#3.そしてサララは強かった
「――つまり、あんたはさっき俺の後ろついてきてた黒猫だったっていうのか?」
「ええ、その通りです」
女の子の説明が終わり、ようやく俺にも状況が飲み込めてきた。
彼女の名前はサララ。
『猫獣人』という種族の女の子で、ハンターとして各地を転々としていた所を悪魔に呪いをかけられ、黒猫の姿にされてしまっていたらしい。
最初は気付かなかったが、頭には猫の獣人らしく猫っぽい三角状の耳がついてふよふよしていた。これが目印らしい。
全裸だったのは、呪いをかけられた時に着ていた服をその場に置いてきてしまったから。
あまりに長いこと猫のままだったのでそんな事すら忘れて、そしてさっきのサービスタイムに至る訳だ。
村から持ってきた袋の中に都合よく代えの服があったので、今、彼女はそれを着ている。
背が低いので俺に合うサイズでもだぶだぶ。
おかげで下のほうは上手いところ隠れてくれた。
もうちょっと短かったら俺の中のリビドーが危なかったかもしれない。
「さっきのおっさんとはどういう関係だったんだ? 埋まったまま放置してきちゃったけど」
「黒猫になった所を誘拐されて、猫かわいがりされてました」
どうやらただの猫好きのおっさんだったらしい。
よくも分からず倒してしまったが、なんか悪いことをしてしまったかもしれない。
「――すごく気持ち悪かった。なんか寝るとき裸になってたし。猫の姿のまま犯されるのかと思ってしまいました」
そしてサララにとってはトラウマな日々だったのも良く解った。
ガタガタ震えている。心底辛かったのだろう。怖かったのだろう。
まあ、自分が猫だったらあんなおっさんの胸に抱かれて寝るとか恐怖以外の何物でもないだろうから、サララの恐怖はある程度想像はできる。したくないが。
案外、ペットと飼い主ってこういう感覚なのかもしれない。犬は違うと思いたい。
「とにかく、貴方のおかげで救われました。私は自由になったのです!!」
そして結構テンションが高い子だった。背が低い所為でコミカルで見てて面白い。
「――という訳で、恩返しさせてください」
「恩返し?」
「そうです」
童話とか感動名場面的な番組でしか聞かないような台詞に、つい、ぴくんと耳が動く。
「猫獣人は、受けた恨みは百倍にして返しますけど、受けた恩も三倍くらいにして返すものなのです」
恨みに対する恩の比重がやたら小さい気もするが、まあ損はしないみたいだからと黙っている事にした。
「とにかく、お役に立ちますよ。私」
「何か料理とか作れるのか?」
「ごめんなさいお料理はちょっと苦手で――」
「洗濯とか」
「洗濯と乾燥で服を五着ダメにした事があります」
「掃除とか裁縫とかは?」
「我が家ではお掃除とお裁縫はメイドの仕事と決まっています」
「……食べる事は?」
「大好きです!! 甘いのとか特に大好き!!」
「寝る事は?」
「すごく好きです!! 陽の当たるところとかなら一日中寝ていたい位!!」
「遊ぶのは?」
「好きすぎて家庭教師の宿題忘れるくらいに好きです!!」
サララはすごくダメな子だった。
今の会話から何かの役に立ちそうな気配が全然しない。
ああ、こっちの世界でも俺みたいな奴いるんだなあと思うと、ちょっとだけ親近感も涌いたが。
俺ですらこっちの世界にきてからは頑張ってるのに、なんでこの世界の住民がこんなだらけてるんだと思ってしまう。
まあ、人の自由なんだろうけど。
「さあカオル様!! 参りましょうっ」
そしてサララは勝手に仕切り始めていた。何か色々と面倒くさい。
「まずその『カオル様』ってのやめてくれよ」
むずがゆい。サララにとっては助けられたと思ってるかもしれないが、俺は別に助けたつもりも無い。
強いて言うなら自分に襲い掛かってきた変なでかいおっさんを倒しただけなのだ。
その位で様付けで呼ばれるのは、なんか違う気がしてしまう。
「じゃあマスター。マスター・カオルよ、どうぞご命令を!!」
「一人で強く生きてくれ」
「おほほほ、冗談がお上手なんですねカオル様は」
ダメだ負かせる気がしない。テンション高い女子ってどうも苦手だ。
