08 閑話休題
休暇で帰省していた彼女は、目の前の現実が受け入れられない。
元々帰る気が無かった彼女であるが、両親からの散々なラブコールに根負けして帰省していた。やっと帰ってこられたと思ったら、コレデアル。
「なにこれ……」
人の気配はしない。それどころかあるはずの家財道具や私物が一切消えているのである。彼女は合いかぎを持っていたため、この部屋に入ることが出来た。正確には拝借して、複製したといったほうが正しいであろう。彼女はカギのかかっていたその一室を一通り探索する。押入れ、引き出し、彼のお宝が隠されていることの多かった場所。元々カギはかかっていたため人の気配はしない。
――オカシイ。
一夜のうちに夜逃げでもしたのかと思わせるそのアパートの一室に、彼女は立っていた。
――ドウシテイナイノカ。
部屋を出て、扉をもう一度チェック。貼ってあったのは一枚の紙。
『入居者募集!』
「どういうことよ」
親指の爪をかじりながら、いら立ちを隠せないでいる彼女はガサゴソと自分のハンドバッグのなかからスマホを取り出す。かける先は、ここの入居者だったアイツ。
「あ、ちょっと!」
コール音が止まるや否や、彼女はしゃべりだす。
『おかけになった番号は現在~~』
スマホがコンクリートの床に落ちる。
電話の先からは機械的な女性の声がただ繰り返されるばかりで、アイツの声は聞けなかった。
「なんなのよ、なんなのよ、なんなのよ!」
彼女の叫び声を、雨がかき消していく。
「どこ行ったのよ、純」
心配そうにここに住んでいたアイツの名を呟きながら、バッグから手帳を取り出した。
手帳の中にはアナログだが赤いボールペンで書かれた大量の観察日記の内容が書き込まれていた。そしてその観察日記をぺらぺらとめくりたどり着いた最後のページには、純の顔写真が貼られてある。
そしてその写真に、女性はゆっくりと唇を重ねている。そうして落ち着いた彼女はゆっくりと彼の身辺を探るために彼の友人たちに電話やチャットを始めた。
気分は宝探し。
「ゼッタイミツケダシテヤルンダカラ」
彼女の眼は興奮で真っ赤に染まっていた。