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「純的にはここのほうが落ち着けるかな?」
「まあ、でも千夏さんにここは……せっかくおしゃれしてたのに」
自分のわがままで千夏を大衆料理店に連れてきたことを、純は申し訳なく思う。けれど千夏は嫌な顔をするどころか、二人が楽しめる場所で食事をしなければデートの意味がないと純の気苦労をつっぱねた。
「それに男の人と一緒にいないと、なかなかこういうお店入れないよね」
せっかくのデートは楽しまないとと、千夏は二人で眺めていたメニュー表から空腹の純には大盛りチャーシューメン、自分は麻婆豆腐定食と隣のテーブルにチャーハンを運んでいた、田舎の祖母のような優しそうな店員に注文する。
昼時でもありサラリーマンや土方の人で賑わっているその中華屋さんに、少し毛色の違う二人が入ったことで客たちが純たちの一部がちらりと視線を送る。そして視線の先には千夏がいる。テーブルの下で長く伸びた生足を組んで、さりげなく見せる艶めかしい脚を舐めまわすように見るスケベおやじも中にはいた。
「俺が言うのもなんですけど、ここでいいんですか?」
再度純はラーメンを待つ間、間を保つためにと自分の気が済まないからと、千夏に再三の確認を取った。だってそうだろう、新進気鋭の女子アナ、いわば芸能人に近い人物を、自分のわがままで町の中華屋さんに連れてきてしまった。今さらながら、純は自分がわがままなことに頭を悩ました。
嫌な顔を一切しない千夏は嫌を見て、むしろ男の人といる方が入りやすいと言い切る優しさに、純は感謝を覚えるとともに背に石畳を乗せられた気分になった。彼女に簡単に借りを作ってしまってよかったのだろうか。
「おばちゃん、餃子もお願い。2人前ね」
厨房で大ぶりの中華鍋を振るうかっぽう着を着たおばちゃんに注文すると、ここの餃子美味しいんだよ。と純に自然な笑顔を向ける。そのあまりにも自然で可愛らしい笑顔に純も不思議と笑顔で返していた。
「ここにはよく来るんですか?」
「んにゃ、初めてだよ。どうして?」
「いや、美味しいって言ってたから」
「周り見てみなって」
千夏に言われて純は改めて周囲を見る。純が周囲を見ると、食事中の顔を見られたくないのか、顔を反らす客もちらほらいた。けれどその実、顔を逸らした客のほとんどが、純と千夏の姿を眺めている客だった。
ただどのテーブルを見ても、餃子の乗った皿が見受けられた。一皿数百円と安いからか昼時にもかかわらず、今も店員が追加の餃子を各テーブルに運んでいる。純は周囲の状況を見てから、改めて千夏の方に向き直った。
「ね、食べたくなるでしょ?」
彼女の問いに純はこくりと頷いた。確かに餃子の焼ける匂いには惹かれるものがある。しかし今は昼時、千夏曰くデート中の最初の食事にしてはいささかヘビー過ぎないか? 純は疑問を持ちつつも、テレビ局とは違う慣れ親しんだ店舗の雰囲気から先ほどまでのデート? の中で今日一番落ち着く空間だと、料理を待ちながら感じていた。
10分ほど待って出てきたのは昔ながらのチャーシューメンだった。特に背油がー、もやしがー、山盛り乗っているわけではない。化学調味料と鶏ガラと魚介系の出汁が効いた、懐かしい味のラーメン。具は長ネギ、海苔、お麩。そしてチャーシュー面と形容しながらも、そこに乗っているのはにチャーシューだけにあらず。もも肉の薄切りチャーシューの他に、ゴロンゴロンとあっさり系のラーメンに不釣り合いな、分厚く切られた豚の角煮が乗っているのだ。次いで運ばれた千夏の麻婆豆腐定食に、出来立ての少し湯気が上る餃子が二人分盛られた皿。
思わず生唾を飲み込んだ純は、遅れて出てきた千夏の麻婆豆腐定食が運ばれてきたのを確認して、千夏に割りばしを渡して合掌する。そしていただきますと二人で言うと、純は夢中でラーメンをすすろうとした。けれどそれに千夏が待ったをかける。
お預けを食らった子犬の気分になりながらも純は、千夏にどうしたのかを尋ねる。すると彼女はせっかくデート中なのだからと、二人で写真を撮ろうと提案してきたのだ。ラーメンが伸びてしまうのを危惧した純は、千夏の申し出を素直に受け、千夏の掲げるスマホの方を向いた。
「もうちょっと近寄って。あ、スープ気を付けて、後麻婆豆腐服に付かないようにね」
彼女の指示を聞きながら、頬をくっ付ける様にして二人は写真を撮ると、純は改めていただきますと手を合わせてから、ラーメンをすする。
「食べながらでいいから聞いて、この写真ブログに上げちゃダメかな?」




