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「次は私でお願いしますね、落ち着いてからでいいので」

 そうすれば異母兄弟、姉妹の誕生。晴れて沙織とも家族になれる。おまけで純もついてくる。桃の様に淡く頬を染めた茜が、純の太ももに手を添える。

「今は忙しいので難しいですが、時期を見て是非に」

 純の太ももに添えられた手が、すりすりと少しずつ純の腹部の方へと伸びていく。さすがにこれには沙織も許容はできず、思わず声を張り上げる。

「ちょっと茜ちゃん!」

「家族に、なりたいです」

 茜の純真、100マイルの本音をぶつけられた沙織は、その健気な願いに一瞬たじろいだ。けれど日本という国は一夫多妻制を認めてはいない。

「生活費はどうするの?」

 いくら純でも家族二人を養うのは難しいんじゃないかと、沙織にしては現実的な意見を茜に問いかける。

「私の貯金で賄います。あとは沙織さんのマネジメントを中心に、母子家庭を。けれどたまには夫と子供を会わせてあげたいです」

 あくまで自分は側室であると、茜は健気さを沙織に主張する。ただその言葉の節々に、隙あらばといった棘が散見され、沙織は警戒する。茜の言う夫を見ると、茜とその未来の子供を想像し、もう憐れみを覚えてしまっている。

 それに肉体的にも万が一にも純が茜になびいては困る。若さには勝てない。女盛りである今は自分が第一夫人でも、失脚してしまうかもしれない。例えそれが万に一つの確立だとしても、沙織にとってそれは野球の首位打者以上の存在である。何せ敵が多い。確率論も数打ちゃ当たる。

 夫に言い寄る女は多い。それだけではない。それも蚊トンボではない。凶暴な雀蜂だ。ブンブンブンブン飛んでは、彼女たちは男を狙う。一撃、二撃で仕留め、巣に持ち帰る。むかつく、むかつく、むかつく。沙織と純にしか見えない手綱をぎゅっと握りなおし、沙織は純の方をじっと見る。整った顔だ。優しく、凛々しい。目があえば純はいつも、無意識に微笑んでくれている。それが好きだ。焦る顔が好きだ。妙に小心者なのか、臆病なのか、時折コーギーのようなか弱さを見せる。

 虚勢を張ろうとして剥きだした牙を、少し手のひらを見せるだけですぐに牙を引っ込める癖が、大好きだ。付き合ってから男らしくなった彼が、好きだ。断ることを覚えた彼が好きだ。ただし私を断る時は嫌い。他の女を断るときは大好き。

 沙織は純の顔を見て七変化を繰り返す。そしてつい口から出てしまう。

「――でも」

 茜ちゃんと純は、ダーリンが一緒にいるのが嫌いじゃなくなってきている自分がいる。

 仲睦まじく、いや、仲良過ぎかな? 茜と純は年が近いせいか、姉弟みたいだなぁと沙織は思う。けれどその姉弟の血は繋がっていない。いっそ許してあげようか? 沙織は一瞬だが二人の関係を許容しかける。けれど思わず触れた自身の腹部に、沙織は我に返る。

「ダメ」

 はっきりと沙織は茜にノーを突き付ける。

「お腹の子供がかわいそうだから」

 そう、側室を作ると言う事はその分本妻である自分にかける時間も少なくなる。だからこそ沙織は茜の提案を棄却する。自分のために、ひいては産まれてくる子のために、茜に剣を突き付けなければならない。

 茜は沙織の武士とも言えるような剣幕に、ただ黙って頭を下げる。出過ぎた真似をした、忘れてくださいと謝罪をするように。沙織の母親観、哲学を茜は理解する。そして母親としての自覚をもう既に持ち始めている沙織に、感服した。

「沙織さん、子を産んでも、お仕事の方は任せてください」

 世辞を述べ、茜は今月の仕事や来月以降の仕事の調整に移ると、部屋を出た。残された二人は、と言っても沙織は宝石を見る様に、純を見つめ続ける。そしてゆっくりと口を開く。

「これからよろしくね、パパ」

 ダーリンからパパへ、純の背中に寒気が走ると同時に、理解を超えた沙織の発言に脳はオーバーヒートする。

「ぱ、ぱぱ頑張るね」

 思わず口から出た純の言葉に沙織はアイドルコンサートにやってくるファンの様に、黄色い声援を上げうる。そして嬉しそうに純の体に抱き着くと、すぐに純から離れた。

「いっけない、急に抱き付いたらお腹の子供に悪影響かも」

 悪いママだねと沙織は一人笑うと、でも純とは触れ合いたいからと、愛情、親愛の表現をするように純の頬にキスをする。そしてそれが終わると純が放った「ぱぱ」と言うワードを思い出し、嬉しそうに引き締まったお腹をさする。

「元気にうまれてきてくだちゃいねー」

 中学生以下とも見間違うあどけない容姿に、女性として誇るべきバスト、母性を兼ね備えた体の沙織は、生まれてくる赤ちゃんに声をかける。

「ぱぱもままも、アナタのことをまってまちゅからねー」

 だけど忘れてはならない。沙織はまだ、子を宿していないことを。つわりも何も、沙織の想像力が生んだ空想上の産物だと言う事も。


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