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 吊り橋効果だろうか、千夏は何で純とキスをしているのかが自分でもわからなかった。

助けてくれたことには感謝しているが、公衆の面前でこんな大胆な行動をするつもりはなかった。けれど、かといって、この唇を離したくはない。

 場の雰囲気によっているのだろうか、けれど、酔ったなら酔ったままでいい。今はただ、この温もりに触れていたい。

「怖かった」

 千夏は唇をいったん離すと、本心を吐き出す。そして求める様に、けれど相手からの想いを拒むように、再度唇を交わす。見れば恥じらいか、頬が赤い。見る者にとってはラストシーンの様に愛を交わす二人だが、今の純は先の言葉で急に体を動かしていた炎が沈下していくことが分かった。

『だーりん』

 千夏の一言で、純は今自分が行った行動が行き過ぎていたのを理解した。スイッチが入ったのか頬を染め、もっと欲しいと純の首に腕を回す千夏を無理やりはがすと、純は周囲を見渡した。

 のんきなギャラリーが拍手を送る中、見慣れたワゴン車を確認する。ワゴン車から先ほどの純の炎が飛び火したのではないかと思うほど、地獄の炎のような黒いオーラがにじみ出ていた。純はぎくしゃくと体を動かし、千夏に別れを告げる。

「千夏は美人なんだから気をつけろよ、じゃあな」

 千夏の伸ばした手は純を掴むことはできなかった。純の向かう先が、純の帰る場所だと理解しなければいけない。けれど、今の千夏には不可能だった。

 千夏は思う。容姿を褒められるのは嫌いではない。ただし、容姿だけ見られるのは嫌いだ。だけどどうして、どうして――

「――純君」

 千夏は走り去る純の背中を眺め、胸を抑えた。苦しそうにしている自分と一瞬だが車に乗り込む直前の彼と目があった。けれど駆け寄ることもなければ、何か言葉を投げてくれることはない。

 胸から出る言葉が、彼に届くことはない。

 去り際に車のドアを開けた彼を連れ込む女性を、千夏は無意識ににらみつけていた。あの悪魔の顔を、彼女は忘れることができない。

 千夏は自分から離れていくワゴン車をにらみつける。そして声なくただ唇を動かした。その姿に向こう側からはスモークが張られ車内が見えなくなっているにも関わらず、じっと睨みつけられた感覚に襲われた純はびくりと背中を震わせ、無言で重苦しい車内の少しの揺れで、思わず隣に座る沙織に抱き着いた。

「あの子も役に立つものね」

 まさか純がここまで攻撃的だったなんて、知らなかった。そういう様に、先ほどの純の行動をハンディタイプのビデオカメラで確認する。

「さて、どうしようかしら、目に余るこの蛮行」

 ぼそりと呟かれた沙織の言葉に純は何と言ったか聞き返す。笑顔で笑う沙織は純の頭に手を乗せて胸に抱き寄せると、子猫を抱くようによしよしと撫ではじめた。

「にしても……」

 あきれた様子で沙織は胸に抱いた純を笑顔で見下した。その笑顔は、純にとってよく見知ったモノだった。自分の行き過ぎた行為に、今更ながら反省し、冷静になったからだが寒さを感じる。

 寒いなぁ……。

 純は体が冷えていくのを感じながら、にこやかに微笑み返した。

 ――や、やさしくおねがいします。

 沙織は純のほほ笑みに、上書をするように口づけで返した。ゆったりと唇を重ね、数秒の永遠を純に感じさせる。もっとしていたい、と純は思う。ただ重ねるだけの、キス。唇が離れると、思わず純は名残惜しく、寂し気な表情を浮かべる。その叱られた子犬のような表情に、沙織の心は一瞬で沸騰する。

「無理」

 息荒く放たれた彼女の弾丸は、純の表情を一瞬で曇らせた。そしてそれを覆い隠すように、薄暗い車内に本格的に黒い太陽が現れる。

 後部座席の雲行きが怪しくなるなか茜は溜息をつくと、静かに呟いた。

「私の分も残しておいてくださいね」

「むーりー」

 大型犬にするように純に頬ずりをしながら沙織は、幸せそうに茜に返答する。その姿をミラー越しに確認した茜は、様々な気持ちをカクテルし、飲み込んで何も言わなかった。

「さっきは格好良かったよ、ダーリン。女の子を守るダーリンは、まさに王子様だよね」

「あ、ありがとうございます?」

「だから純君、情状酌量の余地をあげる」

 純の耳をついばみながら、彼氏に先の背反行為の判決を下す。

「判決、死刑」

「じょ、じょうじょうしゃくりょう」

「ごめんね純君、最大限譲歩しても、これが限界なの」

 可愛らしく両手を合わせて謝る沙織に、純は口を閉じることができなかった。そして腹部に走る鋭い痛み、薄れゆく意識の中彼女の手に持たれた防犯用の凶器に、純はやっぱり、とつぶやき目を閉じた。


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