#3.何の話かですって? 別に、ただのとりとめのない欝話ですよ
そうして塔に向かった訳だが。これがまた、意外なほどにすんなり入り込めた。
扉は開いたままだったし、塔を登っている間も特に何かがあった訳でもない。
俺はまた、てっきり女悪魔の手下とかがわんさかいて、ゲームみたいにちぎっては投げて頂上を目指すものだと思ってたのだが、拍子抜けしてしまった。
ただ、その中の一室がとても特殊で、意外すぎる光景に満ちていた。
「……ベビールーム?」
一面真っ赤な絨毯。大き目のベッドの上に、子供たちが眠っていた。
死んでいた訳じゃないのは、子供たちの寝息や寝返りでわかった。一安心だ。
小さな子供向けなのか、見覚えのあるガラガラ玩具や絵本、簡単な楽器、それから積み木など、色んなものが地面に置かれていた。
天井にはくるくると回るあやし風車。なんともメルヘンチックだった。
「サララ、何人居る?」
「――二十三人。さらわれたという子供たちの人数ぴったりです」
これにて一件落着。
いや、そんな訳には行かない。
「そもそも、なんでこんな子供部屋がこんな塔の中にあるんだ?」
「そんなの私が知りたいです……」
二人、困惑してしまう。
多分、塔に住み着いたのだという女悪魔がこういう部屋にしたのだろうが、それにしても意味が解からない。
いや、子供達が無事そうなのは何よりなんだが、何故こんな事になったというのか。
色々凄惨な結末とかを覚悟していた分だけ気が抜けたというか、意外に平和的に終わりそうな気がしてしまったというか。
「とりあえず、サララはこの子達を起こして街に戻ってくれよ」
まずはこの子達の身の安全、それから早期の帰還が重要だ。無事な理由は後で考えれば良い。
「うぇぇっ!? わ、私、子供とかあやすの苦手で――」
だが、サララは素直には受けてくれなかった。
そうだ、この猫娘は酷く不器用な娘だったのを忘れていた。
「いや、そこは力強く『解りました』って言ってくれる場面だろ……」
なんとも締まらない。こういう場面でそういうのは求めてないのだが。
「なっ、わ、解りましたよっ。やります。やってみせますよっ」
呆れそうになっていたのが伝わったのか、サララはキッと眉を吊り上げた。
「貴方のサララは、その気になれば何でもやれるんですからっ」
なんか火がついたらしい。心強いような、逆に不安なような。
それから、ちょっと気恥ずかしい事を頬を赤くしながら言ってるのは気付かないフリをした。
気付いてない。気付いてないからな。自然に流してるからな。
「とりあえず、頼んだぜ。俺は女悪魔とやらを探してみる」
子供は無事。そのままサララが街まで連れて帰れればひとまずは話が落ち着く。
だが、女悪魔が野放しのままでは同じ事が繰り返されるだけだ。
最悪もっと悲惨な事になるかもしれない。さらわれた子供が、次も無事な保障なんてどこにもないんだから。
「……カオル様。サララは信じてますから。無事に街で落ち合いましょうね」
微塵も心配してくれていないらしい。この猫娘、にっこりと微笑んでいやがる。
そんなに信頼されたら、頑張らないといけない気になってしまう。
「任せな」
俄然、気合が入る。勇んで、塔の最上階を目指した。
最上階は、思いのほか殺風景だった。
なんにもない。ただ広い空間が広がっていた。
「貴方は?」
そして、そこにそいつは居た。いかにもな角に尻尾にでかい翼。女悪魔だ。
「俺か? 俺は――勇者だ」
にやりと笑って聞かせてやった。
村では英雄を名乗った。街では勇者を名乗っている。
『自称勇者なんていくらでもいるから都合が良い』というサララの助言に従った結果だった。
「そう。勇者殿が何の御用かしら?」
女の指先は真っ赤に染まっていた。マニキュアとかじゃない、少し錆びた赤。女は微笑んでいた。
どこか後ろ暗いような、影を感じさせる顔だ。
綺麗な顔には勿体無いが、年上好きな奴ならこういう雰囲気はたまらないのかもしれない。
「街の子供たちを助けに来たんだ。あの子達のママが、今も泣いてる」
それは、すごく辛い光景だった。母親を泣かせるってのはこんなに嫌な気分なのかと、他人なのに感じずにはいられなかった。
「そう――」
女悪魔は、微笑みを少しばかり崩す。悲壮感とのないまぜになったような顔。
どこか、街で見た母親たちの顔に似たものがあった。
「私もね、悲しい思いをしたわ。頑張って恋をして、頑張って愛し合って。そして、やっと産んだあの子を、やっと生まれてきてくれたあの子を、失ったの。私は、ママになれるはずだったのに、ママになれなかったの」
