#2.なのにあの人はいつもあの兵隊さんの事ばかり気にして
こうして、街や村の脅威は意外なほどあっさりと去った。
兵隊さん達の機転で教会へと連れて行かれた女悪魔は、シスターによる熱い説教の末きっちり毒抜きが行われた。
ついでに事件の黒幕であるゲロなんたらは徹底的にきつい封印をしてもらう事となった。
子供達は無事街に戻ったし、母親たちからも感謝された。
なんとも感動のエンディングだ。悪くない。
「――んで、あんたはどうするんだよ?」
後は、毒抜きが行われた後のこの女悪魔の処遇だ。
「……迷惑をかけてしまったお詫びは、しなくてはいけないと思うのですが」
いつの間にか白いドレスに着替えた女悪魔。やたらおどおどとしていた。
どうやら正気に戻ったらしく、素のままではそこまでエキセントリックなキャラクターはしていなかったらしい。
話が通じるのって素晴らしい。
「シスターから言われたのです。『貴方はまだやり直せる』と。ママにはなれないかもしれないですが、人の生まで捨てることはなかったのだ、と」
「まあ、俺もそう思うよ。ていうかあのシスター、あんたの正体知ってたんだな」
街でそれとなく話を聞いた時も、その時はわからなかったがちゃんとヒントをくれていたのだ。
それに気づくのが本人と対峙した時だったのがちょっと皮肉だったが。
「あの方は……子供を亡くしておかしくなりかけていた私に、生きることの大切さを教えてくれたのです。励まし続けてくれていたのです」
目を瞑り、静かにうつむいていた。懺悔する様に。
姿はまだ悪魔そのものだが、どうやら今の彼女は人間の頃の心を取り戻したらしい。
「だけど、あの時の私は、全てがどうでもよくなっていたのです。そんな時に、『人間などやめてしまえ』と、声が聞こえるようになって――」
「おっかねぇ話だなあ」
怪談はあんまり好きじゃなかった。子供の頃それでトイレにいけなくて漏らしたトラウマがある。
異世界に来てまで怖い話は聞きたくなかった。
「今後の事なのですが……シスターは教えてくださいました。悪魔は、契約によって人との間に『労使』のつながりを持つ事が出来るのだと」
「労使の繋がり?」
契約とかは漫画とかでもよく聞く話だから、悪魔っていうのはやっぱり認識的には向こうと同じでいいのだろうか。
「つまり、私が貴方の役に立つよう働き、貴方がそれを使う、という事ですわ」
「よく解らんが、使い魔とかそんな感じのアレか?」
「使い魔というと蝙蝠だとか犬みたいな感じなのですが……」
どうやらちょっとニュアンスが違うらしい。難しくてよく解らない。
「ですが、カオル様が私にそれを望むのでしたら、そういう姿になりましょう」
「まあ、あんたの姿は目立つから、変身とか出来るのならその方が助かるけどな」
サララと二人の頃はそうでもなかったが、何せこの女悪魔、見た目からして明らかに目立つ。
猫耳を生やした女の子くらいでは誰も気にしないが、さすがに背中に羽を生やした女はまずいだろうと思う。
「では、普段は私は蝙蝠の姿になりましょう。何か用事の際には元の姿に戻りますので、ご用事はその際に」
「おっけー」
何やら契約が成立したらしい。
勇者なのに悪魔を連れて歩くのとかアリなんだろうか。
まあ、俺一人だと面倒な事も多いし、仲間は多いに越したことは無い。
少なくとも彼女はまっとうに戦えば俺より強いし、サララみたいにドラゴン以外には無力なんて事はないのでいざって時に安心できるかもしれない。
「そういえば、あんたの名前をまだ聞いてなかったぜ」
一番肝心な事を忘れていた。契約云々とか話してる場合じゃない。
仲間の名前も知らないとか話にならん。
「私ですか? お好きなように呼んで頂いて構いませんが……そうですね。『ベラドンナ』とでも読んでいただければ」
「ベラドンナか。なんかすごく良い女っぽい名前だな」
よく解らないが名前の響きはかっこいい気がした。
「気に入っていただけたようで何よりですわ」
ベラドンナは静かに微笑んでいた。
さて、問題はサララにどう説明するかだが。
「――それで、サララちゃんは怒らなかったのかい?」
「めっちゃ怒ったよ。『浮気モノ!!』とか言いながら引っ掻いてきやがった。なんとかなだめたけどな」
「ははは、君も大変だな」
ようやく事件も落ち着いてきたので、兵隊さんにお呼ばれされて、のんびりと喫茶店なんかでくっちゃべっていた。
男二人で、というのも変な話だが、村に居た頃はよく相談に乗ってもらったりしたし、懐かしさを感じてしまう。
「兵隊さんは知らないかも知れんがな、あいつはキレると無茶苦茶な事言い出すんだぜ。ほんと、面倒くせぇよ」
「まあ、サララちゃんじゃなくても、女の子っていうのは結構理不尽な怒り方するものだよ」
