#1.俺はある日、うさんくさいおばさんと出会った
俺の名はカオル。しがない学生さんだ。
毎日好きなように遊んで、たまにテストで0点取ったりして怒られたりを繰り返してた。
学校で言うなら問題児って奴だろうか。
友達は多いが俺の顔を見ると難しい顔をする先生も同じくらいに多い。
自分では別に不良のつもりもないんだが、確かに学校をサボって一日ゲーセンに入り浸ったりっていうのはやってた気がする。
でも、それで人に迷惑かけたいとか、そんなつもりは全然なくて。
ただ、大人になったらきっとこうはいかないんだろうなって、周りの大人を見てそれとなく解ってたから、せめて今を楽しみたいと思っていただけだった。
「あーあ、またやっちまったよ」
学校からの帰り道だった。
手には赤字のバツ印しかついてない英語の解答用紙。
解からないなりに一生懸命全部埋めたのだが、この辺り英語は全然報われない。
英語教師にはもうちょっと人情味ってもんが必要なんじゃないかと思ってしまう。
「また怒られるかなあ」
なんともやるせない。親に怒られるのはあんまり好きじゃなかった。
今日び頑張ってるのに全然親から構われてない奴とかを見ると、それでも俺は恵まれてるほうなんだって思えはするんだが。
だからと言って怒られてもいいと思える訳もなく。やっぱり家に帰るのが憂鬱だった。
「でも小遣いももうないしなあ。あーあ、金持ちの家に生まれたかったぜ」
自分の生まれの不幸を呪う。別に恵まれない家庭に生まれた訳でもないし、そんな呪うほどのもんでもないだろうけど。
だけどやっぱり、こんな時は愚痴ってしまうものだった。
憂鬱な気分のまま、曲がり角を曲がる。
ここを曲がればもう家まで目と鼻の先。怒られる為に帰るのは嫌だが、仕方ない。
そう腹をくくった、そんな瞬間だった。
「なっ――」
ごうん、と、強い振動。
道幅ぎりぎりのでかいキャンピングカーが俺の視界に入る。
止まる様子なんてない。きっとこれがよく聞く『出会いがしら』って奴なんだろう。
俺は気付くのが遅れたし、向こうも気付けなかった。
ナビか何かを見てるのか、運転手の女はこちらを見てもいなかった。
――ああ、これ、死んだわ。
逃げようという無意味な思考より先に、諦めが浮かんだ。
意外とあっさりとした人生だったな、と、悲しさよりは変な達観があった。
涙の一つも流れない。そんな余裕もないだろう。
だって実際、車はもう目の前だ。今ブレーキがかかったって助からないのは馬鹿な俺にもわかる。
だってのに、俺には逃げ道の一つも用意されてない。終わった。終わってしまった。さようならだ。
ちょっとだけ未練だなあって思いはしたが、まあ、一瞬で死ねるならそれもアリかもしれないとも思う。
世の中には、苦しみながら死ぬ人だってたくさんいるんだって聞いた。
そうなるよりは、ぽっくりと逝っちまった方が、まだ幸せってもんじゃないか。
『生きたくはないの?』
だが、色々腹をくくってしまった俺の頭の中に、声が響いた。
それが何なのか理解するより先に、おかしな事が起きているのに気付く。
「……止まった?」
車が、俺に激突する寸前で止まっていた。
もう目と鼻の先。止まるはずもないと思ったが、奇跡的にブレーキか何かが間に合ったのだろうか。
まさか。でも、実際止まってる。
そして、なら車から避ければ良いんじゃと身体を動かそうとして、それも無理だと気付く。
――指の一本も動かなかった。
どうして、と、疑問が浮かんだ。
『ねえ貴方。まだ死にたくないのではないですか?』
「うわっ――」
声はやがて、光になる。
動き出す様子のない車に気を取られていた俺は、いつの間にか発生した光の束に目をやられてしまう。
まぶしい。とにかくまぶしい。
涙が溢れる。だが身体は動かない。閉じる事が出来ない。
まぶしいはずなのに、何故だかその光に惹き付けられていた。
『カオル。貴方に機会を選ぶチャンスをあげましょう』
そこには、白い衣に身を包んだなんとも神秘的な……いや、なんだこれは。
なんともいえない顔立ちのおばさんが立っていた。神々しさとかは特にない。
「おばさん、誰だ?」
「おばっ――」
固まってしまった。おばさんよばわりはまだダメな歳の人だったのかもしれない。悪い事をしたか。
「――こほん。私は女神様です。おばさんなんて呼ぶものじゃありません」
「女神様だったのか。それはすまなかったぜ」
てっきり死神か何かかと思ってしまった。
というかこの顔で女神様はないよなあって思ってしまう。俺の中の幻想を返して欲しい。
「カオル。貴方は今の自分が置かれている状況、理解できていますか?」
「マジで事故死する一秒前」
「はい、大体あってますね。今は時間を止めているだけです。元に戻せば貴方はもれなくこの車に轢かれて死にますわ」
どうやら俺は死ぬ事前提だったらしい。まあ、解ってたが。
「女神様は俺を助けてくれる為にきたのか?」
神だのなんだのなんて信じる気はなかったが、流石にこうやって不自然に止まったままの中に立たされたら、嫌でも『ちょーじょーてきな何か』が起きたんだと思い知らされる。
目の前のこの人は、まあ、何の女神かは知らないが、本当に女神様なのだろう。
ただ、俺を助ける為に現れてくれたのかも、という淡い希望はあっさり崩されたが。
何せ女神様は、俺の質問に首を横に振っていたのだ。「違ったのかよ」と、心底がっかりしてしまった。




