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93 鏡よ鏡

 純に対し簡潔明瞭な質問を振り下ろした女性は、聞き逃しの内容ゆっくり、はっきりと質問を2回、繰り返し純にぶつけた。

「浮気、じゃないです」

 かすれるような声で純が言うと、その言葉を相手にわかりやすいようにと、千夏が言葉を添える。

「ていうかあんたこそ何? 勝手に部屋入ってきて、純と私の時間を邪魔しないでくれる?」

 千夏ははっきりと侵略者に敵意をぶつける。

「大体あんたこそ、純の何? 恋人でも何でもないでしょーが」

 畳みかける様に千夏は言うと、純を抱き寄せる。それはまるで新しいぬいぐるみをめぐる姉妹の喧嘩を彷彿させる。わがままな妹がとったもん勝ちと主張するようにぬいぐるみを抱き寄せ、所有権を主張する。詭弁、わがまま、論理のすり替え。

 そんな妹を見てため息をつくように、姉が言葉を向ける。

「一緒に暮らしていますが?」

 姉の言葉に妹があたふたと反論しようとする。

「話はそれだけですか?」

「な、ま、待て、ちょ、沖!」

 疑似姉妹喧嘩の決着は、姉に軍配が上がり終了した。

 沙織のマネージャー兼家政婦の沖茜が千夏に勝利し、今度は逆に純を手元に抱き寄せる。その姿に千夏は焦りと言い負かされた敗北感で言葉が出ない。

「まったく、人の男を好きになるなんてとんだ痴女ですね、貴女」

 茜の言葉に言われた千夏は悔しそうに下唇をかんだ。

「他人の物を欲しがるなんて、よほど自分に自信がないんですね、指標は他人。自分じゃ何も決めれない、わかりませんって言うつもりですか?」

 いつになく喧嘩腰の茜に対し、思わず純が間に入るように彼女をなだめる。

「あ、茜さん」

 落ち着いて。その言葉が出ない。喉まで出かかっているのに、その言葉が出ない。ただ茜の手を握り、暴力だけはダメだと伝える。

「止める気ですか?」 

 純に視線を向けず、千夏を見下しながら茜は純に問いかける。純は握る力を強くしながら、鼻で大きく息を吸ってから言った。

「そうだ、です」

「この女と肉体関係でも結びましたか?」

「ち、ちがう!」

「じゃあ黙っていてください。今はこの野良猫と話をしているんです」

 野良猫とは千夏の事だろう。にらまれた千夏は茜をにらみ返すものの、何も言い返せずにいた。

「まったく、飼う気も無いくせに勝手な餌付けをするなんて、世のためにはなりませんよ」

 純に対しぼやいた茜はため息をつく間もなく、千夏をじっと見る。

「まあちょっとエサを与えられただけでコロッと腹を見せる野良猫も、よほどの尻軽ですけどね」

 茜は周囲を凍らせるような冷笑を千夏に見せる。それに対し、茜は笑った。いうに事欠いて尻軽な野良猫と称された茜は、反論するよりも茜の物言いに笑みを見せながら、立ち上がった。

「茜さん、その通りですよ」

 千夏は自身を野良猫と認める様に胸に手を当てながら肯定する。そして笑みを絶やさずに、茜に尋ねる。

「で、だから? 貴女は純とどんな関係なの?」

一瞬即発な雰囲気に狭い室内に充満する。

「純と私の関係に、何であなたが口を挟むわけ?」

 千夏の問いかけに、茜は「彼は……」と言葉を濁らせる。出てこないのだ。実際問題、茜と純の関係の明確な答えは。その姿に千夏は水を得た魚の様に気分よく攻め立てる。

「ねえ、ねえ、ほら、答えてよ」

 あざける様に、何も知らない無垢な子供の様に、千夏は質問を繰り返す。そのたびに応えられないでいる茜の鉄面皮にひびが入る。その姿を喜々として眺める千夏は、したり顔で自身と純の関係を声高に告げる。

「純と私は家に上がる、女友達ですよ。ねえ純、そうでしょ?」

 尋ねられた純は、迷いつつも肯定する。それを見て千夏は嬉しそうに声を上げると、再度茜の方を振り向いた。

「じゃあ貴女は何? ねえ、沖さん」

 愉しそうに千夏は質問を繰り返す。

「沖さんの担当アイドル、さおりんが純と付き合ってるのは知ってますよ、でも、じゃあ貴女と純は何?」

 肉体関係もなければ、友達でもない。茜は自身に問いかける。純に好意は持っている。それは間違いない。だが、だからなんなのだ。そう思った矢先、茜はどうして自身が千夏にここまで敵意を向けるのか、理由が分かった。畳みかける様に相手を罵倒したのは征圧的な意味もあった。けれど理由はそれだけではない。

 --そう、私はうらやましいんだ、この野良猫が。

「本当に下種ですね、貴女は」

 ため息とともに茜の口からほんの少しだけ本音が漏れ出した。


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