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 高田の適当なコメントに場が和んだかと思われた。ただしかし、沙織だけは違う。純の方をじっと見つめ、手を強く握ると隣に立つ純にだけ聞こえるような声で呟いた。

「ダーリンはあんな風になっちゃだめだからね、沙織との約束」

 指切りをしようと沙織は純と小指を絡ませる。そして深海の様な瞳で、純になお、願いを込める。その必死な様子を見せる沙織を安心させるために、純は沙織に愛を捧ぐ。

「俺の彼女は沙織さんだけですよ」

 彼氏の愛に対し、沙織は笑顔で指切りげんまんの歌を口ずさむ。その笑顔の奥には鬼がいた。その鬼が沙織に囁くのだ。

 ――すぐに切れそうな彼氏彼女の関係など無意味だと。

 赤い糸で結ばれてこそ、同じ墓に入ってこそ真の愛が芽吹くと。

 沙織はその囁きを飲み干すと、笑顔を維持したまま純の指を解いてロケを再開する。ロケバスに乗りながら、沙織はバスの窓から彼氏を見る。スマホのチャットアプリではお仕事頑張ってと、エールを送るデフォルメされたレトリバーのスタンプ画像が送られた。送信主はダーリン、向坂純。

 見送り時に純が見せる家で待つ子犬のような視線を肌に感じた沙織は、今すぐにでもバスを降りたい衝動に駆られてしまう。けれどそれをぐっとこらえ、仕事に臨む。自分はプロなのだからと心で言い聞かせ、彼女は仕事を全うする。スタッフとして、マネージャーとして純に構うことなくマネージャー業務を全うする茜を見習いながら、次のロケの打ち合わせを開始する。

「さあ茜ちゃん、お仕事お仕事!」

 可愛らしく胸の前でガッツポーズをして気合を入れる沙織に対し、茜はミーティングを開始する。その沙織の席の後方で黄昏た様子で窓辺を眺める千夏は、ぼそりと呟く。

「……面白くない」

 ――あいつが来てから調子がくるってばっかりじゃん、何してるんだろう私。

 千夏は鳴り物入りで、女性として花型の職種ともいえる女子アナとなった。これから売れていくこと間違いなし。だってこのボーイッシュの中に可愛さの残る少しボブが混じったマッシュルーム系のヘアースタイルに、ふくよかなバストを強調するしなやかな腰。そしてそのくびれを強調するヒップライン。

下品な乳だけの女や、尻だけでかい女とは違う。私は可愛い。事実言い寄る男も多かった。言い寄らないまでも、男たちが自分でどんな妄想をし、何をしているかも理解している。

女性としてこれ以上ないと自分でも自負できるルックスに、あの男はヒビを入れたんだ。許せるわけがない。非モテの典型的な野暮ったい容姿のくせして、アイドルと付き合うあの男が許せない。

その不細工ともいえる仮面の下に、少女漫画の典型的なルックスを隠しているのも気に入らない。自分より大きい瞳が気に入らない。無骨な細い指が気に入らない。自身の無さそうな容姿のくせして、人にやさしくするあいつが嫌。

泣き落としの通用しないあいつが嫌。アイドルと平気で付き合うあいつが嫌。

それでもあいつから目の離せないじぶんがきらいジブンがきらい。

勝手なことばかりするあいつがーーキライ?

考えているうちに腹が立ってきた。千夏はそのいら立ちを、先ほど食べたパンケーキの生にした。きっとそうだ、そうに決まっていると彼女は身勝手に決めつけると、スマホでショートメッセージを送った。

送り先は親鳥。内容はシンプルに「あんたのパンケーキを食べて具合が悪くなったから責任を取れ。来週の月曜日用事空けとけ。異論反論一切拒否」戸惑い連絡をしてきた彼に対し、彼女はふふんと気分よく画面をフリックする。

拒否拒否拒否。

数度のやり取りを行った後、観念したのか彼から「午前中なら」と返信が来た。

 その言葉を見ると、彼女は一瞬満足した様子を見せるも、再送する。メッセージは簡潔明瞭に。

「他言無用」

その後のロケは霧が晴れたようにうまくいったと、彼女は自分で自分を褒めた。帰り際、鼻歌交じりにスーパーで食材を買い込んでいる彼女の姿を見たと、とあるバラエティ番組で放送されるのはまた別の機会に……。

一方そのころ、

築年数の経った室内、それに不釣り合いな最新式の白物家電が姿を見せるアパートにて彼は頭を抱える。タバコが吸いたくなるのはこんな時なんだろうなあ、と独り言をつぶやきながら、彼はスマホとにらめっこを続ける。

「他言無用」

 この言葉の意味するものを、重要性を自分が理解しているのかを自問する。

 沙織という彼女に義理立てするなら、素直に話すべきだ。けれど先の話が本当ならば非はこちらにある。けれどウソだったばい、後の祭りだ。それも秋田のとある花火大会のような大規模の。

 相談できる相手を考える。沙織とも千夏ともどちら側にも立っていない中立な人。茜、筒抜けになるから却下。喫茶店のマスター、私的な相談は出来ない。個人的にあまり迷惑をかけたくないし、大ごとにもしたくは無い。そう考えると、能天気に笑う一人の人物が脳裏に描かれる。

 革製の使い込まれた折り畳みの財布を開きながら、カードポケットから一枚の名刺を取り出す。そしてそこに書かれた数字をスマホに打ち込み、電話をする。

 コールが4度。

 今日聞いたのんびりとした声の主が、「どなたさーん」と問いかけてくる。純は大きく深呼吸をし、問いかける。

「あの、今日お会いした向坂純と申すものですが、高田純さんのお電話で間違いないでしょうか?」

 純は問いかけに少しの間を置いた後、電話先から嬉しそうな声が聞こえてきてホッとする。

「おおー純君、ラブコール早いねー、まだ九時だよ? 夜はこれからだよ」

「あの、相談したいことがありまして。と言っても昨日今日会ったばかりの高田さんに」

「なに? 告白?」

「あ、いえ、そうではなく」

「あ、わかった! わかったわかった。今どこ?」

「い、今ですか? 家ですけど」

「よっしゃ、今から行くわ」

 高田はそれだけ言うと電話を切った。

 いきなり切られた事で何が何だか分からなくなる純だが、数秒後今度は高田から電話がかかってきた。

「ボク君の家知らなかったわ、電話でいい?」


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