「そういうもんなのか」
サララと一緒にいるようになって結構経つが、未だに女ってのはよく解らない。
些細な事でいきなり不機嫌になって引っ掻いてくるし、そうかと思えば次の瞬間にはニコニコ笑ったりするし、ちょっと情緒不安定すぎないかと思ってしまう。
「しかし、君に女の子の愚痴を聞かされるようになるとは思いもしなかった」
実際俺の顔は引っ掻き傷だらけなのに、兵隊さんは他人事のように笑っている。
俺の愚痴なんかはギャグに聞こえるのか、腹を抱えていた。
「兵隊さんはどうなんだよ?」
「私か? 私はそんなにモテないからな」
「はははっ」
中々高度なジョークだった。つい笑ってしまう。
「……?」
特に本人に自覚が無いのがウケる。
この人くらい女の子にモテる人なんて元の世界でも見たことない位だってのに、自分ではそんなことないって本気で思ってるんだから笑うしかない。
「いや、まあいいけど。じゃあ、女以外の愚痴も聞いてくれよ」
「構わんよ。君の話を聞くのも久方ぶりだ。こんな風に過ごすのも、たまには悪くは無い」
でも、なんだかんだ、この人は俺の話をちゃんと聞いてくれる。
俺が英雄だからとか勇者だからとかそんなのは関係無しに。
他の人と仲良くなるのに沢山色んな事をしたけど、この人にだけは最初から頼れたんだ。
「いや、参ったよ。どこから来たとか言われたって、俺、自分の世界の名前とかしらねーし」
話題は変わる。今は、お互いの近況の話だ。
丁度ベラドンナが仲間になってすぐ後に、この国をまとめてる偉い王様の遣いが街にやってきた。
衛兵隊長のフリをしていたあの髭の悪魔。
あいつはなんでも、とんでもない大物だったらしいのだ。
これはシスターから聞かされたんだが、世界各地で暴れ回り、方々で凶悪な呪いを振りまいた『魔神』とか呼ばれてる悪魔の、その最後の一人だったらしい。
特に厄介なのが『猫化の呪い』で、猫にされてしまった人間は特別な儀式を経なければ元に戻る事すらできないのだという。
最近ではどこぞの獣人のお姫様が城内で襲撃を受け、遊び半分で黒猫の姿に変えられてしまい、そのまま行方知れずになっているのだとか。
あの猫被りめ、とんだ嘘つきだった。
そんな訳で、王様の遣いから色々細かく細かくこまかーく質問攻めを受けた俺達は、今、かなり疲れている。
ぐんにゃりしていた。やる気なんてもうない。
「君もつくづく自分から面倒ごとに突っ込んでいくねぇ」
兵隊さんは笑う。皮肉ってる訳ではないんだろうが、皮肉にしか聞こえない。
今回の件なんて、知らんぷりしてれば俺にもサララにも何の関わりも無く過ぎ去った問題だ。
でも、あの時、あの瞬間に食堂のおかみさんに声を掛けなかったらと思うと、怖くなってしまう。
あれがなかったら、サララに連れられあの食堂に行かなければ、今、俺の前でお茶を飲んでる人とは多分、二度と会えなくなっていた。
俺の好きだったあの村は、悪魔だかどこからか涌いた盗賊だかドラゴンだかに襲われていたかもしれない。
今となれば『そんなことはなかった』と笑えるが、今だからこそ、道を間違えた未来に進んでいた時の絶望がわかってしまう。
つくづく、英雄志望でよかったと思う。自称勇者でよかったと思う。女神様様々だ。
そのおかげで、俺の大切な友達は無事だし、俺の好きだった村は今も平和だし、仲間も増えたんだから。
「でもどう? 結構英雄っぽくなってきてね?」
俺は、この人の前で遠慮なんてしない。
自信たっぷりに笑ってやる。彼には俺がどんな風に見えているのか。
小憎たらしく見えているなら良い気味なんだが。
「ああ、そうだね。英雄っぽいと思うよ」
兵隊さんは嘘をつかない。いつだって正直だし、はっきりと言う。
だから俺は、この人の前では、英雄でも勇者でもなんでもなかった。
「やったー!! 兵隊さんに認められた!!」
――ただ、この人に認められて嬉しいだけの、ただの異世界のガキだったんだ。
それから、俺達が城にお呼ばれされた事を教えたり、兵隊さんが出世した事とかを聞いたりしたんだが。
そんな時間なんていつの間にか終わってて、お互い、また別れることになった。
村の時と同じで、俺は兵隊さんに見送られて。
兵隊さんは街の人達と一緒に、馬車に乗った俺をずーっと見続けてくれていた。
……何度目でも、慣れないものだった。
「また会えますよ」
ぽんぽん、と優しく肩を叩いてくれたサララに「解ってるよ」と強がる事も忘れない。
「今度は、乗り間違えないようにしないとな」
精一杯の皮肉を言いながら、もう一度、しっかりと街の方を見て。
目元をごしごしこすってから、いつものようにサララをからかってやった。




