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 その姿を車内で見ていた純は助けなければと身を乗り出すも、「今は自分の心配をした方がいい」という茜のセリフと、沙織によってもたらされたスタンガンによる腹部の傷みで気を失ってしまいそうになった。そして顔を沙織につかまれた純は、そのまま窓の方に顔を押し当てられる。

「彼女なら大丈夫、茜ちゃんともいい勝負したしね」

 耳元でささやく沙織の一言に、純の視線は窓の向こうに釘付けとなった。

「ね、茜ちゃん」

 純を痛めつける愉快犯の言葉に、ドライバーが反論する。

「あれは手加減していました。その言葉は私に対して心外です」

「ごめんごめん」

「まったく、もう」

 茜はミラー越しに見えるあいつと一緒にするなと沙織に文句を言う。沙織は笑いながら謝罪する。心外ですと呟く茜の背中に沙織は拗ねた少女のような可愛らしさを感じている。その一方で純は沙織の言う、彼女の方をじっと見つめる。純の様子を察知した茜が見やすい位置に車を動かし、路肩に一時停車したことで、千夏の現状が純にもよくわかった。

 そしてその光景に、純は思わずうなづいた。

「ああ……なるほど」

 彼女の傍にいたはずの男が二人、アスファルトとキスをしていた。太陽に熱されたアスファルトの上で倒れる男どもを千夏は心配する様子を見せない。けれど倒された男の仲間はそうではない。テレビ局の近くに止めていた黒のワンボックスカーから、男たちの仲間が数名降りてきた。仲間がやられたせいか、怒ったクマの形相を見せながら、男たちが千夏を車に連れ込もうとする。けれどそんな男の顎に千夏はアッパーをかました。


「ブラボー」

 車内で沙織が千夏の戦いを称賛する。茜はハンドルを強く握りしめながら、千夏に対抗心を持つように、自分ならもっと手際よく殺れると沙織に宣言する。

「わかってるって。それより問題はダーリン、ね、見たでしょ?」

 純の腕に絡みつきながら、沙織は純を惑わすために呪いをかける。けれど言葉より先に、純の肉体が反応を見せる。

「ね、大丈夫でしょ? 彼女なら一人でも……って、ダーリン!」

 沙織が言い切る前に、沙織を振り切るように巨体であることを感じさせない猫の様に身軽な動きで、車内から飛び出した。無論ただ見ているだけの沙織ではない。純の腕を掴んだ。

「どこ行く気? ないとは思うけど――」

 沙織は脅しも含めた言葉で身も心も純を縛ろうと試みた。けれど純はそれ以上言わせないと、自分ができる唯一の攻撃手段を沙織に取った。空いた手で沙織の小さな顎を掴む。人工呼吸をする前にするような、顎を少し持ち上げて純はそのまま唇を重ねた。数秒、片手で数えれるほどのわずかな時間で、彼女に対しコウゲキを開始する。攻めろ、攻めろ、開城させる。一度入城すれば、彼女の体から僅かな緩みが出来上がる。

 逃すな、今だ。

 純は沙織をシートの背もたれに押し付ける更に隙を作る。肉食系のふりをした純の動きに、沙織は新鮮味を感じ、受け身に回っている。だからこそ出来た隙を、純は見逃さない。

「危ないから二人はここで待ってて、てか出るな!」

 強く言い放つ羊の一言に、二人はあっけにとられた。そして沙織は恍惚の表情を浮かべ、純の言葉にこくりと首を縦に振った。

 相手は男。男が相手なら、男が出るべきだ。

 純の言葉はすなわち、純が一人の男として自覚を持ったということだ。惜しむらくは、その視線が自分ではないこと。でも今はそれでいい。今、この時だけは。沙織は純の背を見送り、ドアを閉めた後に茜に命令する。

「さっきの場所に戻って。だけど目立たないように、ね」

「御意」

 茜は沙織の意図をくみ取り、助手席に置いてあったハンドカメラを後ろに座る沙織に手渡した。うきうきと子供の運動会を見るような沙織の姿に、茜もなんだかうれしくなっていた。だってそうだろう? ドア側にいた沙織を華麗にかわし、機敏な動きで車内から出た純の動きは、茜の理想とする男に近かった。利を考えずに動く、義の男。後に残るの拷問がひどくなるにもかかわらず、純は車内から出て行ったのだ。そんなことをされれば、邪魔をするのは女の恥。

 純が走り去った後で、茜はハンドルから手を放して背もたれに身を預ける。ぼそりと呟かれた言葉は、角が取れた素直な一言。

「ご武運を」


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