあるんじゃないのか?」
俺達の逃げ込む場所は、もう決まっている。
お姫様の指定で、俺が城に来るまでの間暮らしていた街に行く事になったのだ。
「あの街は地理的にお城から遠く、その合間にいくつか村があるので、行き先のかく乱ができます。更に多方面に向けて馬車が出ていますから、いざという時に逃げるのにも向いていますわ」
なんとも賢い。とても合理的だ。お姫様すげぇ。
「それから……これは噂に聞いた話なのですが、最近あの街の衛兵隊長に就いた方が……」
「兵隊さんか?」
「お知り合いなのですか? その、私の聞いた通りなら、黒髪の、目の下にほくろなどがあったような――」
「ああ、じゃあやっぱ兵隊さんだな。俺の友達だよ」
お姫様の耳にまで入るなんて、兵隊さんも中々やるもんじゃないかと思ったが。
どうも、お姫様の様子がおかしい。
「……やっぱり、そうだったんだ……」
どこか熱っぽいような視線で、何もないところを見ていた。
「お姫様?」
「あっ、いえ、その……」
声を掛けると、わたわたと手を前に出していた。
「何かありそうだな」
いつまでも後ろを見ているわけにも行かないので、また前を向く。
相変わらず緑の砂漠状態。
幸い街道だけははっきりしてるので、その通り進めばいいだけだから楽なんだが。
「実は……ずっと会いたい方がいたのです」
後ろから、蚊の鳴くような小さな言葉。
ガタゴトという馬車の音にかき消されそうな、耳を澄まさなきゃ解からないような声だ。
「その、子供の頃に、一度だけ、お城で遊んでいただいた方なのですが――」
なるほど、初恋の人とかそういう奴らしい。
「それが、黒髪で目の下にほくろがある人なのか?」
「は、はい……」
そういえば、ずっと前に父親に連れられて城に行った事があるとか言ってた気がする。
その時に出会ったんだろうか。
兵隊さんめ、ガキの頃からスケコマシだったのか、と、ちょっとだけ呆れてしまった。
「でも、それ位の特徴なら割とどこでも見かけそうだけどな」
だからというわけでもないが、意地悪をしてみた。
実際問題、黒髪の男なんてこの国にはいくらでもいるし、目の下にほくろがあるのだって、まあ、珍しいといえば珍しいが、いない訳でもないだろう。
もしかしたら兵隊さんみたいにお城に行った事のある奴がいるかもしれない。
「いいえ。私、その方が帰ってしまった後に、お父様に聞いたのです。それで、その方がお父様のお友達の方の子供だったこと、どこの村で暮らしているのかとか、その……色々調べました」
ちょっとだけこのお姫様が怖くなった瞬間だった。
恋する女は手段を選ばないものらしい。
ストーカーじゃねぇかと思うが、このお姫様の場合権力まであるから怖い。
「それで……その方が、カオル様と共に功績を挙げたらしいと聞いたので、お父様に街の衛兵隊長に命じていただくように進言して――」
更に兵隊さんの出世の内情がわかってしまった。できれば知りたくなかった。
兵隊さんの功績が認められてとかじゃなくて、お姫様の純然たるひいきがかかっていたのだ。こんなに哀しいことはない。
「私としては一刻も早く城勤めをしていただいて、ちょっとずつでも立場の差を埋めていければと思ったのですが、いきなり城兵に任じたのでは城内で色々と問題も起きてしまうでしょうし、あの方の立場も考えてここは――」
そして語りだしたら止まらなくなった。
「まあ、お姫様が兵隊さんの事好きなのはわかったよ。すごく良く解った」
「……はぅ」
まだ『好き』という言葉を表に出されると恥ずかしいのか、お姫様はそれきり黙ってしまったが。
まあ、今回の逃走劇も、半分位はお姫様の願望がない交ぜになってるんだろうと思う。
そんなにシリアスなもんじゃないのだと解ると、ちょっとだけ肩の力が抜けた気がした。
これでいい。俺の旅なんて、気楽なもんでいいんだ。
「とりあえず、しばらくは緑の砂漠だからさ。覚悟してくれよお姫様」
また一週間。この光景が続く。
俺は馬車の運転なんて素人だから、もしかしたらもっと続くかもしれない。
サララもベラドンナも居ない、ほとんど見ず知らずだったお姫様との二人旅。
少しは気楽に行きたいもんだと思いながら、また、馬に鞭を入れた。




