#2.悪魔だってなんとか倒せる
カオルが村から旅立って半年ほど経った頃か。
村は平穏無事なままだったが、私には変化が起きた。
街の本部からの召集命令。何やら都会の方では大きな問題が起きたらしいのだ。
幸いにしてこの村には若い男衆が多く居るので、村の守りはそれほど心配も要らないのだが。
出来る限りのことづけをして、村の人達としばしの別れにしんみりしながら、私も街に向かったのだ。
別れ際、村長の娘さんが何か話したそうにしていたのが忘れられない。
村の皆の前だったので遠慮していたようだったが、声をかけておくべきだったのだろうか。
そこだけが悔やまれるところであった。
まあ、用事が済めばまた戻れるだろうから、戻った時にでも聞くとしよう。
「諸君には遠路はるばるご苦労、と言った所であるが、状況は切迫しておる。説明から入らせてもらうぞ」
街では、本部の衛兵隊長殿が私達地方よりの兵に小難しい説明をしてくれた。
それによれば、どうやら最近、東の塔に住み着いたのだという凶悪な女悪魔が街から子供をさらって回っているらしい。
既に犠牲になった少年少女は二十を超え、この上はやむなしと、増援として各地の兵を集めたのだという。
そもそもの街の守護としてついていたはずの衛兵達はどうなったのかと言うと、これも悲惨で、悪魔相手に勇み挑んだものの、あえなく蹴散らされ、壊滅したのだという。
衛兵隊長殿は後方で指揮を執っていたので無事だったが、多くの衛兵は土の下かベッドの上、というのが実情。
ドラゴンをも倒す衛兵隊を容易く蹴散らす悪魔を相手に、烏合の衆とも言える地方の兵ばかり五十人ほど。
確かに数は多いが、即席で集められ、まとまりに欠ける我々にどう戦えというのか。見ものである。
「なに、心配する事はない。勇気を持ち、命がけで挑めば、必ずや一矢報いる事が出来るはずだ」
衛兵隊長殿の力強いスピーチを聞くと、なんとなく衛兵隊が壊滅した理由が良く解った気がした。
恐らく私達も同じように、いや、より悲惨に散っていくのだろうと、半ば覚悟もできた。
事前に覚悟が出来るのだから良い指揮官である。そう思い込まなければ臆してしまいそうだった。
「では、準備が整い次第悪魔の元へと向かうぞ!! 覚悟を決めよ!!」
休む暇すらなく、衛兵隊長殿が前へ進めと仰った。
すらりと腰から剣を抜き、びしりと悪魔のおわす塔の方角に向ける。
前進する。街の中を往く。私達は死地へと向かわなくてはならない。街の人達が声援を向けてくれた。
前進する。もうすぐ街のはずれだ。隣を歩く兵士が震えているのに気付いた。
前進する。街から出ると、塔はすぐに目に入った。距離はかなりあるというのに、なんとも巨大な塔。
「いやだ、戦いたくない」という臆した声が後ろから聞こえた。
前進する。後ろから、つんざくような悲鳴と、『ゾブリ』という肉から何かを引き抜く音が聞こえた。塔は目と鼻の先だ。
前進する。気が付けば私が一番前を歩いていた。
塔に入る。気が付けば衛兵隊長殿はいなくなっていた。
突然の指揮官不在にその場の全員が混乱していると、開いていた入り口の扉が閉められてしまった。これは罠だ!!
鈍鉄の扉は蹴破れない。剣で突こうと体当たりしようと破れない。
――進むほかなかった。登るしかないのだ。
登って、悪魔とやらを倒すしかない。あるいは、死ぬほかないのだ。
絶望的な心境の中、それでも正気を保てたのは私も含めて五人ほど。
残りの四十四人の内、半分位は狂乱の中自害したり扉に頭を強く打ったり口論の中殺しあって死んだ。
いずれも現実から逃避したらしい。
残りの半分は怯えに怯え、前に進む事が出来ずにその場に立ち止まってしまっていた。
彼らは時間による解決を望んだらしい。ある意味賢明である。
五十人が同時に登れそうな巨大な塔の中、進むのは五人ばかりだった。
私と、私より年少の少年じみた兵士と、ベテラン風の落ち着いた年配、私と同い年位の青年、それから若い女の兵士。
ある意味バランスが取れているな、と、笑ってしまう。
「こんなところで笑えるなんて、肝が据わってますね」
女兵士に褒められる。別に褒められるような事でもないと思うが、こんな時はそういう強がりも必要なのだ。
「まあ、ロクに動けん奴らばかりよりは、少数精鋭の方が却って良いかも知れん」
「そうですね。邪魔が入らない分、動きもとりやすいですし」
ベテランと青年も、今の状態をむしろプラスとして捉えていた。
「……」
しかし、少年兵は勇気を振り絞ってはいたものの、辛そうにしていた。
「坊主、怖いなら無理すんなよ。逃げたって良いんだ。生き残れよ」
「そうそう、俺達も化け物と戦うのは初めてなんだ。怖くて仕方ない。だから恥ずかしくないぞ」
「大丈夫よ。お姉さん達が守ってあげるから」
皆優しかった。このような状況だ。
ここにいる五人は、五人ともが百年来の親友のようなものだった。
「なに、案外どうにかなるもんさ。悪魔だって衛兵隊との戦いで深い傷を受けてるかもしれん。勝てる戦いだよ、これは」
言った私自身が、そんなのは儚い希望論だと解ってはいたが、それでもこの少年の心の支えにでもなれば、と思ったのだ。
「……はいっ!! 俺、頑張りますっ」
少年は決心が付いたらしかった。私達は、死に往く覚悟を決めた。
歩きながら、街に向かったカオルはどうしているか、彼なら、こんな時どうしたのだろう、と、ふと思ってしまった。