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 細身だが肩幅もあり、すらりと長く伸びた肢体は王子となるには十分だ。それに加え、野暮ったい髪が隠す彼の素顔もメイク無しで十分均整がとれている。今日美容室でセットされた彼の姿が彼がダイヤモンドの原石だということを物語る。

彼の彫りの深い容姿に、優しそうな二重の垂れた瞳。さらに眉が目と近いためか、欧米人に近しい容姿を千夏にに連想させる。そして彼の180を超える長身とモデル体型が、彼女のコーディネートした服装、長髪を活かしたヘアスタイルと見事にマッチする。

千夏は純の少女漫画のテンプレみたいな容姿が必要だった。彼女は純を自らのサクセスストーリーを飾る伴侶として十分ふさわしいと認識していた。沙織に抱き着かれて嬉しそうになつく純を、年上キラーとしてまた別の人気が出るかもしれないと、冷静に判断を下す。   

その彼女の瞳は息をひそめて陰から獲物を狙うスナイパーの様だった。

 ――待たせるのは好きだが、待つのは嫌いだ。

 親指の爪を噛みながら、彼女は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 ――王者たるもの追われはすれど、追うものではない。追うときは即ち、侵略だ。

 だからこそ彼女は、先ほどの彼に迫る狼の姿を羊の毛皮で隠す。相手が母性なら、こっちは彼女として。純とほぼ同世代の身として、おばさんに負けるわけにはいかない。個の羊を刈るのは私だとアピールをするように、千夏は沙織にだけわかるように牙をむく。羊の姿をした二頭の狼が、本物の羊に仲間だよとアピールをしながら近づいてくる。

 闇に消えた狼の姿を、眩いほどに輝く羊毛をなびかせ、彼女はかけていく。

千夏は沙織を押しのける様に体調不良の純に寄り添い、心配そうに声をかける。納得いかないのは沙織である。彼氏彼女、沙織にとってそれは夫婦同然の関係に、水を差すお邪魔虫の存在に。負けじと沙織は千夏と純の間に割って入り、すり寄るように純にぴたりとくっついた。自慢のバストで純の腕を挟み、自分より貧しいバストの千夏を鼻で笑う。

けして千夏の胸が貧しいわけではない。けれどアイドルとして、グラビア誌の表紙を何度も飾ったことのある沙織には勝てない。クヤシイ、クヤシイ。見下されたことでカチンときた千夏は、反抗作戦を閃いた。躊躇いなく沙織と逆の方から純に抱き着くと、純の耳元で傍に立つ沙織ですら聞こえない小さな声で、純にささやく。背の低い沙織には、純が耳に吐息があたりビクンと反応を見せることしかわからない。

背伸びをするにしても、沙織は一瞬ためらった。悔しいことに沙織の目から見ても純と千夏は背だけで見ればお似合いだった。沙織はこの時ほど、自らの低身長を恨んだことは無い。千夏は160後半の身長、純も180を超える高身長。かたや自分は、年老いても若く見えるこの妖精と称されたこともあるこの体。150前半の身長しかない彼女にとって、純と出会った沙織にとって、千夏の高身長だけは羨ましかった。

このロリボディが恨めしい。沙織は純の腕を胸でサンドイッチしながら、更に純に対し、ブラコンの妹を演じる様に、腕を引っ張った。

「純君、さおりんとおやすみしよ」

 そう引っ張るや、彼女はウサギのような丸い瞳で純に訴える。駐車場、二人で休むにはちょうどいいワゴン車へと連れて行こうとする。けれど千夏が高飛車に沙織に言う。

「あらさおりんさん、ご心配なく。休むならおひとりでどうぞ」

 千夏は純を自分の方へ引っ張るや、同意を求める様に純の耳元に唇を近づける。

「女に恥をかかせないで……ねえ、純。今日は楽しくなかった?」

酷いわ、と千夏は吐息の漏れ出す艶のある声で純に囁くと、頬を染めて純に微笑んだ。けれど千夏は純と視線が合うと、俯くように目を反らした。そしてチラチラと純の方を見るのだ。の方を見た純は、思わず息を呑んだ。沙織とは違う、千夏の魅力。自分が沙織の彼氏だと自覚しながらも、純は千夏から目を反らせなかった。普段純には有無を言わせず引っ張る印象の強い彼女の時折見せる、恥じらい。

恋愛観については古風な考え方を持つ純にとって、彼女の魅せる弱さは心に来るものがあった。おもわずじっと、彼女の淡い瞳に吸い込まれそうになる。自分にだけ見せる彼女の弱さに、純は理性が保てなくなってきているのか、彼の理性という名の砂時計が刻一刻と落ちていく。千夏はタクシーで見せたような活発さを潜め、借りてきた猫のようにおとなしく、菩薩のように淑やかに純の手を引き、テレビ局へと導いていく。

その隣に立つ沙織は、テレビ局に入った瞬間、今にも情事に発展しそうな二人をじっと眺める。警戒しながら、沙織はただじっと、じっと機会を待った。消して二人に対し身を引くことなく、ぴたりと純にくっついて沙織は歩く。二人の美女に支えられるように純は二人に導かれ、テレビ局へと入っていった。

千夏はさっきはごめんねと謝罪しながら、なお体を密着させて彼女は自分の魅力を純に伝える。沙織より背丈もあり大人びた容姿の自分の方が彼に相応しいと、一瞬沙織の方を見ると鼻で笑った。

そんな千夏の分かりやすい挑発に、沙織はあっさりと乗っかった。テレビ局に入ったからか、余計なギャラリーがいなくなったからだろうか、沙織は遠慮なしに喧嘩を買った。純が千夏の方を見ているのが気に入らないのだ。それも、純の目には愛が込められていた。

――世が世なら打ち首モノだと、沙織は笑った。

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