一人語る女悪魔の背は震えていて。
邪悪に感じるはずのその黒いドレス姿は、なのに、とても小さく、か弱いもののように感じてしまった。
「ママにね、なりたかったの。もう一度。私が愛した人は、あの子を産んだ時にはもう死んでしまって。だけど、ママになりたかったの。街には、可愛い子供が沢山いて。幸せそうなママが一杯いて――私だけ、私一人だけこんななのが、理解できなかったの」
「……」
「受け入れられなかった。そんな人生に。だから、石をくくりつけて飛び降りたの。水に溺れて死のうとしたの」
どこかで聞いたような欝話だ。それもごく最近に。
――あのツンデレシスターめ、実はデレてたのか。解りにくいヒント寄越しやがって。
「貴方も、私からあの子達を奪うの? 私はママになりたいだけ。あの子達を幸せに育てて見せるわ。皆からママって呼ばれたいだけだもの。傷一つつけない。最初は泣いてた子達も、今はもう、私のことを慕ってくれてるわ」
「奪う気はねぇよ。あんたの『あの子』は俺には奪えない。だけど、あの子達の『ママ』はあんたじゃねぇ。あの子供達は、自分たちのママの所に帰らなきゃいけねぇ」
「奪うのね?」
「逆だろ。あんたが奪ったんだ。あのママ達から。あんたが、子供を奪ったんだ!」
最初は、話が通じるのかと思ってしまった。
説得すればそのまま落ち着いてくれるんじゃと思ってしまった。
だけど違う。こいつは、やっぱりおかしい。
少なくとも今は、俺の話を聞いてくれるような状態じゃないらしかった。
「貴方も同じだわ。私からあの子達を奪おうとしたあの兵士達と同じ!! やっぱり、あの男の言った通りだったのよ!!」
「――あの男?」
「あの男が私に言ったのよ。『お前から子供たちを奪う奴らが来る』って。本当に来たわ。だから殺してやったのよ!!」
なんとなく、聞きたかった言葉が聞けた気がした。
それだけで、この塔に来た価値はあった。やっぱり、行動すると色々わかることがあるなあ、なんて、妙に冷静な自分が居る。
「死になさい!! 私のあの子を奪う奴なんて、皆殺してやる!!」
ばさり、翼を開き、女悪魔は宙に浮かんだ。
爪が伸び、目は大きく見開かれ――俺に敵意を向けまくっていた。
「……冷静にしてやんなきゃダメか」
相手は衛兵隊三十人をボロ雑巾にした化け物だ。果たして俺に対処できる相手なのかどうか。
まあ、丸呑みにされる事はなさそうだから、頑張ればなんとかなるだろう。
変な呪いとか使ってこない事を祈りながら、俺は女悪魔を迎え撃つことにした。
「あー、しんどかった」
終了。勝利。俺、すごい頑張った。
塔の最上階は屋上へと変貌していた。
理由は明確、棒切れカリバーがかすりもしなかったからだ。
なんと言っても素早すぎた。
投げつけても既に残像だったとかどうにもならない。
早々に女悪魔に攻撃を当てるのを諦めた俺はサンドバックという名の時間稼ぎに移行。
偶然塔の窓からサララと子供達が脱出したのが見えたので、勝つために腹をくくる事にした。
いや、腹を抉る覚悟というかなんというか。
死ぬほど辛い目にあう覚悟だ。ゾンビみたいな勝ちをもぎ取る覚悟だ。
棒切れを逆向きに持ち、自分の腹にぶっ刺した。
当然、爆裂した。塔の上層は空間ごと吹っ飛んだし、俺も何度も焼き尽くされた。
何度も何度も死ぬほどの激痛と生殺しの回復を味わいながら、それらが収束したのが今さっき。
盗賊だったらもろとも消滅していたはずだが、この女悪魔は意外と頑丈なのか、これを喰らっても尚死んではいないらしかった。悪魔すげぇ。
まあ、死なれてもそれはそれで後味が悪すぎるんだが。
「――張りますっ」
しばしボーっとしていた中、どこからか男の声が聞こえた気がした。
意識が飛びかけていたのをなんとか取り戻し、多分まだ下の階に繋がってるであろう階段を見た。
かた、かた、と、鉄っぽい音。何かが登ってくる。
黒幕のご登場か? とちょっとばかり気を張る。
棒切れを構える。まだそこかしこ痛いが、なに、大した問題じゃない。
いざとなればまた腹にぶっ刺せば良いだけの話だ。不死身万歳。
そして、階段を登ってきたその顔が見えた。すごく見覚えのある顔だった。
「あれ? 兵隊さんじゃね?」
「……カオル!? こんな所で何を――」
――それは、とても懐かしい顔だった。俺の恩人が、そこに立っていたんだ。