こっちに来る前も、クラスのよく話しかけてくる奴とかが苦手でどうしても仲良くなれなかった。俺はチキンなのかもしれない。
早々にサララの制御を諦める事にした。ぶん投げる事にした。
結局、このままサララを連れて村に戻る羽目になったのだが。
都合よくというか、サララは村の人の前では見事に猫を被ってくれていたので、それ以上に俺が面倒ごとに巻き込まれることは無かった。
兵隊さんだけは苦笑いしていたが、あれはサララの本性に気付いてるんじゃないかなと思う。
後日。食材にレパートリーが欲しかったので、山菜取りの為に村の裏山に向かった時の事である。
山に詳しいのだと言うのでサララを連れてきたのだが、これが大活躍で、帰りにはカゴ一杯に山菜を積んで帰る事となった。
「いやー、まさかドラゴンがいるとはなあ」
「私もびっくりしました」
突然山が動き出したと思ったらドラゴンだったという冗談のようなリアル。
一目で「ああこれ勝てないわ」と思わされるトカゲの化け物は、その巨体の割りにびっくりする位機敏に動いて見せたのだ。
おかげであっさり崖際に追い詰められてしまった。空まで飛ばれたらどうにもならん。
棒切れカリバーも勿論活用しようとしたが、鼻息一つで吹っ飛ばされてしまった。
俺の全身よりずっとでかい口でこっちを丸飲みにしようとするその光景に、色んな感覚が吹っ飛んでいくのを感じさせられた。
RPGの勇者とかすごく偉大だと思う。
こんなの相手に毎日のように戦わされたら正気でいられる自信がない。
「まさかサララが一人で撃退するとはなあ」
そして、本物の化け物は俺の隣を歩いていた。
背は低く胸も小さな年下っぽい可愛い女の子の皮を被った化け物だ。
「ふふん。お役に立ったでしょう? 猫獣人の力」
サララはドヤ顔である。まあ、こんな時くらい許してやりたい。本当に助かったのだ。
「まあ、確かにお役立ちだったな」
サララがいなかったら今頃、俺はあの化け物トカゲの腹の中が永住の地となっていたに違いない。
だが、同時に疑問も浮かぶ。
「でも、そんなに強いのになんであんなおっさんに捕まったんだ?」
少なくとも、棒切れでどうにかできるくらいの相手ならサララなら実力でねじ伏せられそうだが。
ドラゴンが立った時に落ちた泥の所為でサララは全身泥だらけだが、戦闘ではほとんど一方的にぶちのめしていたように見えた。
むしろ泥の所為で服だの髪だのが汚れてブチ切れながら暴れまわってたように見えた。
バーサーカーだ。猫耳バーサーカーだった。敵に回してはいけない。
「いえ、私が強いのって化け物相手だけですから。もっと言うとドラゴンにしか効果ないので……」
褒められて頭をぽりぽり。だが、どうやらドラゴン相手以外では見た目相応の普通の女の子らしい。
ピンポイント過ぎる特性だが、役に立った以上ツッコミは入れまい。
「というか、順番が逆ですよ。私は呪いにかけられた後につかまったんですから」
「ああ、そうだっけか。何か違うと思ってたんだ」
人の記憶なんて結構曖昧だ。特に俺のはしょっちゅう抜け落ちるから困る。
女神様関係と同じで、きっとサララとの出会いとかも少ししたら完全に忘れてるに違いない。
それについて突っ込まれる度に、きっとこうやって笑って誤魔化すんだろう、俺は。
「でもおかげでほら、山菜たっくさんですよたっくさん。今夜は山菜パーティーですよ山菜パーティー!!」
そしてサララにとっては、ドラゴンや自分の話よりも今夜の食事の方がずっと興味惹かれるようだった。
『腹ペコバーサーカー・サララ』という謎のワードが浮かんだ。
「……まあ、いいけど」
こんな時の子供っぽいサララも結構可愛いと思う。
何せすっごく無邪気に笑うのだ。年下のガキにしか見えないけど。
おかげで村でも小動物的な需要でお姉さん達に人気があるらしい。羨ましい。
兵隊さんといい、女の子にモテる人が周りに多いのに、俺自身は別にモテないのはなんでだろうか。世の中って結構不公平だ。
いや、ある意味現実と同じなんだけども。
だから多分、これは女の子にモテる為の努力を怠っている俺の問題なのだろう。
気が向いたら改善する為に何かしてみようと思った。




