#2.あの方は、そんな私に「大丈夫だ」と言ってくれたのです
「お待たせいたしました、姫様。彼の英雄殿をお連れ致しました」
城の離宮。その中庭のような所で、その人は俺を待っていた。
輝く金色の、ちょっと癖っ気気味な髪。
ピンク色の可愛いドレス。白い肌に突き抜けたような青い瞳。白いグローブが指先を守る。
美人というより可愛いという位の年頃。全体的に華奢に感じさせる女の子だった。
まあ、『いかにも』なお姫様がそこに立っていたのだ。
「城兵隊長さんの主って言うから、てっきり王様に呼ばれたのかと思ったぜ」
「うむ。カオル殿、紹介しよう。我らが主、ステラ王女である。この国の第一王女で、王位継承権第一位であらせられる」
何が嬉しいのか、自慢げに鼻息荒く紹介を始めた。
その点お姫様のほうは慎ましやかで、ぺこりと頭を下げて微笑むばかりである。
「私は、この姫様をお守りする事に心血を注いでおる。命を掛けていると言っても過言ではない。それほどまでに深い忠誠心を抱いて――」
「トーマス、もういいです」
熱く語り始めたトーマスを、お姫様はばっさり切り捨てた。
「しかし、姫様――」
「この方とお話がしたいので呼んで貰っただけですから。貴方はもう、持ち場に戻ってください」
なんで、という顔をしていたトーマスを気にも掛けず、お姫様はトーマスを追い払う。トーマスはちょっと泣きそうだった。
「で、では、近くにて待機しておりますので」
「しなくて良いですわ。ここには私達以外はいないはずですから。それより、お城の中が怖いのです」
「……はっ」
ただ単に厄介払いしたいだけじゃなく、何か理由があるらしかった。
トーマスもそれを察してか、それ以上食い下がろうとはせず、ぺこり、頭を下げる。
それから、俺の顔を見た。ちょっと凄みを利かせていた。怖い。
「私は故あって離れるが。姫様に何かあらばこのトーマス、すぐはせ参じる故。つまらぬ事はしてくれるな?」
「言われなくても何もしないよ」
この人は敵に回しちゃいけないなあと思う。多分洒落にならない。
何かの根拠があるってもんでもないが、すごくやばい気配がしたからだ。
「うむ。では姫様、失礼致します――」
ちょっとだけ無念そうに、トーマスは庭から去っていった。
俺とお姫様、二人だけになる。
サララは呼ばれてなかったらしいが、となると、本当に二人きりになってしまったのだろうか。
ちょっとだけ、自分から話しかけるには勇気がいる状況だった。
何せ相手は本物のお姫様だ。
どこぞの猫を被った猫耳娘なんぞと違って、最初からお姫様として俺の前に立っているのだ。
加えてすごく可愛い。
俺は自分ではサララ一筋なんじゃないかなあと思ってはいるが、そうは思ってもついつい緊張してしまう。
「……トーマスはいつもああなのです。普段は真面目で勤勉なのですが、どうにも暑苦しく感じてしまう事があって――」
「ああ、なんとなく解るぜ」
きっと普段からああやって姫様姫様やってるんだろうなあ、と。
あんなのにまとわりつかれたら鬱陶しくて仕方ないだろうし、このお姫様なりに苦労してるのかもしれない。
「でも、本当に、頼りになる者なのです。彼のおかげで、このお城はまだ、大変な事にならずに済んでいますから」
お姫様の瞳が、少し悲しげに揺れているのに気付いた。
なにやら話の本題に入ろうとしているらしいのにも。
「今、このお城では、二つの勢力が存在しているのです」
「勢力?」
「はい。一つは、継承権第一位の私を神輿にする、わが母、王妃の勢力」
指を一本立てる。
「もう一つは、継承権第二位の、私の弟を神輿に立てようとする、侍女長の勢力」
二本目を立て、目を閉じる。
「この二つが今、城内、水面下で激しくぶつかりあっております」
城を案内された時は全くそんな様子はなかったように感じたが、実際はかなりどろどろらしい。
『本当は怖いお城の真実』とかそんな感じだろうか。できれば関わりたくなかった。
「お姫様は、その、弟さんと対立してるって事か?」
まあ、問題そのものは解り易そうだった。
王位継承権くらいは俺でも解る。次の王様を決めるレースみたいなものだ。
つまり、勝ったほうが王様になれるから、勝ちたくて争いになるんだと思うのだが。
お姫様は首を横に振る。一瞬で俺の頭の中の前提が音を立て崩れ去った。
「私は、弟と対立したいなどと思っておりません。私が継承するにしろ、弟が継承するにしろ、事を荒立てたくない、というのが、私も弟も、互いに抱いている本音です」
つまり、今の状況は本人たちには不本意なもの、という事なのだろうか。
「ですが、このままだと恐ろしい事になってしまうのです。カオル様、どうか、私に力を貸してくださいまし」
「……詳しい説明をしてくれよ」
祈るように俺を見上げるお姫様。こんなシチュエーション、まさに「それっぽい」じゃないか。
これを断ったら本物じゃない。
何より、こんな可愛いお姫様にそんなすがるようにお願いされたら、英雄や勇者じゃなくても返事は決まってるようなものだ。
だから、先を聞きたいと思った。詳しく知らないと、何も出来ないと思ったんだ。
「ありがとうございます」
お姫様は安堵したようにほう、と息をつく。
それから、気付いたように庭の真ん中にあるテーブルを手で指した。
立ち話もなんだから、という事なのだろう。
「対立そのものは弟が生まれてから始まっていたのですが、城内が今の様になってしまったのは、私に縁談のお話があがった事が発端なのです」
二人、ティーテーブルに着き、話が続く。
いや、続かせる前に、手を挙げてそれを中断させた。
「その前にちょっといいか? 王妃様は解るけど、なんでその対抗馬が侍女長なんだ? 侍女長ってアレだろ? メイドみたいな服きて偉そうにしてる人だろ?」
難しい話に突入する前に、まず真っ先に浮かんだ疑問を問う。
例えばこれが王妃とお妾の対立なら話はシンプルだ。
だけど、どれだけ偉そうにしてたって侍女は侍女なんだから、王妃と対立できるような立場にはならないはず。
勿論ただの俺の思い込みで、もしかしたらこの世界では侍女長が王妃並に偉いのかもしれないが。
「そうでした。私とした事が、その背景から説明していませんでしたね。ごめんなさい」
口元を手で押さえながら、お姫様はまずそのあたりから説明を始めてくれた。
「侍女長は、元々はお妾殿がお城に入る以前から付いていた侍女なのですが、その関係もあってか、弟が生まれた際に、お妾殿直々に乳母となるようにお願いされたらしいのです」
「乳母って、王子様を育てたって事?」
「そうです。お城の外にはあまりない風習なのかもしれませんが、王族は直接両親に育てられるのではなく、教養のある、模範とすべき親代わりの人間に育てられるのが当たり前でして……」
親がいないなら仕方ないが、親がいるのに親に育てられないって、何か寂しいものがある気がするが。
説明するお姫様はそれほど寂しそうでもないので、王族にはそうでもないのかもしれない。
「お妾殿自身は、お母様の後からお城に入った事もあり、あまり王位には固執していないようなのですが。ただ、侍女長はどうしても弟を王にしたいらしいのです」
「面倒見てるうちに可愛く感じちゃったとかか?」
「――恐らくは。それ自体は悪い事ではないのですが」
弟もよく懐いてますし、と、お姫様は苦笑していた。
ここだけならほんわかとした話なのに、と、ちょっと残念な気持ちになる。




