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「まったく、純、あんなのと一緒にいては百害あって一利なしですよ」
圧倒的優位性を見せつける様に今度は茜が千夏を中傷する。純にまとわりつく、と言うよりも千夏が純に近づくことを許さないように茜が純と腕を組んでいる。ただそれだけの姿なのに、千夏にはそれが我慢できない。それも当然である。なぜなら今の千夏は純に明確な行為を抱いているからだ。
好きな男が嫌いな女と腕を組んでいる。これを許せる寛大な女は日本中を探しても指で数えられるしかいないだろう。千夏はその数少ない女ではない。だからこそ一瞬呆気にとられかけるも、純を取り返すべく茜の方へと歩み寄る。
「何調子乗ってんの? あばずれのくせに」
「口が悪いですね、お里が知れますよ」
「人の物ばっか欲しがる卑しい女をくそ女呼ばわりして何が悪いわけ? あ、それとも自覚ない? まじ? だっさ」
「ああ、わかります。目の前の女性がまさにそれです。ですよね、純さん」
貴方は誰のもの? 少なくとも純の目の前にいる千夏ではないことを確信をもって、茜は同意を求めた。その姿はいつもの鉄仮面と言うよりも、妖艶なあやかしのような雰囲気を醸し出している。鉄仮面の下に隠された有無を言わせぬような蠱惑的な笑みが、純の首を縦に振らせかける。
ためらいつつも、純が言葉を濁している姿を見た千夏は、「ひどい」と純に待ったをかける。目に涙を浮かべて口元を抑える千夏、あろうことか瞬く間に目に大粒の涙を浮かべ、手で顔を覆いその場に崩れ落ちたのだ。その見え見えな演技にお人好しな純はあっさりだまされ、千夏に寄り添う。
その三文演技に茜はため息とともに失笑を漏らす。この程度の演技に騙される男などいない。いればそれはよほどのお人よし。心の中で笑っていると、最後に心中で呟いた言葉に茜ははっとなった。
いる、いるのだ。ここに。
「まったく、あなたって人は」
口をついて出てしまう言葉。
女運が悪いにもかかわらず、それ故に絡新婦の罠にかかりながらも、一度は巣から逃げたのにその独りになった絡新婦を見かねて巣に戻ってくる愚者が、ここにいた。
気が付けばすでに手遅れだった。隣に立つ純は目の前の光景が演技であることを脳で理解していながら、助けよう、何とかしなければと救いの手を伸ばしかけていた。茜にはわかる。目の前で泣いている女の本性を、知っている。初心な女ではない、彼女は狡猾な狐。ケガを負ったふりして泣き叫び、その姿を憐れむ男の手を今か今かと待ちわびているのだと言う事を。
お久しぶりです。




