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「食べながらでいいから聞いて。この写真ブログに上げちゃダメかな?」

 彼女の申し出に純はラーメンを食べる手を止め、ダメだとはっきり断った。

「仕事仲間ってことにすれば、だめかな?」

 お願いと両手を合わせてお願いする千夏に、純ははっきりと断りにくかった。はっきりと断るにしても、上手い理由が思いつかない。

 沙織と付き合っているから?

 じゃあ女友達と食事も駄目なのか?

 それは少し厳しすぎないだろうか。

 いやそもそも、俺と千夏さんの関係は何なのだろう。

「千夏さん、スキャンダルになりますよ、それ」

 男と一緒に食事をとったと知られれば、女子アナ人生として大きな傷になるのではないだろうか。千夏を心配する素振りを見せながら、純は千夏に問いかける。

「大丈夫大丈夫、最悪姉弟にすればいいからさ、ね?」

 その場合どっちが下なんだろうと純は考えると、うーんと唸る口に真っ赤な劇物が運ばれた。ぴりりと痛みを運ぶその正体は麻婆豆腐で、千夏が定食についてきたスプーンを使い、純の口元に運んだのだ。

「な、なにすんですか」

 辛いと純は水を一気飲みする。すると千夏はでもおいしいでしょ? と再度もう一口、純へとファン垂涎のサービスを行った。確かに辛いけどもう一口食べたくなる味だ、純は渡された麻婆豆腐をもう一度味見をすると、再度辛い。と叫んだ。

「でも、あれ、うまい……」

辛さに口を抑えた手の下で、門が開く。開城された城内に、再度待ってましたと言わんばかりに千夏から麻婆豆腐が運ばれる。刺激的な旨みの虜になった純の姿は、餌を待つひな鳥によく似ていた。

にんまりと笑う千夏の勝ち誇った表情に、純は少し悔しさを抱く。ひな鳥はその悔しさを親鳥のまねをすることでぶつけた。チャーシュー麺にトッピングされた角煮を食べやすいサイズに箸で切ってから、千夏に食べさせる。

 圧力なべで煮たのか、とろりとほぐれる角煮の味は絶品で、千夏はご飯が進む味だね、と評価する。そして純に定食のご飯が盛られたお茶碗を渡した。

「あれ、食べないんですか?」

「美味しそうに純君が食べてる姿が見たいの」

 麻婆豆腐を食べながら、千夏は視線を純から動かさない。彼女の瞳はどこか新しいペットを見るかのような、優しくも純の仕草に興味津々な様子だった。

「からかわないでくださいよ」

「からかってないよ、それに体系維持のためにカロリーには気を付けてるの」 

「確かにスタイル良いですもんね」

「抱きたい?」

 千夏の煽情的な一言にラーメンを吹き出しそうになるも、純は彼女の冗談を聞き流すように、渡されたお茶碗を手にとると、ご飯を一気にかっ込んだ。角煮と米の相性は抜群で、更に角煮の油が解け出たラーメンのコクが最高に米に合った。

「美味しそうにご飯を食べる人って素敵ね」

 好きよと千夏は純の口元に付いた米粒を手に取ると、ひょいと自分の口へと運んだ。恥ずかしそうに顔を隠すようにラーメンを食べる純に、髪がスープに付くのを気を付けてと、千夏は微笑ましそうに純を眺め、餃子を一つ口に運ぶ。

 白菜、ニラ、少量のニンニクとショウガのきいた野菜多めの餃子は千夏の舌にビンゴする。純にもこれは美味しいと餃子を勧める。顔を上げる純の口に、麻婆豆腐と同様に餃子を詰め込んだ。

 餃子の薄皮から染み出た熱い出汁が、純の口内を襲った。痛みに口から吐き出したくても、中華出汁でよく味付けされた餃子を口から出すことは出来ない。口内を冷ますためにグラスに入った少しぬるくなったお冷を、純は一気に飲み干した。

 もだえ苦しむ純を見た千夏は、自分が勧めた店を気に入った純を見て嬉しそうに彼を眺める。けれどふとした拍子に見せる彼女の瞳の奥底には、嬉しそうだけれどどこか申し訳なさそうな罪悪感を孕ませていた。

 ――ごめんね、向坂君。

 テーブルの下でフリックされ、タッチされたスマホの画面は『投稿完了』と映し出されていた。そしてその画面も数秒経つと、ホーム画面へと戻っていく。

彼女は純に対し、沙織に対し、宣戦布告ともいえる爆弾を落としていく。

そして何事もなかったかのようにスマホをポケットにしまうと彼女は麻婆豆腐とセットの卵スープに舌鼓を打った。

 支払いは純。しかし帰り際に彼女は純を先に店から出ると、店員と何やら話を始める。何かあったのかと純が近づこうとすれば、千夏は「ちょっとサインせがまれてただけ」と笑ってごまかした。そして外に出るとサングラスをかけ、再度彼女は一般人となる。

 純は女子アナも気軽に外食できなくて大変だなぁと、同情しつつ、たまたま見かけたクレープ屋へと足を運ぶ。

「何にする?」

「たべたばっかじゃん、純君もうお腹減ったの?」

「まあデザートは別腹っていうか」

 先ほど茶碗一杯の米と大盛チャーシュー麺、餃子1,5人前を平らげたばかりだというのに、男の子の食欲とは、と千夏は驚いた。けれど千夏は純に一緒に食べたいからと、せっかくだからと二人で一つのクレープを食べようと選択した。バナナやイチゴが豊富に使われた飾り気よりも量のあるクレープ。

 先のラーメンと同価格程度のクレープはボリューミーで、ふんだんに使われたチョコバナナとホイップクリームがたまらない。カラフルなチョコスプレーも食欲をそそり、イチゴの酸味がクリームの甘味を際立てる。

テレビ映えもしそうなそのクレープに舌鼓を打つ。そして少し恥ずかしそうに「私も別腹」と口元にクリームをつけながら彼女ははにかんだ。あざとくついた彼女の口元のクリームを、純は指ですくうと、ぺろりと舐めた。

「ついてた」

純の指が、屈託のない男の笑みが、千夏の心に泥をつける。

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