#3.そして皆に好かれていたんだ
それから詰め所に到着して兵隊さんに聞いたのだが、やっぱりというか、この村に武器屋なんていないとの事。
そもそも自分がいるから武器なんて扱う必要が無いし、村の男衆は農具や斧を武器代わりにするから問題ないのだそうだ。
拍子抜けしたが、ないものはないのだからどうしようもない。
俺にはもう、このちょっと臭い棒切れを武器にするという選択しかないのだ。
ならば、事実は事実として受け入れようじゃあないか、と。
結局その日はそれ以上何かする事もなく、寝る事にしたのだが。
これがなんとも、不思議な感覚だった。
溶ける様な、ぐんにゃりとしたような感じで、のんびりとしていた。
それが夢の中のような気もしたし、まだ寝てなくてうとうとしてるだけのような気もして。
だけど、俺の前には見覚えのある人が立っていた。
あんまり綺麗じゃないおばさん。ああ、『あの人』だ。
「女神様、死んだはずじゃねーの?」
「いえ、死にましたよ」
相変わらず女神様は素直だ。隠す気もありゃしない。
「カオル。元気に村で過ごせているようで何よりです」
しかも自分の死なんてほとんど触れずに話を進めやがる。
これが大人か。都合の悪い事は平然と隠せてしまう大人力なのか。
「最初の日はびっくりしまくりだけどな。水に映ってたのが自分だって解らなかったよ」
これは本当に驚かされた事だ。この世界での俺の姿は、元の世界でのそれと全く違う。
性別はさすがに一緒だが、なんていうか、背も高くなってるし顔つきも結構精悍になっていたのだ。
残念ながら超絶美形と言うほどでもなかったが。
「クスクスクス。まあ、慣れ始めているようで良かったですわ。適応できずに即日帰還とかしてたらどうしようかと」
「帰る方法、忘れちまったしな」
これは今だから解る事だが。俺は結構色んな事を忘れてる事が解った。
多分女神様に教わったであろう事の半分位は記憶にない。
帰る方法とか、この棒切れの使い方とか、そもそも何で女神様が俺を頼ったのか、とか。
女神様が死にかけで俺をこの世界に飛ばしたのは覚えてたから、まるで解らない事ばかりでもないんだが。
「きっと魂をこちらに移した際、記憶を司る部分のいくらかが私と一緒に消し飛んでしまったのですね」
さらっととんでもない事を言ってくれる。
勝手に俺の記憶を道連れにするのはやめてほしい。
「帰る方法、教えましょうか?」
「いや、いい。なんか女神様元気そうだし。知りたくなったら教えてくれよ」
幸いというか、この世界は結構居心地が良い。
風呂はないがそこら辺の川とか泉に入れば良いし、たまに嬉しいハプニングに出くわしたりするからそっちの方がいいとすら思った。
何が嬉しいって、ほとんど丸見えになってても相手の人が「やぁねぇもう」って笑って済ませてくれることだ。
向こうだったら覗きだとか痴漢だとかで逮捕されても不思議じゃないってのに、異世界のなんとおおらかな事か。
村は良い人達ばかりだし、当面生活するに困ることは無いだろう。
今の俺は肉を毎日食えている。
味付けは塩か酒というシンプルなものだがもう慣れた。
「そうですか。他に何か、知りたいことはありますか?」
女神様は安堵したように微笑んでいた。
なんだかんだ、俺の事が心配だったらしい。
この人もちょっと嘘つきだったり事なかれ主義だったりするけど、根は憎めないんだよなあ。
「そうだなあ。この棒切れの使い方教わって良いか?」
「エクスカリバーですか?」
見事に名前負けしていた。そして微妙に嘘をついていた。
やはりこの女神様は嘘つきだ。嘘つきな大人だ。
「エクスカリバーの模倣品だよな」
「覚えてるじゃないですか……」
女神様はちょっと悲しそうだった。
忘れたままならエクスカリバーで通すつもりだったのだろうか。
まさかそれで通ると本気で思ってたのだろうか。
「それで、この『棒切れカリバー』の使い方はどうすればいいんだ?」
こっちの方が似合ってる気がしたので今日からこいつは棒切れカリバー。
「あ、そんな。ダメですよそんな、折角授けた武器に変な名前つけては――」
「使い方は?」
女神様の言葉なんて気にも掛けない。
「――はぅ。棒の先端を前にして、先端で強く相手を突けばOKですわ」
「ほうほう」
「それだけで半径100mほどを空間ごと灰燼に――」
物騒にも程があった。
「もうちょっと弱くしてくれよ。俺まで巻き込まれるじゃないか」
「まあ、大丈夫ですよ。カオルは殺そうとしても死なないですし、どんな傷を受けても回復する私の加護を授けてありますから」
前は呪いだと言われた気がするが、まあ、耳当たりは悪くないので加護という方向で納得する事にした。
「ていうかそれ、別に棒切れのダメージ無効化するとかじゃないんだよな? 使ったらもれなく俺も痛いんだよな?」
「ええまあ、延々死に掛けて回復し掛けての繰り返しで数分~三時間くらい焼き続けられますね、多分」
「拷問じゃねぇかっ」
誰が使うかこんな武器。しかもブレ幅半端じゃねぇし。
「じゃあ、えーっと、別の方法を教えましょう」
他に方法があるなら最初からそちらを教えて欲しかった。
「棒を相手に投げつけてぶつけられれば、大体致命的なダメージになって相手を倒せますわ」
「だけど半径100mが焼かれるとかじゃないだろうな?」
「あはは、まさか。そんな事ないですよ」
やーねぇ、とまんまおばさんみたいに手をフリフリ笑う。すごく胡散臭かった。
「……まあ、いいけどさ」
致命傷になるのだって当たり所悪いだけなんじゃないかと思ってしまったが、投げつければ離れてる分、そこそこに安全だろうと無理矢理納得する事にした。
「カオル。今のままでいてくださいね」
漫才みたいな空気は、いつの間にかどこかへと消えていた。
シン、とした空気。女神様はやはり神々しくもなんともないし、足は無かったが。
真面目な顔をすると、『ああ、この人やっぱ女神様だわ』と思わされてしまう。
そんな説得力があった。今の俺には感じられた。
「――今のまま、人を助け、人の為動き、そして、自分の身につけていくのです。自信を。自分で頑張っていれば、いつか必ず、それは自分の自信となって身に付くはずです」
「……まだ実感が涌いてる訳じゃないけど、でも、女神様の言う事、信じる気にはなったよ」
「ありがとう。信じてもらえるって、嬉しい事なんです。信頼されるのは、こそばゆいかもしれないけど、でも、すごく心が救われる」
もうその手は無くて。もうその目には色が無くて。
だけど、女神様は、まるで百点を取った時の俺の親みたいに、満面の笑みで俺の顔を見ていた。
だから、俺は言うんだ。この人を、安心させてやりたいから。
「俺、頑張るよ。この世界で英雄になるって決めたんだ。だから、安心してくれよ」
英雄は、皆を助けるものなのだ。女神様ですら、救ってみせる。
最後に見た女神様は、死に際の辛そうな泣き笑いじゃなくて、心底安堵したような、救われたような顔をしていた。
まだ救ってやってもいないのに、気の早い女神様だった。




