#1.盗賊位はたやすくけちらす
私はしがない村の兵隊だ。
日々をのんきに生き、たまに襲撃してきた賊を蹴散らしたりして暮らしている。
まあ、賊が現れる事なんて滅多にないので、ほぼ村の見回りだけで一日が終わる。
詰め所の裏のおばあさんや村長の娘さんなんかとおしゃべりしながら、それはそれは平和に終わるのだ。
貧しくもささやかな平穏と幸せに包まれた、それなりに満足のいく人生。
それが死ぬまで続くんじゃないかなあと、あまり深くも考えず生きていたのだ。
「やあ兵隊さん、ちょっとばかし盗賊の奴ら蹴散らしてくるぜ」
のんびりと詰め所で日記をつけているところに現れた彼の名はカオル。
自称異世界からきた英雄。勿論誰も信じていない。
何やら棒切れ片手に勇みあがっていたように見えたので、ため息混じりに忠告の一つもしてやることにした。
「カオル。このあたりの賊は確かにそんなに強くないけど、流石に棒切れ一本で倒せるもんじゃないよ」
まあ、村の誰かが賊に困らされてるとか言ったのだろう。
『英雄』な彼がそれを聞きつけたか自分で聞いたかして、こんな事を言い出したんだと思うのだが。
流石に本気で賊の群れに挑む事はすまいと、高をくくっていた。
「ははは、兵隊さんは心配性だな。大丈夫だって。これはただの棒切れに見えて実は女神様に貰った伝説の武器でさー」
「ああ解った解った。まあ、無理をしないようにな」
あまり真面目に構ってやると調子に乗るのも知ってるので、適当に聞き流す事にしていた。
「ちぇっ、つまんねーの」
カオルは面白くなさそうに出て行く。少しだけ胸がチクリと痛んだ。
「兵隊さんやったぜ、盗賊ども、蹴散らしてやった!!」
翌朝のことだった。全身傷だらけのカオルが詰め所に入ってきたのだ。
「なっ――だ、大丈夫なのか君っ!? すごい怪我じゃないかっ」
まさか本当に賊討伐に行くなんて。しかも成功させるなんて、と。
ところどころ血が吹き出ていて大層驚かされたが、本人はいたく満足げだった。それがかえって痛々しい。
「大丈夫大丈夫。俺英雄だしさ。女神様から回復能力貰ってるしな。あ、これ内緒な。誰にも言うなって言われてるし」
よく解らないことを口走りながら、頭をぼりぼりと掻いていた。
「……とても大丈夫には思えんが」
「相変わらず心配性だなあ。それより兵隊さん、実は盗賊に捕まってた女の子が居てさ、これからはその子と一緒に暮らすから」
「ん? そうなのか? まあ、そういう事なら私のほうから村長にも話を通しておくが――」
「ありがと。それじゃ、俺もう寝るわ。流石に疲れたよ。ははは」
なんともあっさりと退場していったが、本当に掴めない青年である。
「……盗賊かあ」
時々村に襲撃してきた事はあったが、その都度撃退していた私としては、仕事が一つなくなったのがありがたいやら寂しいやら、複雑な気分であった。
「兵隊さんやったぜ!! 裏の山に住んでたドラゴンをやっつけたぞ!!」
それは夏の日の事であった。
例によってよく解らないことをのたまいながら、カオルが詰め所のドアを蹴破る。
こういう時のカオルは大体汗だくだったり傷だらけだったりで心配になる出で立ちなのだが、やはりというか、今回も泥まみれの血まみれであった。
「おーすごいなあ。ていうか裏山にドラゴンが居たなんて初耳だよ。お兄さん普通に山菜取りに入っちゃってたよ」
だが、そんないつもどおりのカオルの様子なんかよりも裏山にドラゴンが棲んでいたという衝撃の事実の方が重かった。
その脅威、盗賊なんて比じゃない。
街の衛兵隊が十人単位で挑んで一人二人死傷者を出しながらようやく撃退できるのがドラゴンだ。
そんなのが村の眼と鼻の先に棲んでいたのも驚きだが、まさかそれを彼が倒すとは。
作り話なら笑い飛ばせるが、満身創痍の彼を見るに、とても嘘を言っているようには見えなかった。
「いやあ、俺一人じゃちょっと危なかったね。サララがいたから勝てたようなもんだ」
「サララちゃんも一緒だったのか。しかし、君はいつも無茶をするなあ」
サララちゃんというのは、以前彼が助けた猫獣人の少女の事。
カオルに恩返ししたいからという事で一緒に住むことになったらしいのだが、彼の冒険のお供もしているらしい。
中々礼儀正しいし、甘いものに目がないのが村の娘達にウケてちょくちょくお菓子をもらったりしているのを見かける。
年齢的にもカオルと丁度いい位だし、釣り合いが取れてるので微笑ましくも思えた。
「ま、これ位やんなきゃ英雄って感じじゃねーし? 盗賊もいないしドラゴンもいないし、もう当分このあたりは平和だぜ」
「うん、まあ、本当にドラゴンが倒されたっていうなら、当分の間村は安泰だろうね」
そして、恐らくは私も仕事がなくなる。日がな一日村を見回って終わるのだろう。
平和に越した事はないが兵士としてどうなのだろうと思ってしまう。
ちょっとだけ、途方にくれてしまった。
「――だからさ、俺達、街のほうにいこうと思うんだけど。聞いてるか?」
おかげで、彼がまだ話を続けていたのを、半分位聞き流してしまっていた。
「ああ、すまない。えーっと、街に行くって話だね?」
「そうそう。村も平和になった事だし。でかい街なら、もっと色々問題も多いだろうから」
なるほど、彼は人の役に立ちたくて仕方ないらしい。
理解して、変なことで悩みそうになっていた自分が馬鹿らしく思えてしまった。
出会ったばかりの頃は「何言ってるんだこいつは」と呆れたものだが、今ではとても立派な青年だと素直に思える。
彼は真面目だった。村に居る間は村の為に大小に関わらず手を貸してくれた。
彼は一生懸命だった。人の為になる事ならどんな事でも自分から進んでやってくれた。
もう、村で彼の事を余所者と思う者はいないだろう。
だから、彼の言う突拍子もないことも、妙な自信も、まあ、信じられるんじゃないかと思えてきた。
聞き流していた私がそう思うのもなんだが、彼がそうしたいのなら、やらせてやるべきなのだろう。
本当に女神が遣わした英雄なのかは相変わらず解からないが、彼のしていることは事実、村の救いになっていたのだから。
「解った。村の皆には私から伝えておくよ。旅の足は心配しなくて良い。こちらで用意しよう」
だから、村を代表して、なんてつもりはないが、少しでも彼の役に立とうと思った。
恩返しなんてつもりじゃない。村の仲間の出立だ。助けてやるのが私の仕事だ。
「ありがとう兵隊さん。何から何まで、本当にありがとう!!」
カオルは感極まっていた。別に、今生の別れになる訳でもなかろうに。
今すぐ別れる訳でもなかろうに、そんなにしんみりとしなくてもいいものを。
どうにもこの男は、その辺り抑えるのが下手な奴なんだなあ、と、しんみり思ってしまった。