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79 お帰りなさい


 目を開ければ良くも見慣れた鬼の住まう一軒家が、今の純には処刑場に見えた。彼の両腕には茜が大人の玩具屋さんで購入した金属製の手錠、その手錠の間にはジャラジャラと太い鎖がつながれている。それを鼻歌交じりに沙織はひっぱりながら、罪人を処刑場へと連行していく。

 処刑場は、言葉とは裏腹な温もりあふれる浴場だった。大人二人が余裕で入れるバスタブには既に溢れるほどに湯が張られてあり、今すぐに入浴が可能な状態である。沙織は浴室で純の着ている服をハサミで切り刻み、生まれたままの姿にする。ブランド物の服を切られた純が、惜しむように「ああ!」と声を漏らすと、服を着る刃の切っ先が喉元にあてられた。

「どうかした?」

 沙織の言葉に、純は首を横に振り口をつぐんだ。すると沙織は何事もなかったように、服の残骸を茜にかたづけるよう指示を出して、その場から離れた。残された純と浴場と言う場所柄から、濡れても困らない格好と称した下着姿の茜は慣れた手つきで服の切れ端を片付け、ごみ袋に詰める。その間も赤子同然の姿をさらしている純は、恥ずかしささで股間を隠そうと試みる。けれど股間を隠す純の手を茜が行儀が悪いという風に、手ではたいた。

 数度の抵抗もむなしく、純が観念するように手をどかす。下着姿の茜が純の体に汚れやケガが無いかをチェックする。舐めまわすように、体の隅々までチェックされるがままの純は、セクハラを受ける女性の気持ちが少しわかったような気がしていた。茜は純の体をチェックし、大きな外傷がないことを確認すると、安心したように一瞬表情を崩すと、頭から純の体にシャワーをかける。そして入浴剤の入っていない白湯のバスタブに純を浸けた。

 ざぶん、純がバスタブに入ったことで、いつもより多めに張られた湯があふれ出る。程よい温度のふろに、思わず純の口から声が漏れる。湯が流れだす音と好みの少しぬるめな湯舟を心地よく堪能していた純であるが、唐突に頭に木でできた風呂桶で大量の熱湯をかけられる。

 1度、2度、3度。

 風呂桶から浴びせさせられた湯を浴びた純は、その合間に短い深呼吸をし、三度目のスコールを耐え終えると、水気を切る犬のようにフルフルと首を横に振った。そしてその発生源を見上げる。顔を上げた瞬間、4度目のスコールとも形容できそうな湯が降ってきた。今度の雨は勢い強く、鋭い雨だった。茜の持つシャワーノズルから放たれる、マックスの放水量で放たれた熱めの湯。

「何か文句でも?」

 熱湯の雨を降らせる氷の悪魔が、純に微笑む。その後ろにはその悪魔の主人がいた。逃れようとバスタブから立ち上がった純の前に、閻魔も騙せそうな笑みを浮かべる女性。薄いピンク色の、上質な絹で出来た湯浴み着を着用した悪魔はただ笑うだけで、一言も発さない。代わりに彼女は立ち上がる純の肩を掴んだ。沙織の悪魔のようにとがった付け爪が、湯で少しふやけた純の肩に鋭く食い込んだ。

 痛みに顔をしかめても、目の前の悪魔の表情は変わらない。変わるのは彼女が首を横に少しかしげたことだ。純の行動を制すように、爪が食い込む。空いた彼女のもう一方の爪が、純の乳と乳の間に鋭く立てられる。

 純は重圧に負け、おとなしくバスタブに口まで浸かった。不満げにブクブクと泡を立てる姿に、悪魔の表情が少し緩んだ。けれどすぐに彼女は表情を引き締めると、純が言うことを聞いたためか純の頭に手を置いた。

 にこりと微笑まれて嫌な人間は、いた。ここにいる。純は悪魔の笑みの奥に、わかりやすく棍棒をもっている鬼が見えるのだ。勇気をもって、これからするであろう悪魔、沙織の行動を当ててみた。

「あ、あの……俺呼吸あんまもたな」

「大丈夫、人工呼吸何度でもしてあげるから安心して沈んでいいよ」

 彼女は純の言葉を途中でぶったぎると、彼の頭を思いっきり湯舟に沈めた。

長い髪を掴み、数度雑にシャツを手洗いするようにバスタブに純の頭を沈め、浮かせ、沈め、浮かせたのだ。

「な、なんでこんなこと」

 ぜぇぜぇと呼吸調整、鼻水を垂らしながら、純は言う。千夏とのデートは沙織の逆鱗を剥がすも同然だと、今更ながらに思い知る。ただ、純にとって沙織の行き過ぎた愛情表現は、純の心のどこかで沙織に反骨芯が生まれていたのかもしれない。

「ただ女友達にあっただけじゃん」

 ぼそりと呟かれた純の言葉に、本音はあったのだろうか。しかしながら、今の沙織には関係のないことだ。沙織は純の反抗的な態度よりも、その紡がれた言葉が胸を曇らせる雨雲なのだと実感する。大きく分、分厚い雨雲から霹靂が落ちる。


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