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「ボク君の家知らなかったわ、電話でいい?」
「ぜ、全然かまいません! むしろ相談受けてくれえありがとうございます」
「純同士仲良くいこうよ、で、何の相談だっけ、女?」
ふざけつつ純の相談内容を一発で当てた高田に対し、純は言葉を失った。代わりに高田が嬉しそうに「当たった? 当たった?」と子供の様に何度も訊ねた。こののらりくらりとした高田の言動に純は少しだけ恐怖を覚えると、やっぱりいいですと謝罪を数度行い電話を切った。高田は怒った様子を見せるわけでなく、今度は大人の店で。と別れの口上を述べる。電話を切ってから純は改めて一人で問題に向きあわなければと覚悟を決める。けれどすぐに撤回された。
純のスマホにショートメッセージが送られてきたのだ。
「どちらも真剣なのよ、だから会うだけ会いに行ってみなさいな」
表示される文字を読んだ純は、送り主に感謝の言葉を綴る。
「沙織さんにはあとで謝ろう」
純はそれだけ自分に言うと、電気を消して今日一日敷きっぱなしだった布団にもぐる。
「てか……月曜日って明後日だよな」
今さらながらひな鳥、千夏の言い分を頭で反芻した純は千夏のアグレッシブさ、準備期間なのか1日間を置く彼女の気配りに苦笑した。明後日はさおりんは県外ロケ。千夏と会うのは何も問題はない。
友人らとのグループラインで月曜日は大学に行けないと連絡し、彼は雲のように柔らかく軽い羽毛布団にくるまれて眠りについた。
月曜日、純はいつも通りの身なりで待ち合わせ場所にいた。ジーパンにシャツと言ったシンプルな着こなしの彼は、自身の手足の長さからなかなかに様になっていた。ただしその姿は少し落ち着きがなさそうで、しきりにスマホの画面をつけては消したりしている。
そんな純の背後から声をかけるでなく忍び寄ってきた彼女は、ただシンプルに純の背後に立ってから「お待たせ」、と声をかける。突然声をかけられたことでお化けでも見たように純は道行く人たちが思わず振り向くような素っ頓狂な声を上げる。
慌てて声の主を確認すべく振り向いた彼に対し、脅かした当の本人は腹を抱えて爆笑していた。目には涙を浮かべ、驚かせないでくれという純に対し「ごめんごめん、いいリアクションだったよ」と涙を指ですくいながら言う。けれどその語尾はすぐに笑いに変わっていく。
流行りのコーデをしっかり押さえたカジュアル系のファストファッションを身にまとった千夏は、自分の正体を隠すかのような大きなサングラスをかけて、純の前に現れた。そして小悪魔的にサングラス越しに純の方を見てはにやりと笑う。
デニム生地のショートパンツが、彼女のすらりと伸びるきめ細やかな生足の魅力を際立たせる。
「いやー、ナイスリアクション。カメラあったら最高の場面だったね」
悪びれないで彼女は純にそう言うと、改めて少し語尾を上げたやや猫かぶりな声で「お待たせ―、待った?」と純の彼女であるかの様に声をかける。サングラスで顔を隠してはいても、千夏の明るいオーラか、美女であるが故のオーラか、次第に彼女に対する視線は増えていく。
人を呼んでおいてそれかと純は大きなため息をつくも、彼女はまぁまぁ落ち着けと、純の胸を数度叩いた。するとその手がぴたりと止まり、まるで医者が心音を当てる様に自分の手を聴診器に見立てて彼女、千夏は純の鼓動を聞く。
「今から驚いてちゃだめだよ、なにせ私とデートするんだから」
「あんなことされれば誰だって叫びますよ。ってデート?」
「そ、デート。うれしい?」
嬉しいに決まってるよねと純に対し満開の笑みを浮かべる。けれど純は千夏のほほ笑みの奥に不思議と既視感を覚えていた。まるで香しい匂いを餌にする食虫植物の様に、小物の自分を狙っている。純は少し自意識過剰かなと思いつつも、一匙の緊張感を胸に忍ばせて彼女と相対する。
「えっと、あまり」
自分彼女いるんで。純は沙織に勘違いされたくない一心で、千夏に少し弱めの口調で今の気持ちを率直に伝えた。
「そっか、そっか、嬉しくないかー……ぐすっ」
あははははと笑っていた千夏だったが、表情豊かな彼女は急に目元を抑えて泣き出してしまう。あたかもそれは、前回テレビ局から連れ出された光景を純にフラッシュバックさせた。
「いや、その……泣かないでください」
「だて、だって、純君私の事嫌いだって……迷惑だって」
「嫌いというか、迷惑っていうのも……まぁ、とにかく泣かないでください」
「否定しろー!」
慰めようと近づいてきた純に対し千夏はうがー、と叫ぶかのように純の言葉が全くフォローになってない事にショックを受ける。その瞳は涙を浮かべつつも、赤くメラメラと燃えていた。
「大体何? そのやる気ないファッション、女と会うのにそれとかないわ―」
千夏は純の服装は失礼だ、マナー違反だと勝手に決めつける。でも楽だし、という純に対し、何かが切れたように無言になった彼女は純の手を引いて歩き出した。どこへ行くの純が訪ねても、彼女は答えなかった。ただ無言で怒りを露わにしながら彼女は歩く、ひっぱる、連れていく。
たどり着いた先には、一軒の美容室があった。ただし店には女性専用と銘打ってある。
「入るよ」
「髪切るんですか? だったら俺は適当に時間つぶして」
「髪切るのはあんただけどね、純」
「呼び捨てって……、ええ!?」
「いいから!」




