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『浮気』

 自分以外の女と一緒にいれば、沙織にとっては浮気なのだ。そんな嫉妬深くもマグマのような愛情を育ませる彼女を持つ純は、今の現状に待ったをかける。その間にも千夏は間を繋ぐように、また純のキャンパスライフについていくつかの質問を投げかける。

 どの講義が大変だったとか、食堂のこのメニューがおいしいだの、時に彼女や異性関係の話題。定型的な質問を千夏はテンポよく投げかける。けれど純はそのどれもを適当に返球していた。そしてとうとう純は走っていた足を止め、千夏の方をじっと見ている。同時に純が走るのを止めたことで、隣にいた千夏も足を止めて純を見る。

「どうしたの? あ、もしかしてどっか痛めた?」

 心配そうに純の具合を尋ねる千夏に、純は首を横に振る。代わりに千夏に対し純が口を開き放った一言は、千夏の体を縛り付ける。

「近寄らないでください」

 ゴムひもを外し、いつものぼさぼさ頭に戻った純は、外したゴムひもを千夏に手渡した。

「迷惑だ」

 急な拒絶に千夏の頭は数秒ほど思考停止に至った。けれど千夏は負けてはいない。

「それは貴方にとって? それとも彼女にとって?」

 千夏の問いかけに、純は言葉を詰まらせる。彼女とは無論沙織だ。今の自分が純の心に何もウェイトを占めていないことに内心爪を噛みながら、平常心を装って質問を投げかける。

「……俺にとって迷惑だ」

 あんたのせいで俺はどんだけ酷い目にあったか、純は自分の胸の内を一切合切ぶつけたい衝動に駆られる。宛らそれは出合い頭にトラックと衝突するような、理不尽さを十分カクテルされている。

「だから構わないでくれ」

「なんで?」

「なんでって」

 千夏の何故という疑問に、純は話を聞いていないのかと怒りをぶつけた。けれど千夏にとって、上辺だけで述べられた怒りなど聞く耳を持つ必要性がなかった。

「彼女がいるのと、女友達と一緒にランニングするの、なにがだめなの?」

 純粋な質問に、純は言葉を詰まらせる。

「純君は彼女ができたら他の女性と一切交流しないの? じゃあその後彼女と別れたらどうするの? 彼女との仲が悪くなったら、純君は誰に相談するの? 同性の友達?」

 矢継ぎ早に繰り返される千夏の質問に、純は苦しそうに顔をゆがめる。真っ向からの質問に純は苦し紛れに言葉を発する。

「あ、あんたには関係ない」

「なんで?」

「なんでって……だいたいどうして」

「私は純君のことが心配なの」

 それは切れの良いストレートをど真ん中に投げ込まれた気分だった。

「助けてもらった恩もあるし、力になろうとしたらダメなの?」

 どんどん投げ込まれる力のあるストレートに、純は手が出せない。

「今の純君、凄く辛そう、それにそんなの寂しいよ」

 千夏はそれだけ言うと、純を包み込むように抱きしめる。スキャンダル間違いなしの千夏の行為に、純は止めなければと頭を働かせる。けれど走ったからか、湯上りの様に頬を染めた彼女の表情を見て、動きが止まってしまう。

「貴方の想い、私にぶつけて」

 千夏の甘いささやきに、心の天秤がぐらりと揺れる。けれど同時に反対側の皿に乗っていた沙織の思いも負けじと重くなっていく。

「パパ」

 どこからかあどけない声、言葉で、純はパブロフの犬の様にその音源の方を振り向いた。

小さな女児が、両親と仲良く手をつないで歩いているのだ。そして抱き合っていた千夏たちを見て、不思議そうに指をさしている。

「ママ、あれなにしてるの?」

 幼稚園児程度の年齢と思しき女児に無邪気な質問を投げかけられた母らしき人物は、困った表情をしながら純たちの方に軽く会釈した。そして父らしき人物が「あの二人は仲の良さを確認しあってるのさ。ボクとママみたいにね」と隣に立つ母親の肩を抱きながら、男は優しく娘に教えていた。

 パパとママ、その言葉に女児は嬉しそうにはしゃぐと、千夏たちに「二人もフーフになるの?」と無邪気に話しかけてきた。千夏はそんな無邪気な女児の目線と合わせる様に屈みながら、子供を褒める母親の様にほほ笑んだ。女児の頭を優しくなで、千夏は肯定したのだ。

「そうだねー、ふーふになるかもねー」

 ほおを緩めながら、彼女は女児に話しかける。ママとパパは仲が良いか、千夏は自分から自己紹介をした際に、女児に名前を尋ねた。すると女児は元気よく「ちはる!」と答えた。すると千夏は「私は千夏っていうの。なんだか親しみを感じるね」と緩やかな笑みを浮かべる。名前を褒められてうれしかったのか、ちはると千夏は初めて出会ったとは思えないほどに仲良く会話を始める。身振り手振りを交え、たどたどしく説明するちはるにいら立つ様子や、上から言葉を発することのない千夏に、ちはるの両親は警戒心を解いていた。むしろ親しみを持った様子でちはるの両親は千夏に純との関係を尋ねてきた。

「実はまだ付き合ってないんです。片思い中で」

 舌を出しながら、千夏はいたずらがバレた子供のようにお茶目に笑う。そして純の腕に自身の腕を絡めながら、同意を求める。しかしその様子に夫婦は男女の親友と言う雰囲気ではないことを感じ取った。


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