#1.彼はすごくいい奴だった
気がついた時には、俺はもう、よく解らない所にいた。
目の前には木でできた何かが一面に。
しばしじっと見てて、それが何なのか解らず、とりあえず半身を起こす。
そこでようやく、自分がベッドに横たわってたのに気付いた。
身体が妙に軽い。見れば制服姿じゃなく、変な、ぼろっちい布切れを着ていた。
腰には例の棒切れ。それがさっきまでの出来事が夢じゃなかった事の証だった。
「……へくちっ!!」
肌寒い。くしゃみが出てしまった。
ティッシュ箱を探す。無かった。
――ベッド脇にティッシュ箱がないと不便じゃないか!!
驚きより先に怒りが噴出してしまうが、すぐにそれも冷める。
どこかの部屋だった。えらく狭い部屋。
木で出来た何かっていうのは、多分天井。木で組まれてるのなんて初めて見た。
これが『異世界』とやらなのだろうか。思ったよりは変じゃなかった。
ベッドはちょっと堅くて、元の世界の俺の部屋にあるのよりずっと寝心地が悪いけども。
後、部屋がやたら匂う。臭いわけじゃないが、なんというのだろう。
木の匂いなんだろうか。コンクリートやなんかじゃ感じられない独特の匂いが、女神様の言っていた『異世界』っぽさを醸し出していた。
「起きたようだね」
どうしたもんかとウロウロ部屋を見たりしてたが、そうこうしてる内に人が入ってきた。
若い男。俺よりちょっと年上位の、黒髪の男だ。
背が高くてヒョロそうだけど、腕を見ると結構筋肉もあったりで、鍛えてるらしいのが良く解る。
「全く、びっくりしたよ。村の巡廻をしてたら麦畑で倒れてるんだもんな」
ご丁寧に俺がこの異世界とやらにきた時の状況まで説明してくれる。なんていい人だ。
「お兄さんが俺を助けてくれたのかい?」
疑問を声に出してみる。声質に微妙な違和感があるが、思った通りの言葉が出た。
「ああ、そうだよ。思ったより元気そうで良かった」
どうやらちゃんと通じるらしい。お兄さんは安心したように笑っていた。
「お兄さんは誰なんだ?」
ちょっと直球過ぎるかもしれないが、ここがどこなのかも解からない。相手が誰なのかも解からない。
目の前のこのお兄さんしか頼れそうな人がいないのは俺でも解る。
幸い良い人そうだったので、名前位は教えてくれるだろうと思ったのだが。
「ん? 私かい? 私はこの村の兵隊さんだよ」
「兵隊さんか」
確かに、俺のボロ布よりはちょっとはマシなシャツみたいなのを着ている。
胸には薄い皮のベルトみたいなのが巻かれているし、もしかしたらこれが鎧的なものなのかもしれない。
兵隊って言うと、ゲームとかだと全身鉄の鎧を着てたりするもんだが、この世界で兵隊さんって言うとこんなもんなのだろうか。
思ったよりしょっぱい気がする。
「君の名前を聞かせてもらって良いかな? 呼ぶのにも『君』ばかりでは不便だ」
「ああ、俺の名前は……」
どうせ異世界だし、カッコいい名前でも名乗ってやろうかと思ったのだが。
「……」
「どうかしたのかね? まさか、思い出せないとか?」
「いや、その……うん、カオルだ。俺の名前はカオルっていう」
生憎と、それほどカッコいいのが思い浮かばなかった。
いや、カッコいいの自体はいくつか浮かんだが、今の俺の格好に見合ったものが無かった。名前負けしすぎる。
「カオルか。うむ、良い名前だ」
「ありがと」
社交辞令って奴だろうか。
自分では女っぽい名前だからあんまり好きじゃないんだが、褒められるの自体はそんなに悪い気がしなかった。
褒められるのも、そんなになかったから。
「一応、仕事柄教えてもらいたいんだが。君はどこから来たんだい?」
少し間を置いて、何かが入ったティーカップを片手に戻ってきた兵隊さん。
俺の前にカップを置いて、椅子に腰掛けながらそう聞いてきた。
「これは?」
「麦茶だよ。クズ麦を炒って作るお茶だ」
案外飲み慣れたものだった。
意味の解からない飲み物だったらどうしようかと思ったが、麦茶は好物だ。
遠慮なくいただくことにした。
「ぶはっ」
――予想外の甘さに、つい吹き出してしまった。
「ちょっ、甘っ、な、なんだよこれ!?」
「なんだ、って。麦茶だと言ったじゃないか」
「甘すぎるだろっ」
「砂糖が入ってるんだから甘いのは当たり前だ」
――砂糖だと? 麦茶に砂糖だと!?
「麦茶馬鹿にしてるのかあんたはっ!?」
「何を言ってるんだ君は!? 麦茶に砂糖を入れるのは当たり前じゃないかっ」
訂正しよう。やっぱりここは訳のわからない異世界だ。
飲み物まで訳の解らん基準になってる。
麦茶に砂糖なんて初めて聞いた。少なくとも俺はそんな文化知らない。
「そんなに口に合わないなら無理に飲まんでも良い」
俺の言ったことがそんなに腹立たしかったのか、兵隊さんはちょっと不機嫌になってしまっていた。
「いや、いいけどさ……ごめん」
落ち着いてみると、俺が全面的に悪い気がする。
折角出してくれた飲み物を吹き出して馬鹿にするなんて、ちょっとダメな事だ。
「――私も大人気なかった。君の住んでる地方では、麦茶は甘くないのか」
「ああ、うん。俺の世界だと麦茶は甘くなかったな」
理解ある人で助かった。
第一村人的な人がいきなり敵に回ったりするのは流石に洒落にならない。
しかもその理由が麦茶とか馬鹿馬鹿しすぎる。
そうならなくて良かった。本当に良かった。
「……世界?」
だが、兵隊さんは俺の言葉に何か引っかかるものを感じたみたいだった。
首をかしげ何か呟く。
「どうかしたの?」
「いや。私の聞き間違いだろうか。世界がどうとか言ってたように聞こえたんだが」
「聞き間違えじゃないぜ。『俺の世界』って言った」
「それはどういう事だい?」
どうやら俺の言った言葉の意味があまり理解できてなかったらしい。
異文化コミュニケーション、結構難しい。
せめて言葉が通じるようになってて良かったと思いながら、麦茶を一口啜る。
甘ったるいが、そうだと解ってるならこれはこれで悪くない気がした。
「俺、女神様に頼まれて異世界からきたんだ」
そう、この世界にきた理由。えーと、なんだっけか。よく思い出せないが。
そう、確か英雄とか勇者とかになる為にきたのだ。
「英雄になる為にな!!」
以上、俺の自己紹介、終わり。




